米騒動百年

 18.7.22
 農村から都市への人口流入や、シベリア出兵を見越した米の買い占め、売り惜しみで米価が高騰する中、ちょうど百年前の1918(大正7)年7月22日夜、富山県下新川郡魚津町の漁民の妻等が相談し、米が高くなるのは米を県外へ移出するためだと考え、翌23日午前8時すぎ、米の積出し中止を求めて46名が海岸に集結しました。同様の米放出を求める動きはその後約50日間で1道3府37県の計369か所に広がり、参加者の規模は数百万人を数え、その鎮圧に出動した軍隊は10万人にのぼったとのこと。世に言う米騒動です(その発端等については諸説有り)。
 米騒動は自然発生的な運動であったことから鎮圧されましたが、その教訓を踏まえてこれ以降全国水平社など大衆運動の組織化が進み、現状変革を求める国民的な運動が広がる中で日本共産党が創立されるのです(1922年)。
 ちなみにこの米騒動の責任をとって辞職した寺内正毅首相は安倍首相と同じ山口県出身です。
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by takeshi_yamagen | 2018-07-22 21:09 | 歴 史 夜 話