平和でこそ野球ができる ―高校野球メモリアルパークを訪ねて―

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 先日豊中駅から西へ5分のところにある「高校野球メモリアルパーク」(豊中市玉井町)を訪ねました。夏の甲子園大会の前身「全国中等学校優勝野球大会」の第1回大会(1915年)と翌年の第2回大会が実はこの地にあった豊中グランドで行われたのです。グランドは大正末年には廃止され今はすっかり住宅地となっていますが、周辺にはごく一部ですが、当時の外壁のレンガ塀が100年を経た今でも残っています。ちなみにメモリアルパークの地は当時のグランドのライト側外壁付近にあたるようです。
 同パークは昨年大きく改修され、前面の遊歩道に第1回大会からの歴代優勝校・準優勝校名を刻んだプレートなどが新たに設けられました。そのプレートとよく見ると大会が2回行なわれなかったことがわかります。1918年の米騒動の時と太平洋戦争時です。
 23日亡くなられた衣笠祥雄さんは8月6日の8時15分には必ず黙祷を捧げ、野球がしたかったのに戦地に駆り出され、無念の死を遂げた先輩たちの存在に触れ「野球ができる喜びを感じながらプレーしてほしい」と述べておられたとのこと。
 
平和でこそ野球ができる―、改めて思い知ることができる高校野球メモリアルパーク、みなさんも一度足を運んでみてはいかがでしょうか。


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by takeshi_yamagen | 2018-04-26 08:31 | スポーツ話