わが青春の石橋10 「あんさん、わかれなはれ」

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 北小・北中への通学路、箕面川にかかる天神小橋のたもとに「胡桃沢源人 融紅鸞」という、やたら画数が多い、どこまでが苗字かもよくわからない表札のかかっている家があった。当然読み方もわからず、母に聞いてみたところ「あぁ、とおるこうらんさんの家やろ」と即答で返ってきたので、ちょっと驚いたことがある。さらに母は、融紅鸞さんが本業の画家のかたわら1960年代を中心にラジオの人生相談などで活躍された、関西のタレント文化人の走りとでもいうべき人であることも教えてくれた。
 ちなみにその人生相談での決め文句が「あんさん、わかれなはれ」。
 当時流行語大賞があれば関西では間違いなく大賞をとったであろうこの言葉、実際に離婚を勧めた言葉ではないどころか、夫婦仲を修復する「魔法の言葉」だったと聞いている。というのも、さんざん奥さんに亭主の悪口を言わせたあとに「よう我慢しはったな。もう、あんさんわかれなはれ」と紅鸞さんが言うと大体の奥さんは「こんなしんきくさい男やけど、ええとこもあるんです」と亭主を弁護し始めたというのだ。恐るべし、融紅鸞さん。
 その紅鸞さんの御主人で、同じく画家でいらしたのが胡桃沢源人(くるみざわげんじん)さん。庭いじりをされている、少し川端康成に似たかくしゃくとしたお姿を登下校の際に時々お見かけしたことを、かすかに記憶している。 
 お二人ともすでに亡くなられたが(融紅鸞さん1982年没、胡桃沢さん1992年没)、そのお家の前を通るたびに、そして市役所や母校に掲げられたお二人の温かみのある絵を見るたびに、そんなあれやこれやを思い出すのである(写真は市役所5階に飾られた胡桃沢源人画「早春」1979)。 
by takeshi_yamagen | 2008-12-16 09:22 | わが青春の石橋

日本共産党 前大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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