山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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共産党が第二党に躍り出ました ―ニコ動世論調査―

 13.8.31
 ニコニコ動画が28日に実施した12万5688人を対象とした政党支持率調査で驚きの結果が示されました。日本共産党が同調査始まって以来初めて自民党に次ぐ第2党となったのです(自民党45.2%、共産党5.8%、みんなの党5.0%、日本維新の会4.7%、民主党3.0%、公明党2.4%、社民党1.1%など)。
 わが党の支持率は4月2.7%、5月2.6%、6月3.0%、7月4.5%、そして今回5.8%(女性6.5%)と推移してきましたが、参院選後も引き続き上昇傾向にあることが窺えます。
 国民の期待が大きくなると言うことはそれに答える責任も大きくなるということ。気を引き締めていかねばなりません(田村一志FB記事を参照して作成しました)。
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by takeshi_yamagen | 2013-08-31 19:47

夏の終わりにあたって

 13.8.30
 6月の東京都議選、わが党は8から17議席へとまさに「ジェジェ」の「倍返し」。続いて迎えた7月の参院選挙では3から8へと今度は「ジェジェジェ」のほぼ3「倍返し」、消費税増税阻止、原発再稼働反対…、「ならぬものはならぬ」貫くわが党の姿勢が評価された形です。
 共産党いつがんばるか?今でしょ!って林先生が言ったかどうか知らないけれども、アキも直樹も八重もびっくり(たぶん)の夏が今過ぎゆこうとしています。
 さぁ9月議会の議案も届き、今度は市議会で闘いの秋が始まります。
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by takeshi_yamagen | 2013-08-30 15:20

安倍首相は福島で陣頭指揮をとるべきです

 13.8.28 
 汚染水もれで深刻な海洋汚染が続く福島第一原発。東電の後手々々で付け焼刃な対応に批判が高まっています。例えば汚染された地下水の海への流出を防ぐために原発と海との間の土を固まらせ「壁」をつくるとのことですが、壁というならまず原発の上方につくって地下水そのものの汚染を止めるのが筋であることは素人でもわかります。おそらく東電はそんなことは百も承知なんだろうけど、資金投入を渋っているんでしょうね。
 国民の批判が高まる中さすがに国も対策に乗り出すということで茂木経済産業大臣が現地入りしましたが、記者会見で「東電は困ったことがあればなんでも言ってほしい」とあくまで東電まかせの感はぬぐえず。政府は東電の「お客様相談室」やないっちゅうに!
 電力会社や国が推進してきた原発推進政策の結果おこった今回の過酷な原発事故、しかし東電も国も誰も責任を取る気配がなく、まるで他人事。無責任の構造がここでも垣間見れます。
 安倍首相、はっきり言ってあなたが今いるべきところは中東外遊の場ではなく、福島ではないでしょうか。すぐにとって帰って、日本の技術と力を総結集してこれ以上の汚染水流出を食い止めるため陣頭指揮をとるべきです。
 その首相、来月7日からはブエノスアイレスで開催されるIOC総会に行かれるとのこと。東京招致を応援するとのことですが、「なにしに来たん?」と言われて逆効果になるように思えてなりません。
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by takeshi_yamagen | 2013-08-28 23:08 | 東日本大震災と原発

「行こいな」 ―NHKドラマ「夫婦善哉」を見て―

 13.8.27
 24日夜放送のNHKドラマ「夫婦善哉」。
 御存じ大店のアホボン柳吉(森山未來)と北新地の芸妓蝶子(尾野真千子)の恋の物語ですが、私が小さかった頃まだかすかに残っていた戦前の大阪の風情を再現しようという制作者の強い意思が感じられる作品に仕上がっています。
 例えば蝶子の実家の長屋の様子。膏薬の香りとトイレのアンモニア臭がごちゃまぜになった湿っぽい空気が今にも画面から漂ってきそうです。長屋のすぐ横のちょっとした石段も、玉造稲荷のわきあたり、あるいは天王寺は寺町あたりの上町台地の斜面を思い起こさせて心憎い限り。
 また役者さんの話す大阪弁が絶妙。特に印象深かった言葉は、柳吉が夜初めて蝶子を誘った時に発した「行こいな」。
「あんたも覚悟できてるんやろ」とちょっと強引に暗示をかけながら「もうええやろ」と懇願する大阪男の精いっぱいの口説き文句。「行こうか」はよそよそしすぎ、「行こか」ではあっさりしすぎてお食事どまり!?、かと言って「行かへんか」は軽すぎて真剣味?が問われる…、あの場面は「行こいな」以外にないのです。その「行こいな」効果もあってか蝶子は柳吉と夜のミナミの街へと消えていくのでありました。
 この微妙なニュアンス、関西以外のお人にはわかってもらえへんやろなぁ(08/5/22付ブログ参照)。 
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by takeshi_yamagen | 2013-08-27 00:22 | 山元のすべらない話

「過激」を理由に戦争の事実を封じるな ―松江市教委の「はだしのゲン」閲覧制限に思う―

 13.8.22
 松江市の学校で「はだしのゲン」が自由に読めなくなっている問題が発覚しました。
 市教委は「暴力描写が過激」などの理由で決定した措置と言います。しかし、8月14日付当ブログでも書いたようにそもそも戦争、そして原子爆弾は本来非人道的で悲惨なもの。それを「過激な場面がある」という理由で見せないというのならば、事実上「子どもたちに戦争の実態を知らせるな」と言うに等しいのではないでしょうか。
 幾百万の私たち世代の人間は「少年ジャンプ」で「はだしのゲン」を読み、初めて原爆の恐ろしさを知りました。確かに残虐とも言えるシーンはあり、一時的に「怖い」と思った子どももいるかも知れません。しかし「はだしのゲン」を読んで子どもたちがPTSDで後々苦しめられるといったことは聞いたことがありません。 
 なによりも私が問題だと思うのは今回の措置が教育委員会議には図らず事務局主導ですすめられたもので、当事者である子どもたちと、彼らに直接向き合う現場の先生方の声を聞いて決定されたものではないということ。「はだしのゲン」は下からの声ではなく上からの押し付けで封印されようとしたわけです。
 翻って横浜市では副読本の関東大震災の際の朝鮮人虐殺の記載を問題視する動きがあります。ここでも「過激だ」というのがその理由になっています。
「過激なので子どもたちのために教育的配慮…」などの「美名」の元に「上から」戦争、原爆を含む近代史の事実を子どもたちから遠ざける…、今回の松江市の問題は氷山の一角なのかも知れません。
 私たちはこれらの動きを見過ごすわけにはいきません。過去の日本の戦争は治安維持法などを「活用」し、国民に事実を知らせないことから始まったのですから…。
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by takeshi_yamagen | 2013-08-22 22:35

プチ同窓会

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 昨夜は大阪市内で高校のプチ同窓会。
 東京から、あるいは海外からの帰省組を含めて20人ほどが顔を合わせました。実に高校卒業以来33年ぶりの感動の対面!?があり、さらに 奇遇なことに一人同業者もいて(兵庫県I町 町会議員)、彼女とは普段の苦労話に花が咲きました。
 ちょっと戸惑ったのは学校時代同じクラスになったことがなくお互い見知らぬ者どうしだったのに最近FB上で「お友だち」になった人とのあいさつ。「初めましてかな。それともお久しぶりかなぁ?」に、「まぁ、(高校時代に)廊下ですれ違ったことあったかもしれんけど、一応はじめましてちゃうか」で落ちついた次第。
 また、共産党の参院選勝利を喜んでくれた友もおり、「この20年自民党ばかり入れてきたけど、ヤマゲンの熱いブログ読んで初めて共産党に入れたよ」と打ち明けてくれた人もいました。いや、うれしい限りです。
 会場設置してくれた北村君、佐谷さん、幹事を務めてくれた林君、浅見さん、ありがとうございました。お蔭で楽しいお酒が飲めました(写真後列右から3人目が僕)。
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by takeshi_yamagen | 2013-08-18 09:19 | 同 窓 会

あの日の思い ―68回目の終戦記念日を迎えて―

 13.8.16
 昨日は終戦記念日。68年前のあの日を国民はどのように迎えたのでしょうか。
 日本古典文学研究家の清川妙さん(当時24歳)は「負けたんだなぁというより、終わったんだなぁ」、詩人の小森香子さん(当時15歳)は「私も自殺しなければいけないんだろう」と机の中の小刀を思い出したとのこと。また評論家の故吉武輝子さんは「すごい解放感で3日間ほとんど寝続けた」とその著書に書かれています(以上昨日付「しんぶん赤旗」「潮流」より)。また泉南郡樽井に学童疎開していた母(当時12歳)は「(灯火管制が解けて)盛り場が明るくなってまた不良が増えるなぁと、とんちんかんなことをまず思った」と生前話していました。
 興味深かったのは「両親(私の祖父母)とも終戦の日はいつもとまったく変わった様子もなく仕事してた」との叔母の述懐。戦前京都で反戦運動に参加し、日本の敗戦を公言してはばかることがなかった祖父(当時38歳)たちは事態を実に冷静に受け止めていたようです。それは当時治安維持法違反で獄中にいた共産党員の思いと通じるものがあったのではないでしょうか。
 父(当時12歳)のように「日本のかたきをとる」と決意を新たにした軍国少年も多かったようですが、おおむねほっとしたというのが一般の人の実感だったようです。
 よく玉音放送をバックに皇居二重橋前で泣き崩れる人の映像がテレビで放送されます。あれだけを見るとあの日すべての国民が日本の敗戦を嘆き悲しんでいたかのような印象を受けますが、国民の受け止めはそんなに単純なものではなかったのです。
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by takeshi_yamagen | 2013-08-16 15:14

被爆の惨状を伝える資料とは ―広島原爆資料館の被爆人形撤去報道に想う②―

 13.8.14
 さて、広島市が平和記念資料館(原爆資料館)の展示物のリニューアルに際し被爆者をイメージしたマネキン人形の撤去を決めたことに対して、市民から反対の声が上っていると報じられています。「凄惨な被爆の惨状を伝える資料については基本的にありのままで見ていただくべき」「被爆者の写真や衣服など、実物の資料を重視した展示にする方針で、創作性の高い人形は必要なくなったため」というのがその理由とのことです。 
 私は写真や衣服の展示を否定するものではありませんが、それでも広島市にあえて問いたい。
 被爆者の写真が実物と言えるでしょうか。衣服はあくまで物であり凄惨な被爆な惨状を伝えるのはその衣服を着ていた生身の人間ではないでしょうか。
 かつて長崎市が試みたような遺体、あるいは遺骨の実物を展示するくらいの決意がないのであるならば、広島市は被爆人形の撤去を中止すべきだと私は考えます。創作性が高いことがよくないと言うのならばより実態に近い人形をつくり、凄惨な被爆者の惨状を伝える努力をすべきではないでしょうか。
 なお一部に子どもが怖がるという声もあるようですが、原子爆弾は非人道的な大量殺戮兵器であることにその本質があり、そもそも怖いものなのです。それをできるだけリアルに示し後世に伝えていくことが原爆資料館の使命ではないでしょうか。それでも子どもの教育上よろしくないというのならば、それこそリニューアルの際に子ども用順路を設ければいいだけの話です。
 広島と長崎の原爆資料館が、心から涙することも魂を揺さぶられることもない「ただの博物館」になっていくことを私は恐れます。

 追伸;日頃の御愛読ありがとうございます。本日で当ブログも開設6周年を迎えました。
 
 
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by takeshi_yamagen | 2013-08-14 21:37

長崎で見た黒い「物体」 ―広島原爆資料館の被爆人形撤去報道に想う①―

 13.8.13
 中3の修学旅行で長崎の原爆資料館(当時は国際文化会館)を初めて訪門、入口を抜けるとすぐに長さ数十cmの黒い見慣れぬ「物体」が私の目に飛び込んできました。解説文でそれが「原爆で焼かれた幼児」と知ってもしばらくはピンとこず、頭と思しき場所に光る小さな二つの点(目)を見つけた時に初めてゾッとしたことを覚えています。
 さてその長崎を私は息子と7年前に再訪、原爆資料館にも足を運びました。建物はリニューアルされ、原爆を受け変形した物品もそこそこ並べられていました。核兵器の各国の保有数を示すパネルもありました。それなりに核兵器の恐ろしさを伝えていました。しかし、残念なことに、私は新しい資料館で深い悲しみを感じることも魂を揺さぶられることもありませんでした。館の美しさと原爆の悲惨さがどうしても頭の中で結びつかなかったのです。
 私はふと37年前に展示されていた幼児の遺体が消えていることに気付き、館の人にその経緯を伺うと「所有者の大学に戻した」との返事が返ってきました。
 遺体の実物を展示することについては賛否両論あるでしょう。しかし私にとって長崎の惨状を最も強く教えてくれたのが、一瞬にして黒い「物体」となってしまった「あの子」であっただけに残念な思いを禁じ得ませんでした。
 
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by takeshi_yamagen | 2013-08-13 08:37

ヤマモト、嫉妬に狂う? ―石橋参院選祝勝会―

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 昨日お知らせしたように本日共産党石橋後援会の参院選祝勝会を開かれ、30名の方が暑い中足を運んでくださいました。「こんなに支持訴えるはがき書いた選挙初めてや」「選挙はやっぱり勝たなあかん」「そうそう、うまい酒飲みたいもんな。まぁ、負けても次がんばろうって飲むけど(笑)」とお互いの健闘をたたえあった次第。
 私が挨拶で「選挙最終盤にたつみ候補が石橋に入り駅頭で訴えた際に「コータロー!」の黄色いコールが鳴りやまなかった時勝利を確信した」とお話すると、おばさ…、いや年配の女性の皆さま方の「コータロ男前でほれぼれや」「なんで公営掲示板、途中からコータローの写真ちいさなったん?」「今日コータローさん来ると思って髪パーマあてて花も持ってきたのに、けえへんの?」「うちの娘、コータローの秘書になるって真剣にいうてるねん」等々…、まぁ政策そっちのけの?コータロー談義が一気に堰を切りました。
 コータロー当選を喜んでくださるのは嬉しい限り。でも、私も石橋4丁目では千本の指に入る男前で通ってるんですけど…。ちょっとジェラシーモードの祝勝会でした(笑)。
 
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by takeshi_yamagen | 2013-08-11 21:10