カテゴリ:元 史 建 歴( 44 )

元史建歴44 神州天馬侠

 12.10.9
 皆さん、断片的に記憶しているのだけれども、どうしてもその名前が思い出せないテレビ番組ってありませんか。
 私の場合、小学校にあがるかあがらないかぐらいの頃に見た少年時代劇がそれ。オープニングの鷹らしき大きな鳥の背に乗る少年武士のアニメーション映像、そのバックに流れていた主題歌のメロディーと歌詞の中にあった「風林火山」と「天満(てんま)」の言葉、肝心の実写映像については悪役が大きな箱の中から突然現れ主人公が驚くというワンシーンがあったことをかすかに覚えているのみです。 
 最近ひょんなことからその番組名が「神州天馬侠」(1967年6月18日~12月31日朝日放送系で放映)であったことが判明(「てんま」は天満ではなく天馬でした)、その内容は武田勝頼の遺子伊那丸が武田家再興を志し、行く手を阻む敵と死闘を繰り広げるというものだったらしいのです。なるほどそれで風林火山だったんですね。
 さらに調べると、日曜夜6時半からだった神州天馬侠の前はてなもんや三度笠(6時~)、後にはウルトラセブン(7時~)、パーマン(7時半~)が放送されており、当時の私はまさに日曜6時から8時までテレビにくぎ付けだったようです。
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by takeshi_yamagen | 2012-10-09 01:54 | 元 史 建 歴

 12.9.19
 千里ニュータウン(吹田市高野台)の公団住宅4階の叔父宅のクリーム色の金属ドアを開けると、そこはまさに異空間―、玄関にはいきなり洒落た洋画がかかり、ダイニングにテーブルセット、キッチン脇には簡易バス、そして居間ではロッキングチェアーがゆらゆら。トイレはもちろん洋式水洗(トイレットペーパーなるものを知ったのもその時だ)、夜は夜で従兄弟たちの2段ベットに潜り込む…。見るもの聞くものすべてが新鮮で、叔父宅での私の「初体験」をあげればそれこそきりがない。
 そうそう、叔母の「召し上がれ」の一言とともにほかほかの乳製品が出てきて、恐る恐る口に入れたこともあったっけ。それがグラタンという名前の食べものであることを知ったのはもう少し後のこと。
 やがて今はなき万博会場のエキスポタワーがその遠景に加わり、異空間はサッシ製の窓の外にも広がっていった(万博は千里で開かれるべくして開かれたのだ)。
 今でこそ普通になっていることが多いけれども、千里には和風木造のわが家の日常とは180度違う「未来生活」が確かにあった。
 千里ニュータウンが15日に50周年を迎えたとの報道に接し、幼い頃の驚きの記憶を思い起こしている次第。
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by takeshi_yamagen | 2012-09-19 02:06 | 元 史 建 歴

 10.8.16
 京都に学び、神戸に住み、大阪で働くというのが、理想の人生と考える関西人は多い。私もその一人だが、中高生の頃、特に京都の学生生活に漠然としたあこがれを抱いた背景には、幼少の一時期京都に住んだ自らのおいたちとともに、この曲の影響があったのは間違いない(ちなみにこの曲は私が中学2年だった1975年に発売されている)。
 知らない人には、どっちが曲名でどっちが歌手名かすら、迷う歌だが、♪青春色の京ぉ都の街を、静かにぃ、静かにぃ~、歩いてぇ、いましたぁ、というさびの部分を聞けば思い出される方も多いと思う。
 青春時代を過ごした京都の思い出が、四条通、清水(寺)、大覚(寺)などの地名とともに淡々と歌われるだけの歌(失礼!)なのだが、結局京都のD大学を16点足らずに落ちた私の、果しえなかった京都の学生生活へのあこがれを、その軽やかなメロディーが今なおかき立たてるのである。あぁ、そう言えば、今日は京都五山の送り火だ。  
 翻って考えると、70年代前半はフォークからニューミュージックへと音楽の主流が変わろうとする過渡期。また、フォークもかつてのメッセージ性の強いものから、私小説的なものになってきており、その傾向が多感な青春時代を過ごしていた私の日常と相通じるものが多く、いきおい今なお私の記憶に残る曲が多くなったのであろう。
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by takeshi_yamagen | 2010-08-16 13:17 | 元 史 建 歴

 10.8.15
 どういうわけか、別れを扱った曲や過去の恋を懐かしむ曲は多いが、恋愛の成就を素直に喜ぶ曲はジャンルを問わず少ない。その例外と言ってもいいのがこの曲。
 彼女がいないとさびしい、アベック(今では死語ですね)がうらやましい、だけど彼女ができたらできたで、嬉しいはずなのに、友だちには知られたくない…、彼女が好きなのか、恋に恋しているだけなのか、よくわからない中学生、高校生の、初々しくも複雑な恋心をちょっと聞いていて恥ずかしいと思うぐらいにまで元気に歌い上げたのがこの曲。ピンとこない方も♪水溜りのなかぁに、うつっうた君に顔は、口から先に生まれたような、無邪気なおてんばむぅすめ…、という出だしを聞けば、あぁ、聞いたことあると思い出されることだろう。
 関西の大学生3人からなるフォークグループ三輪車が1974年―私が北豊島中学に入学した年です―に発表したこの曲、はっきり言ってかぐや姫やチューリップなど、メジャーなグループの曲に比べると完成度の点で劣ると思うが、それがまた幼い恋のぎこちなさを思い起こさせてよかった。今でも時々口ずさんでしまう、私にとっては名曲の一つだ。
 ただ、恋愛成就という点では、身をもって自身の実体験を重ねながら、この曲を語れないのがなんとも痛いところ。
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by takeshi_yamagen | 2010-08-15 14:42 | 元 史 建 歴

 10.8.14
 最近、1970年前葉の関西フォークに触れる機会があった。そこで、私の思い出に残っている当時のグループをいくつか御紹介。
 まずは松田りか、マミさんの姉妹デュオ、チューインガム。
 お隣の豊中市にお住まいで、確か妹のマミさんは私とおない年だったはず。そんな子どもの二人が歌っていたのが、なんと大人の歌のフォークソング…。私にとってチューインガムという歌手は親近感と距離感の入り混じった、不思議な存在だった。
 その彼女らが、1973年1月-私が小学校5年の時-に発表した曲が「ゴリラの歌」。
 人間に捕らわれたゴリラの身の上を歌ったこの歌、アフリカ歌謡も少し取り入れたラテン調の明るい曲調が、ゴリラの悲しみを余計に際立たせていた。親しみやすいゴリラを題材にしていることで、二人が私たち子どもの世界に戻ってきてくれたみたいな、ちょっと安心した記憶もある。
 さぁ、これからメジャーになられるのかな、と思っていたのだが、二人ともいつの間にか一線を退かれてしまった。ちなみに、わが議員団の他のメンバーに「チューインガムて知ってる?」と聞いても、「知らない」と全員つれない返事。
 お二人とも、今でもどこかで元気に歌っておられるのだろうか。
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by takeshi_yamagen | 2010-08-14 16:49 | 元 史 建 歴

 10.7.27
 NHKの朝の連続テレビ小説「げげげの女房」、ついに水木しげるの漫画が世に認められ、「墓場鬼太郎」のテレビ放送の話が進むが、「墓場…」ではスポンサーがつかないとのことで、変わって「悪魔くん」が日の目を見るくだりが放送されている。
 そんな経過は預かり知らぬところだったが、とにもかくにもテレビ化にこぎつけた実写版「悪魔くん」(番組名は「がんばれ 悪魔くん」)の白黒の映像は、当時5歳の私には、あまりに衝撃的だった。
「エロエムエッサイム…」 呪文とも歌ともつかぬ音声をバックに、吉田義夫さん扮するメフィストが地下の魔法陣の中心から現れる…、まずその出だしからしておどろおどろしい。続いて登場したのが、人間を襲う一ツ目のマネキン(首人形)、体中が目玉からなる妖怪ガンマー、長い舌で悪魔くんたちを食べてしまうその名も怪獣ペロリゴン、人間を我が身に取り込んでしまう樹木といった妖怪、怪獣たち、彼らに闘いを挑む悪魔くん、メフィスト…、私は瞬く間に水木しげるワールドに引き込まれていった。
 同時期に放送されていたウルトラマンがその科学性で子どもたちの心をつかんだとするならば、悪魔くんは、恐怖心を駆り立てて彼らの心をつかんだと言えるだろう。  
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by takeshi_yamagen | 2010-07-27 15:34 | 元 史 建 歴

 10.3.6
 前回は父の政治的「英才教育」について触れたが、それがそのまま共産主義者としての今の生き方に結びついていったか、といえば決してそんなことはない。
 確かに、父母は戦後一貫して、同居していた祖父母は戦前の非合法時代からの共産党の支持者、ものごころついた時から「赤旗」があり、父や祖父の酒の席ででてくる人名が、とっきゅう、みやけん、たにぜん、やません…というわが家では「きょうさんとう」が空気のような存在であったのは事実である(ちなみに以上の名前をすべてフルネームで答えられるならば、あなたはかなりの共産党通です)。
 また、池田に引っ越してきた頃、近所の共産党員のTさんと父はすぐ懇意になり、「引っ越してきたばかりでお互い初対面なのに、なぜすぐに仲良くなれるの?」と私が不思議に思って尋ねたところ、父が「考え方が一緒だから」と答えたことを鮮明に覚えている。
「きょうさんとうの考え方というのは、人をすぐ仲良くするほどすごいものなのか…」
 小学生の私にとって共産党というのは、あまりに身近だけれど、ちょっと不思議なつかみどころのない存在であり、政治的な対象として見るようになるのはもう少し後のことである。
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by takeshi_yamagen | 2010-03-06 22:44 | 元 史 建 歴

 10.3.4
 日米間の核密約の存在が新聞紙上で報道される度に、私は西山事件を思い出す。
 西山事件とは、佐藤栄作内閣下の1971年、日米間で結ばれた沖縄返還協定に際して、「アメリカが地権者に支払う土地現状復旧費用400万ドル(時価で約12億円)を日本政府がアメリカに秘密裏に支払う」密約が存在するとの情報を、毎日新聞の西山太吉記者が知り、1972年、社会党がその情報をもとに国会で追及したのに対し、西山氏と女性事務官が外務省の機密文書を漏らしたとして、国家公務員法(守秘義務)違反の疑いで逮捕、起訴された事件。
 当時小学生だった私が、なぜこのようなこみいった事件を覚えているのかというと、父がテレビのニュースを見て「たけし、国民の知る権利はどうなると思う?」と私に聞いてきたことが妙に記憶に残っているからだ。
 西山事件に限らず、父はなにかにつけて時事問題についての意見を私に求めてきた。少々うっとおしい時もあったが、父の問いかけのおかげで、私が政治的に早熟な可愛げのない?子どもに育っていったのは事実。それが現在の議会活動に生きてきているのは間違いない。
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by takeshi_yamagen | 2010-03-04 12:12 | 元 史 建 歴

 10.2.12
 いよいよバンクーバーオリンピックが始まります。マスコミのメダル獲得予想を見ていると10個程度(金は3個ほど)が多いようですね。選手の皆さんの健闘を祈りたいものです。
 さて、記憶にある最初のオリンピックを聞くとその人の大体の年齢がわかるものですが、1961年生まれの私には東京オリンピック(64年)は全く記憶になく、メキシコ(68年)はわが家の白黒テレビにサッカーの試合が映っていたのをかすかに覚えている程度。てなわけで、それなりに記憶があるのは1972年の札幌冬季オリンピックから。スキージャンプのメダル独占は感動的でしたね。ただ、日本で初の冬季五輪だったとはいえ、その時まで冬季オリンピックというものの存在を知らず、遠い北海道―小学生の私にとっては外国でした―での開催だったこともあって、私はそんなに身近なものに感じていなかったと思います。
 その後、幾多のオリンピックで多くの選手たちが感動を与えてくれましたが、私が最も印象に残っているのは、なんといってもモントリオール大会(76年)の体操で、10点満点を連発したルーマニアのコマネチ。その非の打ちどころのない演技に、「本当に僕と同い年なの…?」と劣等感すら感じながら見とれていました。ただ、五輪閉会後、彼女の学校での近況を伝える新聞記事中の写真に黒板の2次関数の式を見つけて、「コマネチも僕らとおんなじ問題やってるんや」と妙に安心した記憶があります。
 このようにコマネチは私にとっては結構気になる存在でしたが、先日、ビートタケシの「コマネチ!」のギャグがオリンピック選手に由来することを知らない子が結構多いと聞き、ちょっと驚いてしまいました。
 彼女も伝説の人になりつつあるようです。
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by takeshi_yamagen | 2010-02-12 10:45 | 元 史 建 歴

元史建歴35 珠 算 塾

 09.12.2    
「また、お前かよ」
 小学校3年生の算数の算盤の授業、「わからへん人、手ぇあげて」という先生の問いかけに、いつも手をあげて、教壇に置かれた珠の黄色い大きな算盤の真前で「個人授業」を受けていたのが、他ならぬ私だった。
 後日、級友に聞くと「俺もわからんかったけど、手ぇあげへんかった」とのことだったが(私がバカ正直だけだったようなのだ!?)、当時の私は「クラスで算盤がわからんのは僕だけ…」との劣等感に苛まれ、さすがにこれではいけない、と親に相談。結局、石橋1丁目にあったK珠算塾の門を叩くこととなった。
 さて、この習い事は私の性にあっていたようで、まさに「好きこそものの上手なれ」、級友と競いあう中で算盤の腕はめきめき上達していった(ちょうど塾の時間が、テレビのゴールデンタイムに重なって、級友の話題についていけないのは少しきつかったが…)。
 また、私は普段の練習に比べて検定試験の成績の方がよかったので、「僕は本番に強いんだ」とのあまり根拠のない自信が脳に刷り込まれたのもこの時期。それが今の本会議でのあつかましさ、いや物怖じしない姿勢につながっているようだ。
 そして、小学校6年生の時点で2級(暗算は準1級)までいき、段位も狙おうと思っていた矢先に、肝心の先生が塾を閉められることになり、結局私も退学を余儀なくされてしまった。
 さすがに今ではかなり腕は落ちてしまったが、隣の珠を誤って動かすことのない!?暗算に関しては三桁の足し算、引き算くらいなら今でも可能。ちょっとした集計をする時なんかに重宝している。
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by takeshi_yamagen | 2009-12-02 01:23 | 元 史 建 歴