山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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80年前の今日、『赤旗』が誕生しました

 08.2.1
 今日、日本共産党の機関紙『赤旗』は80歳の誕生日を迎えました。創刊80年にあたっては森繁久弥さん、羽生義治さん、ジェームス三木さんをはじめとした多くの方からお祝いのお言葉を頂戴しています。
 その中のジャーナリストの大谷昭宏さんの言葉。
「…一般紙の記者も努力はしているが、いくつかのバリアがある。たとえば偽装請負は、テレビでは特集できない。キャノンなどのスポンサーを敵に回すことはできないからだ。タブーを超えて報道するのが「赤旗」の強みだ。…」
 まさに、企業・団体献金、政党助成金も受け取らない党の機関紙だからこそ、相手がいかなる党、企業、団体であってもタブーなく報道できるという『赤旗』の優位性を端的に書いてくださっていました。それは相手があのソ連共産党であっても同じでした。
 私が『赤旗』でまず思い起こすのは、そのソ連共産党との論争です。
 ソ連共産党は日本共産党内に内通者を作り、日本共産党をソ連追随の党にしようとしたり、ソ連派「共産党」を育成して、日本共産党を攻撃したりしましたが、日本共産党の「国民よりもソ連の意向を伺う党が、果たしてその国の変革に責任を負う共産党といえるのか」との反撃の前に、どれも失敗。
 そして、日本共産党のような自主独立の党は崩せないと見たソ連共産党、今度は「一つの国に二つの共産党があってもいいではないか」とする論を持ち出して、あくまでも親ソ派「共産党」に固執しました。しかしこの「併党論」に対しても、①一つの国に共産党は一つでなければならない(※)、②自国でソ連共産党以外の政党を認めない党が、他国に複数の共産党を認めろ、というのは矛盾しているではないか、と反撃し、ついに彼らは全く討論不能に陥ってしまいました。
 1970、80年代、次々『赤旗』紙上に発表された日本共産党のソ連共産党に対する理論整然とした反撃論文を、私はいつも胸のすくような感動すら覚えながら読んでいました。ソ連に追随し、国民を省みなかった多くの党が名前を変えたり、泡沫政党に転落したりしてしまい、そしてなによりもそのソ連共産党がなくなってしまった現在、勝負の結果は誰の目にも明らかですね。

 ※これは、日本共産党は絶対であり、誤りを犯さないということではありません。国民の運動をまとめ、社会を変革していくためには、科学的社会主義を理論的基礎とする党は、一国に一つでなくてはならないという意味です。例えば、日本に多くの共産党があってそれぞれが消費税廃止、引き下げ、引き上げとばらばらのことを言っていたら、統一した運動は組織できません。それで喜ぶのは政府と大企業だけですね。
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# by takeshi_yamagen | 2008-02-01 14:59 | 日本共産党はこんな政党です

目は口以上に人生を語るー全動労裁判勝訴に思うー

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 昨年11月、全動労(全国鉄動力車労組)訴訟を闘う方がお二人、はるばる北海道から議員団を訪ねて来られ、私が対応しました。
 お二人は、国鉄分割民営化の際、それに賛成した労組組合員は100%採用されたのに、反対した全動労組合員は28%、国労組合員は48%に過ぎない事実を示し、裁判ではこの採用差別が組合つぶしを狙った国ぐるみの不当労働行為であるとして闘っている旨を話され、それへの支援要請で沖縄を除く全国を回っておられるとのこと。切々と訴えられるお二人の瞳が、その場の空気を凛と引締める強さと、何物をも見通してしまうような鋭さを放っていたことが印象的でした。
 そのJR差別全動労訴訟の判決が23日東京地裁であり、裁判所は組合差別を認め、国に損害賠償を命じました。労働者の勝利です。私たちとしても、少しだけだけれども支援させてもらった裁判で勝ったことは、本当に嬉しい限りです。
 ところで、私が一つ疑問に思っていたことは、20年にも及ぶ裁判闘争を、お二人に関していうならば職場復帰の道は完全に閉ざされている中で闘えたエネルギーはなんだったんだろうかということ。
 24日付『しんぶん赤旗』には原告の労働者の声としてこうあります。
「自分のことは覚悟していました。だけど、全動労の仲間がここまで徹底的に差別されるのかと。この怒りがその後の運動の原点になりました」
「勝てるかどうかじゃなくて、勝たねばならねばならないという気持ちしかありませんでした」
 答は巨悪への怒り、不正義を許さない信念、そしてその根底にある鉄道マンの誇りとやさしさでした。あの日の四つの瞳はその全てを示していたんですね。

 追伸;お二人と同じ瞳、以前どこかで出会ったことがあると思っていたのですが、わかりました。国鉄分割民営化反対の決意を固めた1986年10月の国労修善寺大会で就任あいさつをする六本木敏国労委員長の瞳です。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-31 15:40

元史建歴6 黄金バット、月光仮面そしてウルトラマン

 08.1.31
 特撮話を続けよう。
 少し前、ジャーナリストの鳥越俊太郎さん(1940年生まれ)が、ある番組で「僕らが幼い頃、黄金バットや月光仮面がヒーローだったけど、ウルトラマンみたいに今でも人気があるわけではない。その差はどこにあるのだろう」と話されていた。
 両者の差は大きく言って二つ、科学性と社会性にあると思う。
 まず、科学性。ウルトラマンに変身するハヤタが「科学」特捜隊の一員であったことからもわかるように、ウルトラシリーズの作品には最低限の科学性が備わっていた。宇宙空間や地中、深海といった場所の特撮映像―今見ると”ちゃち”に思えるところももちろん多いが―は、子どもたちを未知の世界へいざない、その科学的な好奇心を育むに十分であった。
 次に社会性。ウルトラシリーズの作品には、人間が怪獣を殺傷することへの疑問を呈したり、宇宙開発競争の犠牲となった怪獣が登場したり、あるいは人類以前に地球に存在した「地球人」の存在を示唆したものなどがあり、当時のベトナム戦争や東西冷戦への批判が込められていたことは明らかである。
 突き詰めていけば科学的に無理があるところはいくらでもあるのだが、少なくともウルトラQ、ウルトラマンそしてウルトラセブンと続くウルトラシリーズでは、その制作者が子どもを子どもだましの対象として見ていなかったことだけは確かである。それはメッセージ性を追究する余り、怪獣が最後まで登場せず、子どもたちを残念がらせた?作品すらあることからも窺えよう。そこが科学性に劣り、勧善懲悪の域をでなかった黄金バットや月光仮面との決定的な差でなかったかと考える。もちろん、紙芝居とテレビといった媒体の差も大きいとは思うが…。
 そして、今でも、いや今だからこそ、子どもには決して見抜けない、作品に込められた深い意味を発見することがよくあるのである。
 書き出すと果てしなく「オタク」の深みにはまっていきそうなので、今回はこのへんで。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-31 15:31 | 元 史 建 歴

元史建歴5 衝撃のペギラ

 08.1.30
c0133503_11115467.jpg 新聞のテレビ欄を見ながら、幼い私に父がもらした「『ウルトラQ』ていう番組があるけど見てみようか」という一言、それはやや大仰な言い方をするならば、私の幼少期を決定付けた一言であった。
 その日の作品は「ペギラが来た」。南極観測隊が冷凍怪獣ペギラ(写真)に挑む話である。遭難した仲間を救う作業に従事する隊員たち、その背後の氷壁上に、画面向かって左側からゆっくり現れるペギラ、そのややもの憂げに光る瞳が隊員たちを見下ろす、しかし皆作業に夢中で誰もペギラの存在に気付かない、そしてペギラの口から冷凍光線が…。白黒の画面に繰り広げられるハラハラドキドキのシーンの連続、幼い私はすっかり円谷プロの特撮映像の世界にはまりこんでしまった。その夜の晩ごはんがカレーであったことまではっきり覚えていることで、その衝撃の強さをわかっていただけるであろう。
 42年前の今日1月30日の夜のできごとである。
 その日から私の日曜夜7時からの30分は、およそ3年間にわたって「怪獣の時間」となっていくことになる。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-30 11:11 | 元 史 建 歴

わが青春の石橋1 映画の場所

 08.1.29
 私の石橋、豊島地域の思い出の地を訪ねる新春からの新シリーズ。「元史建歴」同様、時々掲載していきます。第1回は映画ポスターをめぐる話です。
 
 私の中学時代、母校北豊島中学校のすぐ東側、石神道路に面した電信柱は、池田中央映画館上映の映画ポスターの定位置になっており、多感な中学生、特に男子にとってはかなり刺激的な場となっていた。
「潮騒」の白い海女着姿の山口百恵、その清純さに心ときめき、ブルースリーのヌンチャクを前面にかざす姿には、思わず拳を握りしめ、白い足が湖面から伸びる「犬神家の一族」のポスターは強烈以外の何物でもなかった。「砂の器」についてはその深刻な内容を理解したのはもう少し後のことで、当時は「なんか暗いポスターやな」と思った程度。そして、籐の椅子に足を組んで座る「エマニエル夫人」シルビア・クリステルの…、いやこれはやめときましょう。
 実際映画を見に行ったことはほとんどなかったけれど、そのポスターをほろ苦い青春の入口にして、ちょっと大人の世界を垣間見たのは私だけではないんじゃないかな。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-29 14:08 | 山元のすべらない話

知事選挙が終わりました

 08.1.28
 知事選挙が終りました。残念ながら梅田章二さんは518,563票を獲得しましたが、第3位で、当選には到りませんでした。ただ、マスコミのタレント弁護士と「二大政党にあらねば政党にあらず」とでも言うべき自・民持ち上げの中で前回票を維持しえたのは評価すべきでしょう。
 同時に民主候補が昨年参議院選挙の獲得票を大きく減らしたことは、民主党が国民の中に強固な支持を築いているわけではないことを、そして、自・公両党本部が公然とタレント弁護士を推薦できなかったことは、彼らと国民との間に大きな矛盾があることを図らずも示したと思います。
「二大政党恐れるに足りず。乗り越えられる」
それを確信しえた選挙だったと思います。
 ところで、気になるのは以下の数字。
 03年 池田市議選共産党票;5,578→04年 知事選市内梅田票;5,853
 07年 池田市議選共産党票;6,080→08年 知事選市内梅田票;6,077
 直前の市議選票に近い票が知事選で出ています。言い換えれば、それだけ市会議員の役割が大きいということか。頑張らねば…。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-29 13:55

「茶色い紙」ではいけないのか

 08.1.24
 先日、家でテレビを見ていると、製紙会社が販売する古紙再生紙に実際はほとんど古紙が入っていなかったことを伝えるニュースが流れていました。現在の技術では古紙の比率が高いと、どうしても紙の白さが失われて売れなくなるので偽装したというのが製紙会社の言い分のようです。
 それで思い起こされるのは、最近近所の文房具屋でメモ用の「茶色い紙」(わら半紙)を買おうと思っても売っていないことと、はっきり言って私たちが日頃オフィスなどで使う紙の大半は茶色くても、差し支えないと思うのに、実際はそのほとんどが「白い紙」であることです。
 製紙会社が言うように消費者に「白い紙」志向があるのが事実だとしても、彼らが「茶色い紙」の需要拡大の努力を怠り、結果的に「白い紙」しか売れない状況を作ってしまった側面もあるのではないかと、経験上思います。
 もとより、これはひとり製紙会社の問題ではなく、熱帯雨林の伐採など環境問題を考えるならば、「白い紙」中心の社会を「白紙」に戻して、誰もが真剣に再考すべき時にきているのではないかと思うのですが、いかがでしょう。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-25 11:58 | 建声元語 ―よもやま話―

私、○×に抱かれました

 08.1.21
 もう亡くなられましたが、Aさんという年輩の女性がご近所にいらっしゃいました。ある日、妻がAさんのお宅で見せていただいた1枚の古びた白黒写真、そこには赤ん坊を抱く西洋人の男性が映っていました。Aさんが言うには、その写真は外交官だったAさんのお父さんの赴任先で撮られたもので、赤ん坊はAさん本人だとのこと。「この男性だれかわかる?」と問われ、改めて写真をしげしげ見つめた妻は腰を抜かすほど驚いたというのです。なんとその男性はアドルフ・ヒトラー、その人だったのです。
「まさか、ここでヒトラーの『なま写真』を見せられるとは…」
 歴史の教科書の中だけの遠い人が、時空を超えて一気に目の中に飛び込んできた衝撃、そんなこともあるんですね。
 さて、そのAさんが最後に言った一言。
「私、ヒトラーに抱かれた女なの」
 ちゃんと「落ち」まで用意されていました。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-21 13:02 | 山元のすべらない話

さぁ、泣いても笑っても1週間です

 08.1.20
c0133503_1994669.gif 今日は、知事選投票日前最後の日曜日。朝は事務所に集合、後援会の皆さんと地域に入り、午後1時から3時は総勢30人で、池田駅前と石橋駅前をぬいぐるみやピエロとともにちんどん屋さながらに降りしきる雨の中練り歩き、他党派を圧倒(写真)、終了後は全戸ビラまき作戦の予定でしたが、雨天のため電話かけに急遽変更、といった具合で一日が過ぎていきました。
 今回の選挙、府民の反応がいい、そしてとても暖かい。また、以前も書きましたが、従来保守という人も含めて大変話がはずむのです。30年に及ぶ自公(社)民のオール与党政治の矛盾がそれだけ深刻ということなのでしょう。あとは、府民との対話・支持拡大をどれだけ広げるかの勝負だと思います。泣いても笑っても1週間、がんばらねば。
 ところで、この期に及んで「自公の支持があるからなんでもできる」ことを再び強調し始めた候補者がいます。実行力を主張したいんでしょうが、裏を返せば「自公の悪政をこれからも続ける」といっているのと同じ。まぁ、正直といえば、正直なんでしょうが…。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-21 12:53

平野屋新田会所が取り壊されそうです

 08.1.18c0133503_12205358.gif
 今朝、悲しい記事が飛び込んできました。大東市平野屋新田会所の取り壊し開始の記事です。
 同会所は江戸時代に同市内にあった深野池を開拓して作った新田の役所的な機能を持った施設で、江戸時代の建物や、米を大坂まで運んだ水路、船着き場など往時の姿をそそのまま留めている第一級の遺跡です。市民の間から党派を超えて保存の声が上がり、業者と公有化に向けた交渉が進められ、15日には共産党の山下よしき議員が文化庁に国指定史跡に仮指定するよう要請した矢先のできごとでした。
 実は私、昨年7月この会所の保存に関わっておられる小林義孝さん(私の前の職場である文化財センター時代の上司です)より、同会所の意義を現地で話してくれと言われたことがあります。最初は、あまりこの会所のことについては勉強していなかったので躊躇していたのですが、「歴史研究に携わっている市会議員などあまりいないし、しかも他市の人間だからこそ客観的に話せる」といわれて引き受け、この会所が、水から-ときには苦しめられながらも-多くの恵みを受けてきた大東市の象徴とでもいうべき場であること、公園など街づくりの核になりうる場であることなどを様々な事例を示してお話させていただきました。それだけに大変ショックです。
 今からでも遅くありません。ただちに工事を中止して、保存に向けて協議が進められることを願って止みません。
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# by takeshi_yamagen | 2008-01-18 12:23 | 歴 史 夜 話