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カテゴリ:日本たびたびまた旅日記( 93 )

朋遠方で再会し白球を論ず ―ヤマゲンの沖縄かけある記 番外編②―

 19.9.9
 沖縄の余談、もう1回だけおつきあいを…。
安仁屋宗八はとっても有名人です
 20日の夜前の職場の後輩のN君(本土出身 那覇在住)と県庁近くのお店でおよそ20年ぶりの再会を喜びあいました。
 話題は互いの近況報告に始まって今の職場のこと、そして野球談議へと移っていきました。私が「沖縄は高校野球熱高いって聞くけど…」と話を振ると、N君は「本当です。勝ち進むと仕事が休みになるところも多いですよ。沖縄代表の試合中は家電量販店のテレビ前では人だかりができます。そんな買わない?客に店の人がお茶をふるまう風景もよく見られますよ」と話され、「そうそう、沖縄初のプロ野球選手安仁屋宗八さんは超有名人ですよ」と続けられました。某在阪球団で活躍された方ががんばっておられるのを聞くとやっぱりうれしいですね。
沖縄でブラヤマゲンc0133503_06493638.jpg
 沖縄に行かれた方なら気づかれた方も多いと思いますが、沖縄の岩礁は水面から1.5~2mくらいのところまで大きくえぐれたものが多く見受けられます(写真)。無人島ヨウ島ツアーでお世話してくださった福岡出身のスタッフのおねえさんに聞くと「海水面が上昇した時に削られたものです」と言われ、「え、それって縄文海進(※)の時ですか」と問い返すと「そうですね。よくご存じで」と答えが返ってきました。沖縄で思いがけずブラタモリならぬプチブラヤマゲンを楽しみました。
オオカミ少年は誰も知らない
 もう一つヨウ島ネタ。
 上陸の際「原住民」に扮したスタッフに、♪ワァオ、ワァオ、ワァオ~、ババンババンバンバンババン、ババンババンバンバンババン…の大合唱で迎えられたのですが、当日の参加者も歌っている当のスタッフも、私以外の全員が、それが60年代のテレビアニメオオカミ少年ケンのオープニング曲だとご存じありませんでした。あぁ、悲しきジェネーレーションギャップ…。

※縄文海進…およそ6千年前の縄文時代前期、温暖化が進み地上にあった氷が溶けたため地球的規模で海水面が上昇した現象。


by takeshi_yamagen | 2019-09-10 06:51 | 日本たびたびまた旅日記

朋遠方で知り合い励まされる ―ヤマゲンの沖縄かけある記 番外編①―

 19.9.5
 沖縄の旅2日目(8月19日)は宿泊したホテルムーンビーチを出て周辺に多くある飲食店の一つで食事をとりました(ちなみに同ホテルは客を囲い込もうとせず地元との共存共栄路線をとっているようで、「ムーンビーチのお蔭でなんもなかった恩納村が発展してきた」という声をよく聞きました)。
 そこで隣同士になったダイゴさんとユキさんのカップル、ご夫婦と思いきや那覇の中高時代の同級生で、ユキさん(横浜在住)が戻ってきたことを機に再会したとのこと。まぁプチ同窓会といったところだったようです(ただ「あんた、私に気ぃあったんやろ」「そ、そんなことない」なんて会話が聞こえてきたので、学生時代はまんざらでもなかったようです)。
 さてそのお二人と話が弾んで私が共産党の議員であることをカミングアウトすると、「僕は保守系のオール沖縄派、共産党も好きですね。同窓生集まると政治の話でとても盛り上がるますよ」とダイゴさん、私が「やっぱり基地問題?」とたずねると「それもあるけど、(1977年生まれの)私らの青春時代が就職氷河期だったこともあると思う。みんな、自民党政治のせいってことよく知ってます」とユキさん。うれしいことに「こないだの参院選挙で夫とともにあさかゆかさん(参院神奈川選挙区の共産党候補)入れましたよ。残念でしたね」と続けられました。
 その後ダイゴさんが「共産党は反○○ばかりではだめですよ」とおっしゃり、「別に反対ばかりしてるわけではないのになぁ」と思って聞いているとどうも話が合わない。「反基地、反安倍で他党派と一緒にがんばるのは大賛成なんだけど、もっと共産党の独自性も出してほしい」というのが彼の真意だったようです(ダイゴさん、積極的なご意見ありがとうございます)。
「あぁ、今日は山元さんのお蔭で思いっきり政治の話できてよかったぁ!」(ユキさん)、「僕もです。ありがとうございます」(私)、「またどこかでお会いしましょう」(ダイゴさん)と、再会を約してお店をあとにしました。

by takeshi_yamagen | 2019-09-05 08:48 | 日本たびたびまた旅日記

沖縄の宿題、ぜ~んぶ済ませて夏は終わりました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑥―

c0133503_03094883.jpgc0133503_03105105.jpg 無人島ツアーで疲れた身体を引きずりながら、8月20日のうちに那覇に入り、夜は旧友のN君と再会、一献傾けました。21日(最終日)は先述した普天間基地と不屈館を見学後、レンタカーを返還、空港に到着したのですが、まだ2時間ほど余裕があったので沖縄モノレールを利用して国際通あたりを散策することにしました。
 一番のお目当てはやっぱり那覇市民の台所牧志市場。改装中で仮店舗での営業でしたが、店先に並ぶ色とりどりのお魚(その場で調理してくれます)、ヤドカリの王様ヤシガニ(生きたまま)、豚の顔を剥いだチラガー(笑顔のものほど高価とのこと)、ハブ酒(そのまんま1匹ビンに入ってます)などがずらっと並び、まさに沖縄の香りムンムン!歩き疲れたところで目に入ってきたのが「ハブアタック」なる滋養強壮ドリンク。飲んでみるとヘビの生臭さと強烈な漢方薬臭があいまって効果抜群、みるみる元気になってきた(ように思えました)。
 水族館も見た、世界遺産も訪ねた、戦争も垣間見た、基地も目に焼き付けた、無人島上陸も果たした、青い海にも潜った、念願のホテルにも泊まった、爬虫類とも親しんだ、瀬長亀次郎さんにも会った、なつかしい友とも再会した、新しい友もできた…、沖縄に関するこの21年間ためていた宿題を一気にやり切った4日間の旅を終え21日午後8時すぎ無事帰阪いたしました。 
 選挙の疲れがとれたかどうか、体力的には疑問ですが、精神的には元気溌剌!さぁ、勢いつけて9月議会向けてがんばるとしますか。
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 追伸;今回沖縄旅を決めたのは、2017年の衆院選挙終了後、私が「沖縄1回しか行ったことない。それも観光」と言ったところ、ともに闘った服部良一元衆院議員から「えー、僕は選挙や基地反対闘争で百回は行ってるよ」と叱責?されたのがそもそものきっかけ。これも野党共闘の効果!?

by takeshi_yamagen | 2019-09-03 03:15 | 日本たびたびまた旅日記

少しマイナーなところにもお邪魔しました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑤―

 c0133503_03233537.jpg今回の旅では、小さいけどキラリと光る施設を二つ訪問しました。
 一つ目は8月18日に訪ねた高田爬虫類研究所(沖縄市)です。
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 票が減るかもしれないので?あまりカミングアウトしていなのですが、実はワタクシ、今までワニとカメレオン以外は一通り飼ったことがあるという、結構な爬虫類マ二アなのです(今はなにも飼っていない)。沖縄はハブなど本州と違った固有種の宝庫で行く前から彼地のヘビやトカゲ、カメたちとの対面を密かに期待して結構わくわくしていたのです。
 一般住宅の2階にある研究所で、ハブやキノボリトカゲなどのケージを前に所長の大谷勉先生から沖縄の爬虫類の興味深いお話をたくさん伺いました。先生が強く憤っておられたのは開発と本土業者の密漁で個体数が激減しどの種も危機的な状況にあるという沖縄の現状。「ハブも激減しています。保護運動をしたいくらいなんですが、落選するから政治家は誰も公約に掲げてくれないでしょうね」と苦笑しておられました。「沖縄にはリュウキュウアオヘビみたいに毒のないおとなしいヘビもいますね」と話を振ると「毒をもつ気が荒いヘビしか興味がないんです」との返事が返ってきました。先生、なかなかの猛者です。
c0133503_03274608.jpgc0133503_03281374.jpg もう一つは祖国復帰と反基地闘争にその生涯を捧げた瀬長亀次郎さん(1907~2001 元那覇市長・衆院議員)の記念館「不屈館」(那覇市若狭)。瀬長さんの不屈の生涯が一目でわかるようになっていたのですが、最終日(21日)だったこともあってゆっくり展示物を拝見できませんでした。今度またゆっくり来たいと思います。
 あ、そうそう、ウルトラマンの脚本家金城哲夫さんの資料館に足をのばせなかったことも今回の旅の心残り。これも次回までの宿題にしておきましょう。

追伸;瀬長さんの名前にも爬虫類がおられますね。

by takeshi_yamagen | 2019-09-02 03:33 | 日本たびたびまた旅日記

嘉手納、普天間、そして辺野古を訪ねました。 ―ヤマゲンの沖縄かけある記④―

 全国の米軍基地の7割が集中する沖縄―、その実態を実感するのもこの旅の目的の一つです。嘉手納飛行場(8月19日)は道の駅かでなc0133503_08194403.jpgの最上階より見学。極東最大の米空軍基地、とにかくでかい。右方奥はよく見えません。面積が池田市とほぼ同じというのも頷けます。私たちがいた20分の間にも結構大きな軍用機が3機離着陸し、取材中の新聞社の方が「P3C対潜哨戒機です」と教えてくださいました。ここから朝鮮やベトナムを爆撃しに出ていってたんですね。
 普天間基地(21日)は基地南側の嘉数高所公園から見学。住宅地の真ん中で世界一危険な基地と呼ばれる所以がよくわかりました。よく見ると基地右側(東側)にオスプレイ並んでいました。ちなみにここ嘉数高所は沖縄戦緒戦時(1945年4月)の激戦地、公園には日本軍の壕跡、トーチカ残骸、弾痕の残る壁などが残っています。遠くに青い東シナ海を臨みつつ美しい沖縄には基地も戦争も似合わないと改めて実感した次第。
 辺野古(19日)は近づくことができないので、まず基地予定地北側、大浦湾の奥の道の駅から埋め立て用と思しきクレーンを見学。その後キャンプシュワブ前で抗議行動を続けるみなさんに車中からエールを送った後(車を停めれる雰囲気ではなかった)、辺野古の集落に入り、反対運動の拠点テント村を訪ねました。アポなし訪問だったのにも関わらず村長の安次富浩さんが丁寧に対応してくださりました。眼前の埋め立て現場を指さしながら「埋め立てやって政府はc0133503_08202175.jpg『既成事実』をつくってるけど、大浦側には軟弱地盤もあって基地つくれるはずがない。アメリカ側でも辺野古見直しの声が出始めましたよね。ははは~」と、民意と道理に裏づけられたいたっておおらかなお話を伺いました。安次富さん、ありがとうございました。

by takeshi_yamagen | 2019-09-01 06:55 | 日本たびたびまた旅日記

無人島にて ―ヤマゲンの沖縄かけある記③―

 冒険欲、独占欲、そして好奇心をくすぐるからでしょうか、男はいくつになっても「無人島」という言葉に結構弱い―、てなわけで、旅c0133503_08065297.jpgの3日目(20日)は迷うことなくホテルが主催する無人島一日ピクニックツアーに息子と参加しました。
 ホテルの桟橋を出て点在するリゾートホテルを右手に眺めながら小型船で北上することおよそ10分、ヨウ島と名付けられた5分もあれば一巡できる小さな島に到着です。島内探検、バーベキュー、ハンモックでのお昼寝を楽しんだのですが、お目当てはやはりシュノーケリング。島の岩場に近いところをぷかぷか浮かびながら熱帯魚と戯れました。
 それはそれで楽しかったのですが、浜に戻るときはもうワタクシくたくた。よその子どもたちがどんどん上陸していくのに、私一人フィン(ひれ)を砂にとられ何度もつんのめってコケてしまいました。「体力の衰えは隠せないのかな」と思っていると、この様子を見ていた息子がひとこと「お父さん、えらい楽しんでたな」。息子が言うには他の参加者は子どもも大人も時々顔をあげて休憩してたのに私だけがずっと海中をのぞいていたというのです(私一人疲れ切った原因はそこにあったようです)。 確かに一度海中に目をやると「あの黄色いのチョウチョウオちゃうか」「黒いナマコに、灰色のナマコ見つけた!おいしい赤ナマコはおらんのかなぁ」「おぉ!クマノミのニノちゃんや!」「シャコガイもおるやん。足挟まれたら逃げられへんって『がっけんの科学と学習』に書いてあったな」「ウミガメ来んやろか…」と、まぁ突っ込みどころてんこもc0133503_08090279.jpgc0133503_08081811.jpgりの感動の連続で休む暇などなかったのが真相。ここでもさもしい大阪人気質と旺盛な好奇心に火がついてしまった形です。
 さらに息子は「まわりの参加者小学生とその親ばっかりやで。お父さん、もし一人で参加してたら、かなりの訳あり人生送ってきた危ないおっさんにしか見えへんで」と少々あきれ顔。まぁそうかもしれません。息子君、ついてきてくれてありがとね。

by takeshi_yamagen | 2019-09-01 06:55 | 日本たびたびまた旅日記

大阪人根性と好奇心に火がつきました ―ヤマゲンの沖縄かけある記②―

 旅の2日目の19日、天気は各社とも雨がちの予報を伝えています。実際早朝ザーと降ったのか、部屋のc0133503_07472199.jpgテラスが少々濡れています。そこで息子と相談し、その日参加する予定だったシュノーケリングツアーを翌日に回し、本部半島方面に車で向かうことにしました。
 まず向かったのが美ら海水族館。日中は大混雑するということだったので早め(9時半)に到着したのですが、すでに結構な人出でした。お目当てはやっぱりジンベエザメとナンヨウマンタのコラボが見られる大水槽。その優雅な競泳は期待を裏切らないものでしたね。さて当初「大水槽見たらあとは適当に見て出よう」と思ってたのですが、沖縄の深海、サンゴ礁、マングローブ林、淡水域といった多様な環境に生息する生物が数多く展示されており、解説も結構読ませるもc0133503_07473690.jpgのだったので「こんな変な進化したんか」「絶滅免れてよかったね」と一つ一つに感情移入しながら見入ってしまい、結局半日近く過ごしてしましました(それでも結局ウミガメ館に入れませんでした)。自身に宿るネイティブ大阪人の「モト取らなあかん」気質と旺盛な好奇心に火がついてしまった形です。
 続いて訪れたのが世界文化遺産今帰仁城(なきじんぐすく)。沖縄が三つの政治勢力に分かれていた14世紀にその一つ北山の拠点として築かれたお城です。おもしろいのは沖縄のその三c0133503_07481823.jpg山時代と尚氏による沖縄統一(琉球王朝の成立)がおのおの本土の南北朝~戦国期、天下統一期とほぼ重なること。なにか関連があったのでしょうか(もっとも琉球王朝を最初の統一政権の成立を重視してヤマト政権に比定する方もおられるようです)。いずれにせよ石積みの城壁が尾根筋の地形に沿って築かれている姿は本土ではあまり見られないもの。やっぱり中国の影響?いろいろ考えてしまいました。

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by takeshi_yamagen | 2019-08-28 06:21 | 日本たびたびまた旅日記

ここは屋外か屋内か ーヤマゲンの沖縄かけある記①ー

 実は私、準備も含めれば1年近く続いた二つの選挙(統一地方選・参院選)の疲れを癒すべく沖縄にc0133503_07342562.jpg行って参りました。親子二人の旅の記録にしばらくお付き合いくださいませ。
 8月18日午後3時25分。21年ぶりに沖縄の地に息子と降り立ちました。さっそくレンタカーを借りて本島中部西海岸(東シナ海側)の恩納村にあるホテルムーンビーチに向かいました。
 1975年創立の築後44年のこの老舗ホテル、本土ではなく地元資本で建てられたこと、各種「口コミ」で多くの方が「古いホテルですが…」と書き出しながらもその後に結構高c0133503_07345755.jpgい評価の文言を続けておられること、以前利用した友人が「ええホテルでしたよ」と言っていたことなどから、ずっと注目していて「沖縄に行けば泊まってみよう」と思い続けてきて、今回その思いがやっと実現した形です。 外観こそコンクリートの打ちっぱなしのようであまりパッとしませんが一旦中に足を踏み入れると、そこはまさしく別世界―。個々の客室に囲まれた中央部分が観葉植物で覆われた吹きぬけになっているではないですか。のっけからまさに開放感全開、南国感満載!さらに吹き抜け上部がそのまま空に開いていっc0133503_07351800.jpgているので、終始暖かな南の風と、時としてスコールの細かい水滴が心地よく肌を刺激してくれます。 よく見るとその吹き抜け部の要所々々にベンチが配されており、ゆったりとその心地よさを感じることができます(ちなみに吹き抜け最下部はプールになっています)。ところどころに現代アートが掲げられているのも心憎い限り。ここは屋外か屋内か、沖縄?それともハワイ?(行ったことないけど)今まで経験したことのない異空間に紛れ込んだ困惑に私は浸りこんでいきました。
 1970年代にこれほど革新的なホテルが沖縄に建築されたことは驚き以外のなにものでもありません。c0133503_07360949.jpgいや待てよ、70年代復帰直後の沖縄だからこそできたのかもしれない…、興味と思考は尽きません。

by takeshi_yamagen | 2019-08-27 10:33 | 日本たびたびまた旅日記

長谷寺紀行③ インターナショナルなカメたち

c0133503_22403745.jpg 19.5.3
 なんの変哲もないカメたちが仲良く甲羅干し―、そんな風景に見えますが、これを見て「すごい写真だ」と気づかれたあなたはかなりの爬虫類通、カメラマニアならぬカメマニアとお察しいたします。実はこの写真の左2匹は北米原産のミシシッピーアカミミガメ(ミドリガメ)、右奥は日本古来のイシガメ、右手前が中国原産のクサガメというなんともインターナショナルな絵なのです。このカメたちの平和共存、国際政治も見習ってほしいものですね。長谷寺の池にて。


by takeshi_yamagen | 2019-05-03 22:41 | 日本たびたびまた旅日記

長谷寺紀行② ボタンの花を堪能しました

 19.5.3c0133503_22365376.jpgc0133503_22363438.jpgc0133503_22355583.jpg
 ではなぜ長谷寺を訪ねたのか。結構著名な寺だから一度は行っておこうというミーハーな思いもあったのですが、主目的なずばり満開のボタンを見ることです。長谷寺は関西ではボタンで有名なお寺なのです。
 実はワタクシ、バラ、ウメ、サクラにチューリップ、フジ、ユリ、キクにスミレ、シクラメン、コチョウランと、目にする花は数々あれど最も愛でるお花がボタンなのです。あのダイナミックでゴージャス、それでいて枯れ際がちょっとしとどなくて意外にセクシーな色とりどりのボタンの花―、「今年のボタンはよいボタンだぁ」とかなんとかつぶやきながら一人はしゃいでしまいました。
 実は吹田に住んでいた幼少期、昨年亡くなった父がボタンの苗をもって帰ってきて「春に花咲かそう」と言いながら一緒に庭に植えたのですが、土が合わなかったのか枯らせてしまった苦い経験があります。半世紀以上前の話です。私がボタン好きになったのにはその時の罪滅ぼしの思いがあったのかもしれません。

by takeshi_yamagen | 2019-05-03 22:37 | 日本たびたびまた旅日記

日本共産党 大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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