山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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2017年 12月 06日 ( 1 )

2017年秋の乱読日誌から① ―教養書編―

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 読書の秋が終わりました。この間読んだ本の中から印象に残った本をいくつかご紹介。
「死ぬほど読書」(丹羽宇一郎 幻冬舎文庫)
 著者の丹羽さんは伊藤忠商事社長などを歴任された、まぁ私たちとは直接縁がない世界で活躍されてきた方です。そんな丹羽さんが赤旗日刊紙に登場(10月17日付)、「世界を屈服させる国ではなく世界が感服する国であれ」と主張されたことに驚いて、「いったいどんな人だろう」と書店で目についた著書を思わず衝動買い。「積ん読はするな」など意見が一致しない点もありましたが、そこは同じ「本大好き」人間の私、思わずうんうんうなずいて「同志愛」を育みながら最後まで読んでしまいました。c0133503_09390919.jpg
「能 650年続いた仕掛けとは」(安田登 新潮新書)
 能に関する「目からウロコ」満載の本。特に世阿弥によって能は受動的に「みられる」ものから主体的に「みせる」ものになり、その伝統を守るうえで家元制度が最適だったとの指摘は重要。芸能者の地位向上を勝ち取りその権利を守る組織までつくったわけで、なんか世阿弥さんが有能な労働組合委員長に思えてきました。
「日本語(上)」(金田一春彦 岩波新書)
 テレビでお馴染みの国語学者金田一秀穂さんのお父様が著された日本語をその起源、リズム、語彙、語彙の特徴などを多言語と比較してあらゆる面から考察した本。
 例えば言葉の性差。日本語は女言葉と男言葉が発達しているため、会話文が続いても誰の発言かおおよそ察しがつくことを「あるフランスの作家が日本の作家たちをうらやましがった」という谷崎潤一郎のエピソードも交えて指摘しています。
 またあれほど名詞の単数・複数形のやかましい英語に疑問文の複数形のないとの指摘も興味深く感じました。日本語の「誰」「誰々」は英語ではすべてwho、「どこ」「どこそこ」はすべてwhereというわけです。
 日本語って奥が深いですね。


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by takeshi_yamagen | 2017-12-06 09:44 | 積ん読・乱読・熟読日記