山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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祝!平清盛生誕900年

 18.1.18
 昨日17日は山口モモエちゃんの59歳のお誕生日。翌本日1月18日はおなじくファンだった池上季実子さん(59歳)と藤原美知子池田市議(?歳)の生まれた日です。そしてもう一人、あの平清盛が本日生誕900年を迎えます。こうやってみると、誕生日どおり一か八かの人生を送ってこられた方ばかりですね。ちなみに清盛は西暦1118年生まれ、1181年没とやはり一と八揃い。ついでにいうとかのマルクス先生は1818年生まれ、やっぱり一か八かです。日本史・世界史で受験されるみなさん、これ知ってて損はありませんよ!

 追伸;池上季実子さんのお誕生日は1月16日でした。お詫びして訂正いたします。ご指摘くださったDさん、ありがとうございました。



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# by takeshi_yamagen | 2018-01-18 07:26

日本列島を大雪が襲っています

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 18.1.17

 大雪が日本列島を襲っています。

 金沢近郊に住む友人が家のまわりの写真を送ってくれました。どこが道やらお庭やら…、車もすっぽり雪に埋まっています。金沢は6年ぶりに積雪30cmを超えたと報じられていますが、もっと積もっているようにみえますね。友人によると普段は職場まで車で10分ほどなのが、先週の金曜(12日)はさすがに車を放棄、5回転んでその度ごとに助けられて50分かけてやっと職場に辿りついたとのこと。けがしないように気をつけてください。

 また新潟県境に近い町に住む山形の友人からも写真が送られてきました。こちらは積雪1.7m。飯豊山(いいでさん 2,105m)が真白です。



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# by takeshi_yamagen | 2018-01-17 18:11

新しい塔もいいもんだ ―中山観音を訪ねて―

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 阪急宝塚線は先年服部→服部天神、中山→中山観音と駅名を改称、今までの売布神社、清荒神とあわせ以前にも増して神様、仏様の居並ぶご利益満載、霊験あらたかな路線となったことを思い出し、先日「改称後は降りてへんなぁ」と中山観音駅でぶらり下車、北側の山麓に広がる広大な伽藍に向かうと、やや右手上方に五重塔が見えてきました。黒光りする瓦に金ピカの勾欄と水煙、さらには各層の甍を縁る朱色の垂木…、なんとも美しい!「こんな塔、昔あったかな」と思ってお坊さんに聞くと昨年3月落成法要を行ったばかりとのこと。
 法隆寺や薬師寺、室生寺などの古くから建つ塔も趣がありますが、冬の清新な空気の中に建つ新しい塔もなんとも溌剌としていいもんですね。 

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# by takeshi_yamagen | 2018-01-14 19:57 | 日本たびたびまた旅日記

実際に米軍機が落ちてくる沖縄― 普天間基地は無条件撤去しかありません

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 18.1.11
 杞(殷~戦国時代の中国にあった小国)に住むある男が「いつか天が落ち、地が崩落して身の置き所が無くなってしまうのではないだろうか」と心配して、夜も眠れず食事もとらなかったという故事があります。

 古代の杞の国の場合は実際に天が落ちてくるわけではなく、男の心配は文字通り「杞憂」だったのですが、8日ヘリ1機が読谷村の廃棄物最終処分場に不時着するなど、現代の日本の国では以下に示す「天から沖縄普天間基地所属米軍機が落ちてくる」異常な事態が続いています。

 1612月、垂直離着陸輸送機オスプレイが沖縄県名護市安部(あぶ)の浅瀬に墜落。普天間基地にも胴体着陸。

 17年1月、AH1Zが伊計島の農道に不時着。

 17年6月、CH53Eが沖縄県の久米島空港に不時着。オスプレイが同県の米海兵隊伊江島補助飛行場と奄美空港(鹿児島県)に相次いで不時着。

 17年8月、オスプレイがオーストラリア東部沖で墜落。大分空港にも不時着。

 17月9月、オスプレイが沖縄県の新石垣空港に不時着。

 1710月、CH53Eが飛行中に出火し、沖縄県東村高江の牧草地に不時着し、炎上。

 1712月にはCH53Eの部品が普天間基地から約300メートル離れた緑ケ丘保育園の屋根に落下。

 そして今回のヘリ不時着―、現場は民家から約200300メートルしか離れておらず近くにはリゾートホテルもあるといいます。

 沖縄各地で相次ぐ普天間基地所属機の事故、トラブルは、普天間基地が県民とは決して共存できない危険極まりない基地であること、「世界一危険」な普天間基地はどこに移しても県民の安全は守られないことを示しています。普天間基地は無条件で撤去するしかありません。

「天が落ちてくる」と極端な取り越し苦労ばかりする杞の男を人々は笑ったことでしょうが、現実に「天から米軍機が落ちてきた」沖縄では県民の命と安全を脅かす事態が続いているわけで、絶対に笑話で済ますわけにはいかないのです(写真は10日付「赤旗」日刊紙より)。


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# by takeshi_yamagen | 2018-01-11 10:27

2018年初週の喜怒哀楽

 18.1.9

喜…南北対話の再開。米国も賛意。さあ安倍政権どうする?

怒…①度重なる米軍機の墜落、部品落下…、昨日もリゾートホテル近くでヘリ不時着の報、沖縄の空は誰のものか!②「『君の名は。』二回見ても筋わからへんの!」怒ったのは息子。怒られたのは私。

哀…お世話になった共産党の池田市内某支の部支部長Wさんと星野仙一さんが同じ4日に亡くなられた。Wさん73歳、星野さん70歳、この時代70代前半は早すぎます。そういえば昨年なくなったはしだのりひこさんも72歳だったなぁ。ご冥福をお祈りいたします。

楽…正月久しぶりに親族一同が豊中庄内の父宅に集まりました。名古屋に住む甥(長男)は東京で就職が決まり一安心、甥(次男)は大学に進むかどうか現在思案中。どのような道を選ぼうとも大阪のおじさんはあなたたちを応援するよ。大事なのは「君たちはどう生きるか」です。





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# by takeshi_yamagen | 2018-01-09 14:17

「初体験」の嵐が歴史的な総選挙を物語っています

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 服部良一と歩む会の機関紙「ピースでピース」27号を服部さんが送ってくださいました。

 以下はそこに掲載していただいた拙文です。

 初の衆院予定候補、初の同候補の辞退、初の9区の野党統一候補の実現、初の野党共闘街頭宣伝、初の他党の宣伝カー運転…、衆院解散から投開票日に到る
25日間に私の身に怒涛のごとくふりかかった初体験の嵐が、史上初の野党共闘に立脚した総選挙の激しさと歴史的意義を如実に物語っているといえるのではないでしょうか。

 山本太郎さん、渡辺義彦さんはじめ「安倍暴走政治NO!平和憲法を守ろう!」と立ち上がった多くの市民のみなさんと、服部勝利めざして心通わせて闘えたことは私にとっても今後に生きる貴重な経験となりました。

「もう少し票が出ると思っていた」という声も聞きます。しかし大阪9区ではまったく無名の服部さんが一月足らずのたたかいで自民・維新の現職二人のおよそ半分の票を獲得したことはすごいことだと私は思います。服部さんの大奮闘に改めて敬意を表したいと思います。

 市民の中で生まれ育まれ、総選挙で開花した野党共闘―、もうあともどりできません。
 この流れをさらに太く大きくして来るべきたたかいに挑んでいきましょう。
 私も全力あげてがんばります。

 


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# by takeshi_yamagen | 2018-01-08 13:24

石橋の街にお年玉! 暗い夜道がとっても明るくなりました

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 18.1.5
 当ブログの読者のみなさま、あけましておめでとうございます。本年もご愛読のほどよろしくお願い申しあげます。
 さて、新年早々いいニュースが入ってきました。
 石橋の周辺の飲食店のママさんなどから「石橋西口を出た左前方、サンロードや石橋商店街、旧国道171号といったメインの道路から少し入った一画(松屋を入ったところ、年配の方なら昔中華料理の天鳳があったあたりと言ったほうがわかりやすいかも知れません)に電灯を設置してほしい」という強い要望が出ており、さっそく市の担当課に掛け合ったところ「電柱所有者である関西電力にも相談して街灯を増やすようにします」との返答があったことは昨年8月4日付けの当ブログでお知らせしたとおり。
 その電灯が昨年暮れ設置され(しかも2基!)、飲食店が閉店した後の時間帯もとても明るくなったのです。「これで深夜でも安心して帰れます。とても素敵なお年玉いただきました」(近接する飲食店のMさん)とみなさん大喜び。池田市の担当課はじめ電灯設置に尽力してくださったみなさん、本当にありがとうございました。



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# by takeshi_yamagen | 2018-01-05 12:50 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

忘年会―、野党共闘効果はこんなところにも②

 17.12.30

 さてトリ年のトリとして28日お邪魔したのが9区某行政区の野党共闘関係者のみなさんとの忘年会。以下はそこでの会話から(AさんもBさんも社民党系などの労働組合で長年活動されてきた方です)。


A
さん「労働運動の右傾化、安倍政権の出現…、こらなんとかせなあかんと思っているとき、今まで疎遠だった共産党と一致することが結構多いということに気づいたわけ」

私「私が活動を始めた1980年代は赤旗紙上によく社会党との論争が載っていたので、私も社会党系の人とはなんとなく距離をおいてきました。よくわかってないのに『あの人は○×主義者だ』みたいなこと言ったりして…」

Bさん「そうそう、民青・共産党から『あいつらはトロ(=トロツキスト)だ』とよく言われた」

私「それは寿司のネタの好みの話じゃなかったのかな」

B「あぁ、そうだったの!」(笑いと拍手)

A「今やから言うけど、今回の衆院選挙で最初共産党と一緒に早朝宣伝するかしないかで論議しました。『違う駅前でしよう』とかいう意見もあった」

B「結局一緒にすることにしたのが本当によかった。みんな元気出た。『比例は社民』とはさすがに言いにくかったけど…()。」

私「違う組織やから路線が違うのは当たり前。大事なのは一致する最大公約数部分をいかに大きくするかやと思う」

A「そのためには腹割ってしゃべらなあかん」

私「今日みたいな場で?」

B「そのとおり!」

参加者一同「野党と市民の共同の新たな発展へ、もっぺん乾杯!」


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# by takeshi_yamagen | 2017-12-30 18:04

忘年会―、野党共闘効果はこんなところにも①

 17.12.30

 11月、12月は例年になく宴席に呼ばれる機会が多くなりました(といっても両手で数えられる程度ですが…)。

 脚本家の高校時代の同級生の土屋君を励ます会(を名目にした飲み会)や、石橋の洋食店を閉め九州に引っ越す中学時代の同級生Y君のお別れ会(を名目にした飲み会)などが重なったことなどもありますが、やはりなんといっても野党共闘の進展で新しいお知り合いができて新たな忘年会が増えたというのが一番大きな理由です。「今年の衆院選挙の教訓を年末に決して『忘』れるわけにはいかない。今日は来年の野党共闘の新たな発展をつくるための『望』年会だ!」とどの場も大いに盛り上がりました。財布の中身には寂しくなる一方ですが、決意漲る場に呼ばれてうれしくないはずはありません。


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# by takeshi_yamagen | 2017-12-30 17:59

歴史的な野党共闘選挙を闘って

 17.12.27

 日本共産党石橋後援会機関紙「てしまの」に掲載した文章を以下に掲載します。

              

 「てしまの」読者のみなさん、総選挙での日本共産党へのご支援本当にありがとうございました。

 私は昨年5月の衆院選大阪9区への出馬表明以来、安倍政権打倒と野党共闘の推進を掲げて池田市をはじめとした広い選挙区を走り回って参りました。

 そして迎えた9月28日の衆議院の解散―、民進党の事実上の解体などを受け「野党共闘はどうなるのか」との不安の声が広がる中、日本共産党と社会民主党がいち早く選挙協力をすすめることを確認、9区は社民党の服部良一元衆院議員を立ててたたかうことになりました。そして当初共社2党で始まったこの野党共闘は、新社会、立憲民主、自由、みどりの各党も推薦、最終版には民進党の茨木市議も駅頭でマイクを握るなど、文字通りオール野党体制へと発展していきました。

 急に候補者を降りることとなりみなさんを戸惑わせることとなってしまいましたが、大局的な大義に立った決断をご理解くだされば幸いです。

 残念ながら日本共産党は野党共闘を優先し多くの候補者を降ろしたこともあって十分な宣伝などができず議席を減らしてしまい、服部候補も当選には到りませんでしたが、立憲民主党の躍進など全体として安倍暴走政治を許さず平和憲法を守る勢力が前進したことは本当にうれしい限りです。

 さぁ、いよいよ再来年(1919年)春は統一地方選挙、そして参院選挙です。日本共産党へのよりいっそうのご支援どうかよろしくお願いいたします。


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# by takeshi_yamagen | 2017-12-27 11:43