山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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なにかとどたばたする中、6月議会を迎えます

 12.5.31
 一週間のご無沙汰です。
 連日更新していたブログがパタッと止まったので、「山元はまだ悲しみを引きずっているんだ」と察してくださった方もあったようです。まぁ、このまま「悲劇のヒーロー」になりすまそうかとも思ったのですが、単にネタのストックが切れたことと月末の諸課題が重なって更新できなかっただけです。
 ところで、昨日池田市役所内の関大出身者でつくる「さつき会」の総会が開かれました。倉田前市長も出席され、「池田市長にもどることはないが、政治家倉田薫として今後もがんばります」と挨拶、主催されている薫風塾も15人集まっているとのこと。まぁ、元気な方です。

 さぁ、明日は6月議会の告示。10万市民の思いを胸にがんばっていきます。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-31 08:15

ダッピ バースデー トゥユー ―続 ○ビ愛ずる姫君―

 12.5.24
 先日、タレントの眞鍋かをりさんがワイドショーの中で「私、ヘビ平気なんです」と言っていたかと思えば、女優の満島ひかりさんはドラマ「「開拓者たち」で、ヘビを素手で掴むシーンをディレクターに提案したと伝えられています。「大丈夫でしたか」との質問に満島さんは「ヘビは基本的に目が見えなくて、目の辺りとか頭を撫でると、おとなしい」とその手つきを再現してみせたとのこと。どうやら彼女もヘビは大丈夫なようです。そういえば、同じく女優の高木美保さんは家でクサガメを飼っていると先日朝日新聞が報じていました。
 しかし、爬虫類好きの極めつけはなんといってもタレントのベッキーさん。自宅でヘビを飼っていて脱皮がうまくいくとハッピーならぬ“ダッピ バースデー トゥユー”を家族全員で歌うとのこと。いや、恐れ入ります。
 以前、“ヘビ愛ずる姫君”が意外に多いことがわかって爬虫類好きの私としてはちょっとうれしかったと書きましたが、芸能界も例外ではないようです(11/10/13・12/2/6付ブログ参照)。 
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by takeshi_yamagen | 2012-05-24 01:56 | アニマルライフ

私は「赤旗」を読む 二度とだまされないために…

 12.5.23
 先日共産党に入党された池田市内にお住まいのNさんの手記が20日付「赤旗」日刊紙に掲載されましたので紹介します。

        私と赤旗
 父が亡くなり、母の認知症の発症と介護の生活。生活が困窮し苦しんできた。非正規雇用のため、倒産、解雇、閉店、賃金カット、いじめ、セクハラで、8年間に6度も職場を変えなければならなかった。二つのパートをかけもちし、1日十数時間、ぼろぼろになるまで働いて、ごみのように捨てられ、首になった。
 完全に二つの職を失って明日から金がない。高齢の母を残し自殺まで考えた。しかし、果たせなかった。
 長年勤めた職場を虫けらのようにたたきだされ、泣きながら歩いていると、共産党のビラ配りの方に「どうしました?」と声をかけていただいた。このままではホームレスというところまで追いつめられ、家探し、職探し、不治の病の入院費、生活のことでいろいろ相談にのっていただき、入党に到りました。
 すすめられて「赤旗」日曜版を購読した。5大新聞とまるで違う。ものすごい新聞。私の私たちの新聞。労働者のための新聞だ。「苦労は自己責任だ」と自分を責めていた気持が変化した。私は目を開かされた。父母は悪政の中で苦しみながら亡くなった。もう社会の犠牲にはならないぞ!歯をくいしばった。為政者、権力者にだまされないために、より詳しい知識を得るために、日刊紙購読を決意した。
 正直いって3,400円の購読料は家賃の次の高額出費。迷いました。しかし決意は正しかった。紙面は隅から隅まで読む。もっと学ぼう。より賢くなるために。だまされないために。知る、生きる権利のために。「赤旗」は労働者のための新聞、社会的弱者の新聞、強者のための新聞ではない。大企業の広告がないので事実をありのままで報道できる。
 社会は日々激動し、状況は刻々と変化していく。状況を見きわめ、知識を増やし、学びつつ、その知識や学びを行動に結びつけていく決意です。そのために「赤旗」日刊み続けます。たたかいのための武器として。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-23 09:14 | 日本共産党はこんな政党です

次は300年後が楽しみです!? ―金環日食―

 12.5.22
 地球と太陽の間に月が入って太陽のへりが環のようになって見える金環日食―、心配された天気もなんとかもって昨朝池田市でも見ることができました。
 ところで前回大阪市で金環日食を見ることができたのは1730年7月15日、8代吉宗あばれんぼう将軍の時代、そして次回は2312年4月8日、つまりちょうど300年後のお釈迦様の誕生日まで待たなければなりません。これはさすがに無理かなぁ(当たり前や!)と思っていたところ、お隣の京都市では2041年10月25日に観察できるとのこと。そこらぐらいまではがんばれるかも知れません。
 こうやって見るとやはり金環日食は非常に珍しい現象なんですね。ついでに言うと今回も金環日食の範囲外だった青森市では現在をはさんで1205年間にわたって一度も金環日食が見られないとのことです(前回は1026年11月12日、つまり藤原摂関政治の全盛期、次回は2231年3月5日)。  
 ところで、私が幼稚園に通っていた1967年頃、先生が「もうすぐ暗くなるよ」と予告して本当にあたりが暗くなったことがありました。私はずっと日食だと思っていて先日調べてみたのですが、該当する記録がありません。私の記憶違いでしょうか。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-22 00:54

あすなろ学童創立30周年 おめでとう!

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 昨日、息子がお世話になったあすなろ学童保育所(大阪市此花区)創立30周年の集いが開催され、現役の子どもたち、親、OB、そして指導員など総勢60人が集いました。
 今、大阪市では橋下市長の学童保育所に対する補助金廃止方針に対し広範な市民から批判の声があがっています。わずか1ヶ月で17万筆の反対署名が集まり、結局今年度は補助金存続となったものの、来年度以降どうなるかわからないという緊迫した中での今回の集い。単なる「お祝い会」ではなく参加者が学童保育存続への決意を固める場となりました。
 当日私は乾杯の音頭をとらせていただきました。以下はその発言内容です。

 あすなろ学童創立30周年おめでとうございます。
 2001年春、21世紀最初の1年生として、あすなろ学童に入るために小学校に入学した(?)息子もはや高校3年生。背丈はとおに親を追い抜いてしまいました。
 人は思い出で生きていけるといいます。雨にもまけず、風にもまけず、そして補助金削減の動きにもまけず、親が、指導員が、そしてなによりも子どもたちが素敵な思い出をつくる場として40周年、50周年を迎えられることを祈念しております。
 あすなろ学童30周年、おめでとう!乾杯!
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by takeshi_yamagen | 2012-05-21 14:26

議会、お葬式、大気汚染測定、商店会訪問…、なにかと慌しい一週間でした

 12.5.20
 今回は先週の活動報告です。
 13日日中は生駒霊園で開催された第23回大阪解放戦士合葬追悼会に参列。夜は小学校時代の恩師平田先生のお通夜。翌14日は終日議会準備。
 そして15日は5月臨時議会。例年新たな役職を決めるのが5月議会の主な仕事で、今年度の議長は木下克重議員(自民同友会)、副議長は山田正司議員(市民クラブ)となりました。私は引き続き総務常任委員の他、市議会だより編集委員会委員長に選出されました。
 17日午前は高校時代の恩師川村先生のお葬式。
 また、同日は大阪府のNO2(二酸化窒素)濃度の測定日。通称「ソラダス」と呼ばれるこの運動、「ソラダス2012」実行委員会(事務局は「大阪から公害をなくす会」)によって実施されるもので、今回は府全体で10,302個(池田市内では81個)の測定用カプセルがいっせいに設置されたとのこと。私もご近所数カ所に設置のお願いに伺いました。少しは大阪の空がきれいになってくれていればいいのですが…。
 さらに17・18日の午後は先日わが党が発行したパンフレット「消費税に頼らない別の道があります。社会保障の充実、財政危機の打開、日本共産党の提言ダイジェスト版」を持って商工会議所、農協、医師会、各商店会などを議員団全員で訪問。留守のところもありましたが、どなたも政府の進める消費税の税率アップには不安の声を口にされ、話がはずみました。そして19日は「赤旗」(日刊紙)の早朝配達。
 そんな合間を縫って石橋東口で宣伝したり(15日朝と18日夕)、後援会ニュースをお届けして住民の皆さんと石橋南小が事実上存続となったことをともに喜びあったりとなにかと慌しい一週間でした。ちなみにこれらの活動を通じて「赤旗」日曜版が2部増えました。
 そうそう、まったくの私事ながら18日は妻の○回目のバースデー、ケーキを買って祝いました。

 昨日食事をとったお店で偶然隣席したK代さん(私の大学の後輩でした)とF子さん(なんと新婚3日目!)から「市会議員ってどんな日常生活を送っているの?」との質問を受けたのでちょっと詳しめに報告させていただいた次第。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-20 07:39

悲しみは幸せな時間があったからこそ

 12.5.19
 同い年の親友ががんで逝って今日でちょうどひと月になります。
 直後は精神の安定もままならないほど落ち込んだ私でしたが、この間たくさんの方から様々な言葉をかけていただき、徐々に落ち着いてきています。
 ご近所のTさんは「山元さんの気持ちよくわかります。私も友達を亡くした時、親が死んだ時より辛かったです」と声をかけてくださり、若くしてお姉さんと奥さんを亡くされたAさんからは「友達はいつもそばにいます。でも命日にはお墓参りしてあげてください」とのアドバイスを頂戴しました。
 さらに以前の職場のSさんはひと言、「こんなに悲しめる友達をもって君は幸せだ」。そうか…、こんなに悲しいのは友と共有した35年間が幸福な時間だったからなんですね。
 また、7歳でお母さんを亡くされたFさんは、「夢でもいいから一度出てきてほしい」と言う私を「出てこられないのは迷わずあちらに行かれたということですよ」とやんわりたしなめてくださいました。
 皆さんの声を聞く中で、はたして私は今まで大切な人を亡くした方の思いに寄り添って耳を傾けてきてあげただろうか、日々自問するようになってきました。亡くなった友と声をかけてくださった皆さんのおかげでやさしい男になれそうです。
 最後に以前の職場の同僚のNさんが送ってくれた歌を紹介いたします。
  見ずや君 あすは散りなん 花だにも 力のかぎり ひと時を咲く(九条武子)
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by takeshi_yamagen | 2012-05-19 08:32 | 墓碑銘 ー送ることばー

部屋の片付け大作戦③ まだまだ続く整理道

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 資料整理の動線を変えるだけでかなり部屋は片付き、自室の「紙の山」は掘り崩すことには一定成功しましたが、まだまだ問題は山積しています。
 まず、これからは部屋に持ち込んだ整理前の資料、あるいは整理ファイルに保存した資料の中でいらなくなったものをどう捨てるかもを考えていかなくてはなりません。その点では先述した「紙の山」も資料の重要度を考える冷却期間を置くことができたという点ではあながち全否定されるものではなかったのかなと考えています。
 また、膨大な本に関してはまだ明確な選別、保存さらには廃棄していくシステムが私の中で完成していません(写真)。
 今でこそ雑誌に関しては必要な部分だけをちぎって残りは捨てるようになりました。一般の本についても資料や雑誌同様捨てていくことが早晩求められることになることは間違いないことはわかっていても、愛着が邪魔をしてふんぎりをつけることができないでいるのです(以前古本リサイクルショップに本を持っていって買上げ価格があまりに安く、大変悲しい思いをしたトラウマもあります)。まぁ当面できることは本の衝動買いをぐっとこらえることぐらいでしょうか。
 まだまだ続く整理道、「整理のための整理」にならないようにだけは注意して、極めていきたいと思います。読者の皆さん、いい知恵があったらお教えください。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-19 04:33 | 建声元語 ―よもやま話―

朗報!豊能地区の図書館の本が借りれるようになります

 12.5.19
 昨日豊能地区3市2町(池田市、豊中市、箕面市、豊能町、能勢町)にお住まいの方は、6月1日から地区内20カ所の図書館の本を借りることができるようになるとの知らせが飛び込んできました。
 市域を越えての図書館利用の促進についてはわが市議団は以前から市当局に強く要望し、空港1・2丁目にお住まいの皆さんが最寄りの豊中市立蛍池図書館の本を借りることができるようになるなど、一定の成果もあげてきたのですが、今回一気に前進した形です(07/9/21・12/19、08/4/22付ブログ参照)。なお、図書館を利用する際にはあらかじめ各図書館が発行する「利用者カード」が必要です。カード発行の際には住所等が確認できるものをお持ちください。お問い合わせは各図書館まで。
 ここんところ辛い話題が続いていた当ブログですが、久しぶりにうれしい話を載せることができました。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-19 04:08 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

川村先生、ありがとうございました

 12.5.18
 昨日箕面高校でお世話になった川村先生の葬儀に参列させていただきました。
 式では長男の太郎さんが「私に苦手なスピーチをさせる、それが父の長い教員生活の最後の授業になりました。父さん、合格点くれるかな」と挨拶され、会場の涙を誘っておられました。
 箕面高校に入学した直後、北豊島中学校出身の男子がクラスに私一人だけしかおらず戸惑っていた様子を察して「僕も北中出身です」と言って母校の昔話で緊張をほぐしてくださった先生のやさしい心遣いを、今、私は思い起こしています。
 さて、式の後集まった同級生10人ほどと食事をしたのですが、その中の一人のAさんが「そう言えば川村先生を悪く言う人、聞いたことないなぁ」とポツリ。期せずしてその場の誰もがうなずいていました。
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by takeshi_yamagen | 2012-05-18 11:38 | 墓碑銘 ー送ることばー