山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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「私たちの世代は資本主義でいい思いなんて何もしていない」

 08.5.27
 表題は某誌に掲載されていた青年(東京都の26歳女性)の声です。
 私が民青(日本民主青年同盟。日本共産党の指導と援助を受ける青年組織)で活動し始めた70年代末、級友のF君から「日本は資本主義の国。なんで変えるなんて考えるの?」と真顔で質問されたことを覚えています。当時、大半の青年にとって、多少反自民の傾向がその意識の中にあったとしても、それが体制の変革に結びつくことは、まずありえなかったのです。
 それだけに表題の発言は、意外であり、驚きでした。
 バブル崩壊以後に社会人となった大半の青年―その一部はすでに中年の域に達しつつあります―にとっては、資本主義とは不況と不安定雇用で自分たちを苦しめるものとしか映っていないのでしょう。マルクスや小林多喜二の『蟹工船』への関心が高まっていることも無関係ではないと思います。
 同時に、その資本主義への反感、疑問の声が、国内ではストレートに日本共産党にくるのがおもしろいと思います。私の学生時代ならば、社会主義と言えばソ連のフィルターを透して見られることが多かったのですが、そのソ連が消滅して久しく、かつてまがりなりにも社会主義を掲げていた政党が、その看板をおろしたり、解党してしまったりする中で、資本主義の根本的な変革を求め、さらに社会主義を展望する政党が日本共産党しかなくなってしまっている現状の反映でしょう。
 このように日本社会が行き詰まる中、資本主義の危機を打開し、日本の未来を指し示す日本共産党の綱領を是非とも知ってもらいたい…、そんな思いで、日本共産党は国民の皆さんと綱領を学ぶ集いを全国で展開しています。
「学ぶとは誠実を胸に刻むこと、教えるとはともに希望を語ること」(ルイ・アラゴン)
いよいよそんな時代になってきました。  
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by takeshi_yamagen | 2008-05-27 12:15 | 建声元語 ―よもやま話―

暑さとともに魚が戻ってきました

 08.5.26c0133503_1219393.jpg
 急に暑くなってきましたが、皆さん御身体いかがでしょうか。私は、筆を持つ手、いやキーボードを叩く手がやはり重くなり、三日ほどブログをお休みしてしまいました。
 そこで、今回は少しでも皆さんに涼しくなってもらおうということで、川のお話です。
 一週間ほど前、天神小橋から箕面川をふと覗くと、多くの魚-おそらくオイカワ(ハヤ)-が群をなして泳いでいるのを見かけました。冬の間、殆ど魚影を見ることがなかったのでちょっと心配していただけに一安心。彼らを狙うシラサギの数も心なしか増えたようです。
 そして、今朝、石橋商店街の中を流れる今井川―幅1m余の小さな川です―でもオイカワが泳いでいるのを発見しました。実は今井川は昨年9月2日に水が枯れてしまい、こちらも絶滅を心配していたのですが、どうやら上流のほうで生き残ってくれていたようです。よかった、よかった(写真。上方に石橋駅のホームが見える)。
 その今井川、椴木議員によると商店街の皆さんが定期的に掃除してくださっているとのこと。そんな御努力があるからこそ、魚たちの泳ぐ、街中では珍しい清流が維持されているんですね。
 
 さて、昨年子どもたちに大変好評だった箕面での川遊びを、地域の皆さんと今年も夏休みに行いたいと考えています。日時等決まりましたらブログその他でお知らせします。御期待ください(07年8/27付ブログ参照)。  
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by takeshi_yamagen | 2008-05-26 14:55 | イシバシ NOW

わが青春の石橋5 ハンダイでカンダイに通う ―大阪大学図書館の話―

 08.5.23
 前回に引き続いて大阪大学の話。
 大学受験を控えた高校3年の頃、私は連日大阪大学に「通学」していた。
 目的は阪大図書館での受験勉強(入館に際してカードが必要な現在と違って、当時は誰でも図書館に入ることができたのだ)。特に夏休みは学生も少なく、冷房も効いていて、おまけに昼食も階下の大学食堂で済ますことができたので、丸一日図書館の建物から出ることなく落ち着いて勉強ができた。そして、この私の阪大通いは夏休みの終わり頃に流された「高校生は出ていきなさい」という放送まで続くこととなった(実はその放送まで、私は高校生が阪大図書館で勉強してはいけないなど思ってもいなかった)。
 ハンダイ(阪大)のカンダイな措置のおかげで入った大学がカンダイ(関大)だったのは皮肉としか言いようがないが、「阪大で学んだ」のはまぎれもない事実。でも、これって学歴詐称になるのかなぁ(笑)。
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by takeshi_yamagen | 2008-05-23 16:15 | 山元のすべらない話

元史建歴21 四面「疎火」の家

 08.5.22
 母方の祖母山中コム子(ね)(1909~88)は大阪市東区半入町(現中央区玉造2丁目)の五軒長屋の一つに弟家族4人とともに暮らしていた。このふた間に小さな台所と便所、そして猫の額程度の裏庭がついただけの小さな家、実は太平洋戦争の米軍の空襲を免れ、奇跡的に焼け残った建物であった(もっとも、祖母が住み始めたのは戦後のことである)。
 数年前、1948年3月に米軍が撮影した航空写真を見る機会があり、一面焼け野原の灰色が広がる中に、確かにその長屋を示す小さな黒い長方形を見つけることができた。改めてその周辺を見てみると、南は玉造稲荷神社の境内、北は比較的広い道路、西は細い露地を挟んで玉造小学校の鉄筋校舎、そして東は上町台地が東に落込む斜面となっていて、確かに他所から延焼しにくい立地となっている。まさにこの四面「疎火」とでも言うべき立地が、焼い弾の直撃を免れた偶然とも重なって、祖母の家を守ったと言えるであろう。ちょっとした偶然で生活が変ってしまう戦争の恐ろしさを私は祖母の家から学んだ。
 その長屋も1975年頃に取り壊され、マンションとなってしまった。今となっては膏薬と線香の香りが入り交じったちょっと湿っぽい空気、そしてやさしかった祖母の姿とともに私や父母の記憶の中に残るだけである。
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by takeshi_yamagen | 2008-05-22 15:24 | 元 史 建 歴

日本共産党議長誕生にあと一歩まで迫りました

 08.5.21
 昨日開かれた5月臨時議会で、2008年度の市議会議長・副議長などが選出されました。
 議長選挙では垣田千恵子市議が24票中11票を獲得して、池田市議会史上初となる日本共産党の議長誕生にあと一歩まで迫りました(松本眞議員13票)。民主党系会派(民主・市民連合)の議員によると「政策が近いから垣田さんに投票した」とのこと。ちなみに他会派が議長選挙で日本共産党議員に投票したのも初めてです。日本共産党の議会でのたたかいと道理ある主張が情勢を動かしつつあることを実感した議長選挙でした。
 なお、私は総務委員会副委員長に選出されました。
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by takeshi_yamagen | 2008-05-21 16:16 | 市 議 会 日 誌

知事、始皇帝に匹敵する暴君として歴史に名を留めたいですか  -博物館を考える集いに参加して-

 08.5.21
c0133503_15385766.jpg 18日、和泉市内で開かれた「弥生文化博物館廃止絶対反対!! 大阪の文化財と博物館を考える集い」(同集い実行委員会主催)に参加しました。「あまり宣伝しなかった」(主催者)にもかかわらず、会場は100名を超える参加者でいっぱいです。
 まず、池上曽根遺跡の発見者である南繁則さんのご子息南清彦さん(和歌山大学名誉教授)が1965年発行の池上遺跡保存、博物館建設を訴えるビラを示して、お父さんの思い出を交えながら、博物館の存続を訴えられました。
 次に、小林義孝さん(大阪府職員労働組合文化財保護分会)が「年間5万人(うち1/4は小中学生)の人が集まる文化施設を壊すのは前代未聞。同時に「売りやすいから売る」ということを許すならば「こんなもの(文化施設)でも売れるんだ」ということになり、他に及ぼす影響は計り知れない」と主張。また、韓国博物館協会会長の申敬テツ先生が来日の際、急遽予定を変更して「弥生文化博物館は、世界の農業の始まった時代を研究する拠点です」と知事にその存続を訴えられたことも示して、弥生文化博物館は日本のみならず、世界の宝であることを強調されました。
 また、久世仁士さん(文化財保存全国協議会常任委員)は、池上曽根遺跡が1903年頃に地元の南さんによって発見された後、数度の調査によって、弥生時代の大遺跡であることが明らかになる中で、1960年代に地元の方々を中心に保存運動が広がり、1976年に国史跡に到った経過を報告されたうえで、1981年に始まった博物館建設の署名と募金運動が91年の弥生文化博物館開館、そして2001年の池上曽根遺跡史跡公園完成につながっていったことを強調されました。
 まさに弥生文化博物館は、50年にわたって保存運動にかかわってきた市民の思いが結実したものであり、それを廃止する橋下知事の暴挙は、秦の始皇帝の焚書坑儒(※)、あるいはアフガニスタンのタリバン政権によるバーミアン大仏破壊に匹敵する、と批判されました。
 さらに、渡辺武さん(大阪城天守閣元館長)からは小泉構造改革、新自由主義のもとで博物館が営利主義にさらされている実態が報告されました。
 その後の討論では、博物館建設にも尽力された吉房康幸元副館長が「自分の子どもが亡くなりそうだ。みんな助けてください」と涙の訴え、さらには「勤評闘争、安保のときのように立ち上がろう」の声が続きます。90歳近いお年寄りも含めて、多くの人がまさに自らの人生をかけて次々にマイクを握られたのです。
 最後に石部正志さん(文化財保存全国協議会代表委員)が「大阪は全国に先駆けて多くの遺跡が消えていった。その一方で、イタスケ古墳や難波宮などを市民が残してきた歴史もある。今度は博物館。今日の皆さんの話で「こりゃ、やれるで」となってきた。教育、医療、平和を守る運動と手を携えて、博物館を守るのではなくて発展させていこうではありませんか」と訴える頃には、参加者の思いは熱く、堅くひとつになっていきました。 
 
 ※焚書坑儒…秦の始皇帝が民間の書物を焼き捨て、数百人の儒生を坑(あな)に埋めて殺したこと
 
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by takeshi_yamagen | 2008-05-21 16:03 | 博物館は楽し

直径5mからはるかな宇宙へ -五月山児童文化センター プラネタリウムを見学して-

 08.5.20
 17日、五月山児童文化センターにプラネタリウムを見に行ってきました。
 定刻3時半に上映開始。まずはドーム内の東西南北の位置説明です。
 おや、なぜか東の空にちょっと髪の毛が薄い人が映し出されました。よく見ると宮崎県知事のそのまんま東さんです。子どもたちは大笑い、彼らの頭に空の方向がまずインプットされました。
 やがて、部屋は次第に暗くなり、ドーム内に満点の星空が広がります。その日のテーマは乙女座。星の名前や地球からの距離の話、そして最新の望遠鏡を駆使した美しい天体写真に、皆引き込まれていきます。時折子どもたちの「へぇ~」の声が漏れていました。
 恥ずかしながら、池田に長く住みながら、家から遠いこともあって、このプラネタリウムを見学するのは今回が初めて。職員の方も市内のすべての子どもたちに見てもらいたいのだが、やはり規模が小さいこともあって(ドームの直径5m)、なかなかそこまでは難しい面があるとのことでした。また、館に来ていた子どもで物理学の道を選んでくれた子もいて、そういう話を聞くとやはりうれしいですね、ともおっしゃっていました。
 これからも五月山児童文化センターが「科学の館」として発展するよう、厳しく、そしてやさしく市民みんなで見守っていかねばなりません(3/22・25付ブログ参照)。 
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by takeshi_yamagen | 2008-05-20 09:29 | 博物館は楽し

知事、子どもに笑われ、子どもが泣き出す大阪にしていいのですか

 08.5.17
 14日、障がいを持つ子どもたちの親御さんの会である手をつなぐ親の会の総会に行ってきました。
 会長さんは冒頭のあいさつで「障害者自立支援法は私たちを苦しめ、そして橋下知事のPT案は私たちを切り捨てるだけではないか」とおっしゃっていました。障害者支援法を推し進め、橋下与党でもある自民・公明両党の議員をも前にした勇気ある発言に、彼らへの強い憤りと怒りを見て取ったのは私だけではなかったでしょう。
 16日は、堀田文一府会議員と橋下知事のPT案にともに反対することを訴え市内各所を回りました。
「府内市町村に先駆けて35人学級を充実してきて効果も出てきているところ、なんとか継続させたい」(教育長)、「いきなり経営補助員の人件費4割カットはおかしい」(池田市商工会議所専務理事)。行った先々で、皆さんPT案への憤り、怒りを口にされていました。
 続いて訪れたマリア幼稚園では、幼稚園連盟の会長でもある園長先生(来日40年のアメリカ人)は「子牛を殺すことは牧場をつぶすこと」というテキサス州の政治家のたとえ話も交えて、橋下知事の教育費削減は教育そのものをダメにすると厳しく批判されていました。
 大阪府のPTA連絡協議会も学校警備員配置と35人学級を維持する署名運動を始めました。そして、私学助成削減反対の声も大きくなっています。まさに橋下知事への怒りの包囲網が広がりつつあるのを日々実感します。
 皆さん、力合わせて、子どもに笑われ、そして子どもが泣き出す大阪を絶対阻止しようではありませんか! 
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by takeshi_yamagen | 2008-05-17 17:25

野畑親水公園

 08.5.16
c0133503_15454574.jpg 先日、豊中市の北部、向丘の千里川の川原に設けられた野畑(のばたけ)親水公園を訪れました。
 護岸がコンクリートで固められているのは少し残念でしたが、川の一部を分流させて流れの緩やかな部分を作ったり、川を横断できるように飛び石が配されたりして、各所に工夫のあとが見られ、私が行った時は、家族連れを含めた多くの子どもたちが魚つかみや水遊びに興じていました。
 石橋の箕面川にもこんな公園、c0133503_15463956.jpg是非とも作っていきたいものです(ここだけの話、水の美しさと魚の多さでは石橋を流れる箕面川の勝ちです)。 
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by takeshi_yamagen | 2008-05-16 15:48

奥の細道は通り抜けできません

 08.5.15
c0133503_1158087.jpg 先日、住吉1丁目のHさん、Mさんから「近所の道は奥に行くにしたがって徐々に狭くなっていくのに、それを知らずに入ってきて、立往生する車が多い。運転手に気の毒だし、なによりも事故がおこらないか心配だ」との声をお聞きしました。まさに「奥の細道」、早速市と相談して「この先車の通り抜けできません」の黄色い表示を設置してもらいました(写真上)。
 また、天神1丁目のMさんからは、c0133503_1159718.jpg 「派出所から巽外科さんの裏側に伸びる道は子どもが飛び出してきてひやっとすることが多い。なんとかならない?」との要望を伺いました。現地に行くと、確かに大変見通しが悪い。これもさっそく市と相談し、カーブミラーを新たに設置してもらいました(写真中)。
 石橋・豊島地域はかつての水田の里道を残す形で宅地化が進んだところが多く、幹線道路を一歩入るとこのような細い道がたくさんあります。
 狭い道も広い道も安心して歩くことができる町づくり、これからも必要です。  
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 さて、昨日は水泳の北京オリンピック代表選手中西悠子さんが市役所を表敬訪問されました(写真下 市長と)。がんばっていただきたいものです。
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by takeshi_yamagen | 2008-05-15 11:53