箸箱の物語 かくも残酷な恋の終わり

 18.6.3

「4日に遅れていた役所の一時金が支給され、翌5日は日曜だったこともあってデートに出かけました。それが、父がS子さんと過ごした最後の時間になってしまいました」

 昨日開かれた共産党石橋女性後援会主催の「戦争体験を語る会」で、Aさんが語られたお父様(19232008)が亡くなる前年に語られた広島の体験談に参加者誰もが聞きいってしまいました。さらにAさんは「あの日父は朝の体操中に被爆したものの一命はとりとめ、軍の所属部隊の救援活動―というよりほとんどが死体焼却作業だったようです―に参加しました。広島市役所に勤めていたS子さんを8月いっぱい探し回ったのですがとうとう見つけられなかったようです」と続けられました。

 お父様の死後、偶然手に入れた広島市役所職員の原爆死没者名簿の中にAさんはS子さんの名前を見つけたのですが、その親族欄と被爆地欄に「不明」の記載があることからおそらくS子さんご一家は原爆の炸裂した6日に全滅してしまったのではないかとAさんは推測されています。

 お父様は一通り話を終えた後、一つの箸箱を大事そうに取り出されてこられたとのこと。そして「これはS子さんが5日に安芸の宮島で僕に買ってくれたもの。彼女が確かにこの世に生きていた証しはこの小さな箸箱だけだ」とポツリ。

 73年前に実際に起こったあまりに残酷な恋の結末―、戦争はある日突然若い二人の仲を引き裂いてしまいます。


[PR]
by takeshi_yamagen | 2018-06-03 21:25 | 建声元語 ―よもやま話―