山元たけしの あの日その時、そしてこれから

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この夏の言葉から

 07.9.3
 子ども達はいよいよ今日から新学期、息子も元気よく?登校していきました。私たち議員も明日から9月議会、子ども達に負けずに頑張らねばなりません。
 さてこの夏伺った印象深い言葉から。
 
  「三つの社会を生きてきて、私は共産党を選びます」
 先日も書きましたが、私はこの夏四国を旅しました。高知で何気なく入った中華料理屋のご主人は1942年にお父さんの赴任先の上海に生まれ、1965年に帰国された方で、うれしいことに日本共産党を日頃から支持して下さっているとのことでした。
 私が特に興味のある国共内戦時代のことを伺うと、「国民党は腐敗していました。ただで映画館に入ったり、賄賂を公然と受け取ったり、子供心に(国民党は)負けると思いましたね」とおっしゃった上で、「共産党は貧しい農村出身の兵隊でした。だって、当時上海には水洗トイレがあったんですが、農村出身の彼らは知らずにその水で米を研いでましたね。貧しいけれど彼らは清潔でした。絶対に市民の物に手を出すことはなかったです」と評価されていました。
 さらに加えて「帰国後知った日本の共産党も、ぶれずに国民のために頑張っていることを知りました」とも。
 最後に「私は植民地の中国、社会主義の中国、そして資本主義の日本を生きてきました。毛沢東の誤りも知っているし、日本の戦後資本主義の発展も評価します。それでも、最後まで民衆を裏切らないのは共産党である、というのが三つの社会を生きてきた私の結論です」ときっぱり。
 さらに「今度の選挙、春名さんを国会に送れなかったけど、全然気を落とすことはありません。国民はちゃんと見てますよ」と、うれしい言葉を頂戴しました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-03 11:46 | 日本共産党はこんな政党です

皆さん、ご苦労様でした

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 ちょっと遅れましたが昨日参議院選挙の報告会を開きました。熊取町から来て頂いたミュージシャン立花正治さん(実は以前の職場の仲間です)の弾き語り(写真)で始まった会は、まず最初に私から今度の選挙のお礼を述べるとともに、今度の選挙で自民、公明が大敗し、国民が新たな政治を積極的に模索するちょっとわくわくする時代に入ったことを、この間の池田の共産党が得票で前進していることも交えて報告させていただきました。
 また、参加者に参議院選挙の感想、共産党への思いを語って頂きました。後援会の大舟さん(元市会議員)からは、統一地方選と参議院選挙では今まで共産党に全く縁がない方にまで支持をお願いしてまわったこと、軍隊時代、毎日深夜に集まって真面目に話し合う3人のグループがあったが、今から思うと共産主義者のグループのようであったことなど、興味深いエピソードを伺いました。
 最後はみんなで「がんばろう」を合唱。ちょっぴりお酒も入って、みんなの思いがひとつになった楽しい会でした。お料理を作って頂いた方をはじめ、お手伝い下さった皆さんありがとうございました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-03 11:35 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

朝の豪雨

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 朝、そろそろ市役所に向かおうとしている時、突然バケツをひっくり返したような豪雨。石橋商店街の中を流れる今井川が溢れるのでは、とあわてて飛び出しました。幸いちょっと水かさが増えていた程度で、周辺も変わった様子がなく、まもなく雨もやみました(写真)。一安心。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-31 10:24 | イシバシ NOW

神を信じる者も、信じない者も…

 07.8.30
 昨日、市内に住むクリスチャンのAさんのお宅を訪問しました。以前から共産党に好感を持ってくださっている方で、しばらく体を壊しておられると伺っていたのですが、元気そうな御様子で安心しました。今度の選挙に関しては「自民党はこれだけ負ければ、さすがに改憲は露骨に言えないでしょうね。これは成果だと思います」と評価しておられました。また、赤旗日曜版の購読をお勧めしたところ、「寄って立つイデオロギーは違うけれども、しばらく読んでみましょう」と快諾していただき、うれしい限りです。
 ところで、明日(31日)午後7時より住吉会館にて日本共産党石橋支部主催の「参議院選挙報告会」を開催いたします。私もお話させていただきます。どうかお誘いあわせのうえご参集ください。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-30 13:44 | 日本共産党はこんな政党です

池田城落城、後日譚…。

 07.8.28
 池田文庫のすぐ北側で行われている池田城跡発掘調査現場の視察に同僚議員と行き、市教委の中西さんから説明していただきました。
 今回の調査地では、池田氏滅亡後、荒木村重の有岡城(伊丹)攻めのために織田信長が城を改変した際の堀跡、土塁等の遺構が検出されました。池田城の終わりはよくわかっていなかっただけに貴重な成果です。
 ところで、今回は(他の人が)遺跡を掘っているところを見学しましたが、つい半年前まで、私は(財)大阪府文化財センターに勤務、つまり掘る側の人間だったわけです。偶然、当時お世話になった作業員の方々と再会、「肥えたんちゃう?」「文化財がんばってください」等々、激励の言葉をいただきました。ありがたいことです。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-28 17:00 | 歴 史 夜 話

わくわく、どきどきの川あそび

 c0133503_16534810.jpg07.8.27
 一昨日(25日)、私の事務所の近くの箕面川で、御近所の方と川遊びを行いました。
 さっそく水に飛び込んだ子どもたち、無数に泳ぎ回る魚(オイカワ)を捕らえようと網を振り回すも、逆に魚に振り回されているといった感じ。川岸の草むらを網で突付いても網に入るのは1㎝ほどの稚魚ばかりでした。
 オイカワの成魚つかみをあきらめた彼ら、今度は石で囲って作った「いけす」で捕まえたオタマc0133503_165624.jpgジャクシやザリガニを飼い始めました。さぁ、そこにMさんが、釣り上げたばかりの甲羅の幅が10㎝もあるモクズガニを持ってきて、皆、大興奮!さっそくザリガニと対戦させていました(写真右)。
 そんなこんなで疲れた体を川原に投げ出していると、今度はその眼の前をカワトンボが茶褐色の羽根をひらひらさせながら横切り、アヒルの一団がのんびり上流に移動していきました。
 まさに驚きと興奮の中であっという間に3時間が過ぎていきました。c0133503_16543167.jpg  
 なお当日は川原のゴミ拾いも行いました。ゴミは前々日の雷雨でかなり下流に流されてしまっていましたが、それでもビニール袋で5個ほどになりました。結構汚れているものですね。
 川遊び開催にあたって御協力いただいた皆さん本当にありがとうございました。
 最後に参加した子供たちの感想から…。
「とても楽しかったです。来年はあるのかな。今度は友だちつれて来たいです」(なつみちゃん)
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-27 17:22 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

四国紀行② 四万十の清き流れに思う

 c0133503_14494441.jpg07.8.24
 JR予土線を乗り継いで、蛇行する四万十川を右に左に眺めながら、山あいの四万十市(旧西土佐村)江川崎駅に到着、さらに四万十川の支流藤ノ川川に沿ってレンタサイクルでしばらく走り、たどり着いた寿荘がその日の宿。元営林署の保養所だったというこの一軒宿の奥さん芝清子さんは東京の御出身で、その後神戸の地震に遭われて、御主人の故郷である当地に来られたとのことでした。道理で標準語を話され、垢抜けた雰囲気の方でした。
 芝さんがおっしゃるには、高知に来た当初は、列車は3時間に1本、テレビはNHK以外は民放1局という東京や神戸とは全く違う環境に寂しい思いをしたとのことでしたが、見たところ御主人よりも元気に宿を切り盛りされておられるように思えました!?高知という土地は出身地を問わず女性を強くするようです。ただし、お酒はさほど飲まれないとのことでしたが…。夕食は京都の貴船あたりを髣髴とさせる風情漂う川床で、テナガエビ、アマゴをはじめとした四万十の幸を頂戴しました。
 さて、翌日(19日)は四万十川で生まれて初めてカヌーに挑戦しました(写真)。
 インストラクターは地元出身の芝藤由佳理さん。パドル(櫂)さばきも滑らかに、すぅいすい、と川面を移動されます。最初はうまくできるかと思っていた参加者も、要所を押さえた彼女の講習に、すぐに小学生も含めて全員がほとんど自由に川中を動き回れるまでになりました。カヌーの魅力は、目の高さと水面の距離が近く、より水を身近に感じられることにあるといわれますが、確かにその通り、川面を滑るように吹く風が頬に心地いい。同時に水面に近いということは、川底にも近いということ。小石やテナガエビを捕る筒状の仕掛けなどが、本当に手に取るように見えました。
 カヌーイストの野田知佑さんだったと思いますが、戦後の日本で絶滅しかかっているもののひとつに川ガキをあげておられました。川ガキとは、それこそ時間も忘れて一日中魚とりや飛び込みなどをして、川で遊ぶ子どものことですが(私もその1人でした)、少なくとも四万十川では大人も子どももいつのまにか川ガキにされてしまうようです。
 翻って大阪の子どもたち。大阪の川は汚くて遊ぶことができない、だから川で遊ぶ子もいないとよく言われます。私もそう思っていた1人です。しかし、大阪の郊外の浅くて、魚もいて、川遊びにもってこいの川にも川ガキがいないことが多く、ずっと不思議に思っていました。そして、どうやらその主な原因が川を過度に危険視する大人側にあることに気づいたのはごく最近のことです。大人が子どもを川から遠ざけていたのです。
 その点で参考になったのは、今回のカヌー講習で、子どもたちにもライフジャッケットをつけて四万十川の本流を歩いて渡らせてみて、緩やかに見える流れも実際は思ったより速く、すぐに流されてしまうことを体験させてくれたことです。
 川には危険がある、そのとおりです。しかし、子どもを川から遠ざけてしまっては、その危険を教えることもできないのではないでしょうか。そしてなによりも川の持つその限りない魅力を感じる機会を奪ってしまうのが残念でなりません。少なくとも「川に近づかないいい子」を作るだけでは何一つ前向きなことは出てこないでしょう。
 川原に下りて、水の恐ろしさを学び、川面に網を走らせ、飛び跳ねる魚たちに心躍らせ、川底に足を踏み入れ、清流の心地よさを感じとる、そんな川ガキを絶滅から救い、川ガキがあふれる街をつくりたい。ため息が出るくらい透き通った四万十川に一人浮かんで、青い空のてっぺんを眺めながら、そんなことばかり考えていました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-24 18:04 | 日本たびたびまた旅日記

四国紀行① 自由民権運動と山原健二郎

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 07.8.22
 春から選挙で走り続けて、久々に18日からまとまった休みが取れました。すると騒ぎ出すのがほとんど放浪癖に近い私の旅のムシ。今回は四国に行ってきました。経路はまず高知市に入り、四万十川、土佐清水、宿毛、宇和島、松山と列車とレンタカー、そして一部レンタサイクルを乗り継いで回り、フェリーで21日の朝、帰阪した次第(3泊3日)。えっ、なぜ四国かって?理由は簡単、四国の西部へは行ったことがなかったからです。
 高知市でまず向かったのが高知市立自由民権記念館(写真)。事前に列品解説をお願いしていたところ、対応してくださったのは上野麻衣さんとおっしゃる、小柄ながら、大きな瞳としまった目尻に芯の強さを窺わせるお嬢さんでした。「板垣退助は岐阜で遭難後外遊したので地元ではあまり人気がありません」「坂本龍馬は高知の偉人ですが、他地域の方が思われるほどではないかもしれないですね」といった「地元ネタ」を交えた的確な解説は見事。高知の自由と民主主義の伝統がよく理解できました。
 驚いたのは、高知市内には往時、町内会ぐらいの単位で政治結社があったということ。ほとんど寄り合いの乗りで、やれ国会だ、やれ憲法だ、と酒を酌み交わしながら天下国家が議論されていたようです。翻って池田市では小学校区単位で地域の要求を実現しようとする地域分権推進協議会が動き出しました。果たしてそんな民主的な雰囲気のもとで進められるか、心配です。
 余談ながら、この館に限らず各地の博物館、美術館では、近年入館者への列品解説に力を入れているので、趣旨と所要時間を告げて気軽にお願いすればいいでしょう。
 余談ついでにもう一つ。高知といえば酒。かつて土佐に入った山内の殿様が地元出身の家臣達に「1升飲める者、前に出ろ」と命じたところ誰も出ない。「では2升飲める者は」と改めて問うと皆名乗り出たという話を聞いたことがあります。その理屈でいくならば高知で「少々飲める」は「升々」つまり2升飲めるの意ともとれないこともありません。別れ際に上野さんに「お酒はどうですか」と聞くと「そこそこはいけます」とのこと。これも後で考えると「そこそこ」は「底々」で、1升瓶を2本、底まで飲めるということだったのかも知れません。
 ところで、2004年に亡くなった山原健二郎さんの資料室が昨年開設されたことを自由民権記念館の人に教えてもらいました。山原さんといえば党派を超えて人気のあった四国初の日本共産党の国会議員、さっそく行ってみることに。着いたところは龍馬生誕の地に程近い日本共産党高知県委員会、その2階が資料室でした。対応してくださったのは、元高校教師で、党の高知地区委員をしておられるKさん。「まだ遺品を整理中の段階で、展示も不十分です」と恐縮されていました。確かにまだ雑然とした観はありましたが、それだけに実際にアルバムなどもガラス越しではなく手にとって見ることができたのはうれしい限り。またそれ以上にうれしかったのは、山原さんが生前描かれた色紙をいただいたことです。池田市議会議員団の控室に飾ってあるので、ごらんになりたい方はお越しください。ちなみに山原さんは1920年生まれですから、お若い頃はまだまわりに実際自由民権運動に参加された方も多かったことと思います。土佐の伝統が山原さんを育てたのでしょうね。
 市内では高知城や龍馬ゆかりの地、あるいは牧野富太郎記念館なども回りたかったのですが、時間がなく断念。15時19分発の特急南風11号に乗り込んでさらに西へと向かいました。
 
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-23 15:35 | 日本たびたびまた旅日記

今朝のできごと

 07.8.17
 今朝、阪急石橋駅西口で、駅に向かっていた御婦人が、貧血で前につんのめるように転倒。私や若いサラリーマン、周辺の店の人など、たまたま居合わせた人間が御婦人のまわりに集まると同時に、本人を抱きかかえて様子を聞く、携帯電話で救急車を呼ぶ、イスを持って来て本人を座らせる、湯呑みに水を入れて持ってくる等々、いつの間にか誰もが彼女のために自らができることを始めていました。さらに救急車が到着した時には誰もが「この猛暑の中、出て行くのは危険や。悪いこと言わんから(救急車の)お世話になっとき」と、そのまま電車に乗ろうとしていた御婦人をやさしく諭し、結局彼女は病院に運ばれていきました。
 殺伐とした話題が多い昨今、ほとんど見ず知らずの者同士が助け合う姿に、私はちょっとした感動すら覚えていました。
 2007年の夏の朝、また少し石橋の街と人が好きになりました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-17 17:10 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

新しい時代の予感! 参議院選挙の結果から

07.8.16
 少し遅くなりましたが参議院選挙のご報告。
 今回の選挙、日本共産党は「ストップ庶民増税」「憲法9条守れ」を掲げて元気いっぱいがんばりましたが、政府自民党、公明党への批判票は民主党に集中し、残念ながら日本共産党は2議席の後退。山下よしき(比例区)の当選は勝ち取りましたが、宮本たけしの再選はなりませんでした。
 この選挙結果に直後は私も少し元気をなくしかけましたが、よく見ると比例代表区は、全国的に前々回、前回より得票を増やしています。池田でも国政選挙の票数がここしばらく4千票代であったのが、今回の宮本たけし票はなんと6,249!一時は2千あった公明党との票差も五百に縮まりました。今春の府会選挙(5,427票)、市会選挙(6,080票)から続く得票増、そして反転攻勢のうねりに確信を持つべきでしょう。
 民主党は大勝した結果、テロ特措法延長反対など今までにない積極的な姿勢を見せつつあります。c0133503_1559575.jpgまた、自民、公明両党が年金受給条件を現行の25年から10年に引き下げるわが党の提起に対し、「検討する」と約束したのも注目すべき変化です。
 こう見てくると、今度の選挙結果はなにか新しい時代を予感させて、ちょっとわくわくしてきました。自公の巻き返しを許さず、それが国民にとってよりよい時代になるように、私もがんばります。引き続くご支援のほど、どうかよろしくお願いします。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-16 15:36 | 日本共産党はこんな政党です