人気ブログランキング | 話題のタグを見る

知事、始皇帝に匹敵する暴君として歴史に名を留めたいですか  -博物館を考える集いに参加して-

 08.5.21
知事、始皇帝に匹敵する暴君として歴史に名を留めたいですか  -博物館を考える集いに参加して-_c0133503_15385766.jpg 18日、和泉市内で開かれた「弥生文化博物館廃止絶対反対!! 大阪の文化財と博物館を考える集い」(同集い実行委員会主催)に参加しました。「あまり宣伝しなかった」(主催者)にもかかわらず、会場は100名を超える参加者でいっぱいです。
 まず、池上曽根遺跡の発見者である南繁則さんのご子息南清彦さん(和歌山大学名誉教授)が1965年発行の池上遺跡保存、博物館建設を訴えるビラを示して、お父さんの思い出を交えながら、博物館の存続を訴えられました。
 次に、小林義孝さん(大阪府職員労働組合文化財保護分会)が「年間5万人(うち1/4は小中学生)の人が集まる文化施設を壊すのは前代未聞。同時に「売りやすいから売る」ということを許すならば「こんなもの(文化施設)でも売れるんだ」ということになり、他に及ぼす影響は計り知れない」と主張。また、韓国博物館協会会長の申敬テツ先生が来日の際、急遽予定を変更して「弥生文化博物館は、世界の農業の始まった時代を研究する拠点です」と知事にその存続を訴えられたことも示して、弥生文化博物館は日本のみならず、世界の宝であることを強調されました。
 また、久世仁士さん(文化財保存全国協議会常任委員)は、池上曽根遺跡が1903年頃に地元の南さんによって発見された後、数度の調査によって、弥生時代の大遺跡であることが明らかになる中で、1960年代に地元の方々を中心に保存運動が広がり、1976年に国史跡に到った経過を報告されたうえで、1981年に始まった博物館建設の署名と募金運動が91年の弥生文化博物館開館、そして2001年の池上曽根遺跡史跡公園完成につながっていったことを強調されました。
 まさに弥生文化博物館は、50年にわたって保存運動にかかわってきた市民の思いが結実したものであり、それを廃止する橋下知事の暴挙は、秦の始皇帝の焚書坑儒(※)、あるいはアフガニスタンのタリバン政権によるバーミアン大仏破壊に匹敵する、と批判されました。
 さらに、渡辺武さん(大阪城天守閣元館長)からは小泉構造改革、新自由主義のもとで博物館が営利主義にさらされている実態が報告されました。
 その後の討論では、博物館建設にも尽力された吉房康幸元副館長が「自分の子どもが亡くなりそうだ。みんな助けてください」と涙の訴え、さらには「勤評闘争、安保のときのように立ち上がろう」の声が続きます。90歳近いお年寄りも含めて、多くの人がまさに自らの人生をかけて次々にマイクを握られたのです。
 最後に石部正志さん(文化財保存全国協議会代表委員)が「大阪は全国に先駆けて多くの遺跡が消えていった。その一方で、イタスケ古墳や難波宮などを市民が残してきた歴史もある。今度は博物館。今日の皆さんの話で「こりゃ、やれるで」となってきた。教育、医療、平和を守る運動と手を携えて、博物館を守るのではなくて発展させていこうではありませんか」と訴える頃には、参加者の思いは熱く、堅くひとつになっていきました。 
 
 ※焚書坑儒…秦の始皇帝が民間の書物を焼き捨て、数百人の儒生を坑(あな)に埋めて殺したこと
 

by takeshi_yamagen | 2008-05-21 16:03 | 博物館は楽し  

<< 日本共産党議長誕生にあと一歩ま... 直径5mからはるかな宇宙へ -... >>