山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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自粛は被災地を委縮させるだけではないか

 11.4.30
 居酒屋を営むNさんと先日話す機会がありました。彼は「震災後、客足がさっぱりだ」とぼやくことしきり。やはり、自粛ムードがかなり影響しているようです。驚いたのは明日のメーデーまで自粛する動きがあること。この国難の時こそ、全国の労働者がメーデーで復興への決意を固めあい、その意思を国民に示さなければならないと思うのですが…。
 確かに無理にどんちゃん騒ぎをする必要はないでしょう。しかし、全国で過度な自粛が広がれば、消費が落ち込み、日本経済はますます冷え込むことになり、それがますます被災者の皆さんに心苦しい思いをさせることになるのではないでしょうか。
 今月9日のブログで、「がんばれ」の一言は残酷だと書きました。なかなか見えにくいけれども、今、私たちが、過度に自粛をすることなく、まずは「普通の生活」を送ることが、実は被災地への確かなエールになると思うのですが、皆さんいかがお考えでしょう。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-30 09:23 | 東日本大震災と原発

控室の大掃除

 11.4.29
c0133503_17483998.jpg 市議選で議席を減らし、会派数も増える関係で、残念ながらわが党は議員控室の面積を減らされ、入り口を入って左側の、現在応接セットや輪転機が置いてある一画を明け渡すことになりそうです。
 今日、その備品移動、さらには事務机周辺の片付けを5人でおこないました。寂しくないといえばうそになりますが、新しい控室も意外にコンパクトで機能的な空間になりそうだというのが、率直な感想です。それに、大掃除のお楽しみ、“意外なところから意外な現金の発見”もやっぱりあって、結構楽しく仕事をすすめました。
 ほっこり疲れた1日でした。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-29 20:51

潤の街 ―田中実さんの訃報に接して―

 11.4.29
 15年ほど前、鶴橋のハングル教室に仕事が終わってから半年ほど通っていました。
 その時、席をともにしていた在日の女性Aさんに「失礼ですが籍は北ですか、南ですか」と伺ったところ、「全然、失礼ではないですよ」とやんわりとたしなめられたことがあります。「国籍を聞くことは、ごく自然のことですよ」、あるいは「北であれ、南であれ、日本であれ、同じ大阪で暮らしている人間同士。あまり身構えないでください」というサインであったのかもしれません。
 Aさんの言うように、普段はことさらにお互いの国籍を意識することはないのですが、やはり恋愛、さらには結婚となると一筋縄にはいかないようです。
 そんな日本人と在日コリアの若い二人の恋愛を取り上げた映画が「潤の街」(1989年)。舞台は大阪の下町。在日3世の潤子と日本人の雄司は互いに惹かれあいますが、潤子はやはり国籍の問題が頭を離れません。「帰化すれば」と簡単に口にして「あなたが朝鮮人になればいいじゃない」と潤子に返され、戸惑う雄司の表情が忘れられません。
 その大阪の「ノンポリ青年」雄司を好演していたのが田中実さんです。確か、この作品が田中さんのデビュー作であったように記憶しています。
 田中さんの訃報を聞き、そんなことを思い出しました。御冥福をお祈りします。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-29 01:17 | 墓碑銘 ー送ることばー

結構満身創痍のたたかいでした

 11.4.28
 4年前の初出馬の時、宣伝中に胸が締め付けられるような動悸息切れに襲われました。どうも身体が「今までと違うことをしている」と勘づき、過剰な?反応をしたらしいのです。その話を箕面市のわが党の名手宏樹議員にすると、「自分も似た経験がある」と話していました。
 今回の選挙は、動悸息切れこそなかったのですが、実は選挙戦の直前、スピーカーで足元がよく見えずに側溝に足を踏み外し、胸を強打、今でもまだ痛みが残っています。(幸い肋骨に異常はありませんでした)。続いて襲ったのが突然の歯痛。これもなんとか痛み止めを飲んで乗り切りました。
 てな具合で、結構満身創痍の状態で選挙戦をたたかったのですが、身体にいいこともありました。路地裏まで歩きまわったおかげで3kg痩せたのです。リバウンドしなければいいのですが…。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-28 08:52 | 2011年市議選 

多田さん、本当にお世話になりました

 11.4.27
 選挙戦の直前、日本共産党の元豊中市会議員の多田健一さんが亡くなりました。享年89歳。
 今から30年ほど前、当時民青(日本民主青年同盟)で活動していた私は、豊中市岡町に事務所があった関係で、地元の共産党の議員であった多田さんに物心両面で本当にお世話になっていました。
 その後、長らく多田さんとのおつきあいは途絶えてしまったのですが、私が4年前に市議選に初当選した時、思いがけず祝福のお手紙をいただきました。その心温まる内容に、私は涙が出るほどうれしく思ったものです。
 旧ソ連によってシベリアに抑留され、「日本に帰ったら、必ず共産主義のひどさを伝えようと考えていた私が、今皮肉なことに共産党の議員をしています」と話されていた姿にも、あのえびすさんのような笑顔―僕らは多田スマイルと名付けていた―にも、もう接することはできないのですね。寂しいです。
 多田さん、長い間本当にありがとうございました。

 
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by takeshi_yamagen | 2011-04-27 23:03 | 墓碑銘 ー送ることばー

市長選大健闘! 市議選は3議席

 11.4.26
 4月24日投票でおこなわれた市長選挙で日本共産党が推薦した柴田としあきさんは11,735票(得票率28%)を獲得し大健闘しました。告示直前の立候補表明にかかわらず、柴田さんがこれだけの支持を獲得したことは、現市政への市民の批判が根強いことを示しています。
 市議選では日本共産党は5,444票を獲得しました。昨年参院選の比例票を上回ったものの、07年市議選(6,080票)には及ばず、立候補5人中、3人当選となりました。
 さて、選挙戦を終わって私が思うとこをアトランダムに述べるならば、私の訴え―園芸高校を守る、小学校の統廃合反対など―は各地で共感を呼んだことはすでの当ブログでもお知らせしたとおり。選挙後も「学校統廃合反対であなたに投票した」とのメールが全く面識のない市民の方から届いています。しかし、市長のオール与党(自公民)側の、具体的な政策論争を避け、組織線に徹した戦略に打ち勝てなかったように思います。
 いずれにせよ、今後、現市政の行革路線と市民との矛盾が深まることは、市長選の結果を見ても避けることはできません。
 私たちは、国民の苦難軽減のために献身する党です。大震災のもとで苦しむ人びとへの支援に全力をあげながら、公約実現に全力を尽くし、「国民・市民が主人公」の新しい日本、新しい池田をめざしてひきつづきがんばります。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-26 17:27 | 2011年市議選 

再び市議会に送っていただきました

 11.4.25
c0133503_7191594.jpg 昨日行われた池田市議会議員選で、1,082票を頂戴し、2回目の当選を果たすことができました。取り急ぎご連絡まで。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-25 15:29 | 2011年市議選 

「福祉の心」あふれる市政に転換しよう ―いよいよ明日から市会、市長選挙が始まります―

 11.4.16
 いよいよ明日から池田の市長選挙、市会議員選挙が始まります。
 この4年間の共産党市議団と私の活動が市民の審判を受けるわけで、人生初めての緊張感に、今、私は襲われています。

市民のみなさん
 この4年間いろいろありました。
 最もうれしかったことは、なんといっても日本共産党議員団が7年前から議会で何度も要求し、議会を動かし、やがて市と阪急電車を動かして、石橋駅のエレベーターが実現したことです。
 園芸高校の移転問題では、当初は民主、自民、公明、無所属のすべての議員が賛成、反対は共産党だけ、という状況でしたが、市民の移転反対の声が計画を凍結へと追い込みました。いっときは市民の声が議会にとどかないように見えるときがあったとしても、市民の声を粘り強く議会に届けるならば、必ず願いはかなうことを、私は学びました。
 不思議に思うことは、自民党、民主党、公明党の議員が、保育所・幼稚園の保育料の値上げ、国保料の値上げなど、「いくら市長与党でもこれは賛成したらあかんやろ」といったものも含めて、市長提案になんでも賛成してきたことです。
 いろいろ悩み、頭を打つことも多かった4年間ではありましたが、自信をもっていえること―、それは、日本共産党の5人の議員は、いついかなる時も、お金や地位や名誉に左右されることなく、「市民の生活にとってどうなのか」を唯一の基準にして活動してきたということです。

市民のみなさん
「私は小沢派。いつもは民主だが、園芸高校を動かさないために今度は山元さんを応援する」とご自宅前で語ってくれたご婦人、「原発の危険性、共産党は以前から指摘してたんですね」と私の演説をじっと聞いてくれたご婦人、「小学校の統廃合の話、初めて知りました。友だちにもいいます」と話してくれた若いお母さん、「共産党の年金政策は私の考えといっしょ」と、「他の党の党員」といいながら五千円をカンパしてくれた男性―、
 今、私は、日本共産党への期待の高まりをひしひしと感じています。駅頭でのビラの受け取りも普段の倍近くになっています。
 日本共産党の躍進でこそ、災害に強い池田市をつくることができます。園芸高校移転を完全に白紙に戻すことができます。高い国保料下げることができます。小学校の統廃合を阻止し、少人数学級を拡大する確かな保障となります。福祉、教育、後退させてきた冷たい市政を「福祉の心」あふれる市政に転換することができるのです。
 そして、原発依存から自然エネルギー中心の新しい日本へと転換する確かな一歩となります。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-16 06:27 | 2011年市議選 

災害から市民の命を守る責任

 11.4.15
 避難地の削減、緑の削減、そして不十分な防災計画…、池田市は災害から市民の命と安全を守りきる立場にたっていないと言わざるを得ません。
 では、池田市はどのような立場で防災をすすめようとしているのでしょうか。それを解くカギは、市がよく使う「自分たちのまちは自分たちで守る」「自助・共助・公助」などの言葉。個人が、あるいは各地域が防災の備え日頃からしておけということのようです。それ自体は誤りではないのですが、問題は行政の役割をそれを補うものに限定し、市民の命と安全を守るという責任を放棄しようとしていることにあります。
 17日から始まる市会選挙、市長選挙(24日投票)は、そのあたりも大きな争点になりそうです。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-15 22:16 | 2011年市議選 

プレート連動型の地震を想定した防災計画が必要です

 11.4.15
 池田市の防災計画にはひとつ大きな問題点があります。想定される地震が有馬高槻断層帯や上町断層帯などの活断層型の地震であり、今回の東日本大震災のようなプレートが動く、ましてやそれが二つも三つも連動して動く地震を想定していないことです。
 つまり、南海地震、東南海地震、ひいては東海地震が連動して起こったら、池田市の防災対策は機能しなく恐れがあるのです。
 私たち日本共産党市会議員団はその点を何度も指摘し、毎年の予算要望でも示してきましたが、池田市は全く改善しようとはしてきませんでした。今からでも遅くありません。市民の命と安全を守るために、池田市は、まずプレート連動型の地震を想定した防災計画を作成すべきです。
 起こってから「想定外だった…」との言い訳は通用しません。
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by takeshi_yamagen | 2011-04-15 22:08 | 2011年市議選