2018年 10月 04日 ( 1 )

御霊の行方

 18.10.4
 今年3月第12代靖国神社宮司に就任した小堀邦夫氏(68)が、社内の会議で「天皇陛下は靖国神社を潰そうとしている」と発言したと報じられました。
 この発言は、今上天皇が即位以来一度も靖国を参拝したことがない一方で、かつての戦地を訪れ、戦没者の霊を慰める旅を続けてきたことを指しているとみられます。小堀氏は「慰霊先に遺骨はあっても御霊(みたま)はない。御霊は靖国にある」と主張されているわけです。
 私は神道の強い信者ではなく、神社に造詣が深いわけでも決してありませんが、そもそも神社は、村を中心とした小世界の諸々に宿る八百万の神々が存在するところであり、その土地に生きた人々も死後は御霊となって遍くそこに留まると考えられていたのではないでしょうか。
 ところが近代にその素朴な村の神道が国家と結びつき、戦争遂行のイデオロギー的装置となっていきます。
 そこで必然的に生じるのは、故郷を遠く離れ南方や大陸で亡くなった兵士の御霊はどこに行くのかという問題です。それは当然うちにあると靖国神社は主張します。しかし実際には従来どおり故郷の神社に帰ってきているかもしれないし、戦地に留まっているかもしれない(今上天皇はどうもそのお立場のようですね)。それは僕にはわからない。誰にもわからないのかもしれない。
 逆説的にいうと神道が国家と結びついていかなければ、そしてそのもとで戦争が遂行されなければ、死者の御霊がどこにあるかなどと言った論争自体起こることがなかったと思います。
 今回の御霊所在地論争は、氏子を持たず地域の八百万の神と結びつかない靖国神社の特異な性格を改めて示したものと言えるのではないでしょうか。
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by takeshi_yamagen | 2018-10-04 07:56