銭湯経営、神戸の地震、そして父の思い…  ―父二郎の葬儀でのあいさつから③―

 18.10.15

 生業のうえでは、父は銭湯の設計建築を行う会社に長年勤めた後、この庄内の地で15年ほど自ら銭湯を経営し、私たち家族を養ってくれました。

 その銭湯経営時に大きな地震が起きました。阪神淡路大震災です。猪名川の向こうの兵庫県尼崎市では水道が止まって住民の方が困っているのを聞いた父はさっそく店を無料開放しました。この父の決断は府県を超えて多くの方に喜んでいただき、当時の毎日新聞でも報道されました。ただ同業者のごく一部から「山元の行いは組合の料金規定違反だ」との声が上がり、「みんな助け合わなあかん時にそんな杓子定規なこと言うかぁ」と父が嘆いていたことを覚えています。今年の北大阪の地震の際大阪の浴場組合が被災者の無料開放に乗り出したことを聞いて、災害自体は大変不幸なことだけれども、「父が先鞭をつけたことが今実を結んだのかな」と少し嬉しく思ったものでした。


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by takeshi_yamagen | 2018-10-15 09:41 | 山元家の人々