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カテゴリ:日本たびたびまた旅日記( 96 )

琵琶湖テンプレート、鮒寿司… 山元家で土産もんバトル勃発です メタセコイア並木と信楽の里ツアー③

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 ご婦人方の勢いに押されたわけでは決してないのですが、私としては珍しくコーヒーカップ以外にも土産物を割りとたくさん買ってしまいました。
 小アユ、小エビの佃煮盛り合わせはまぁ定番。続いて文房具系の琵琶湖の魚を表紙にあしらったノート、琵琶湖の形をした付箋はそれなりに実用的。さらに「琵琶湖がすらすら描ける」のキャッチフレーズに乗せられて買ってしまったのが琵琶湖テンプレートです。こればかりは妻から「いつ琵琶湖描くことあんねん!」と突っ込みが入りました。私は「日本一の琵琶湖やし、一生に一度くらいあるかもしれへんで…」と返すのが精一杯。
 さらにその琵琶湖テンプレート以上に山元家で物議を醸したのがあの鮒寿司。好き嫌いが大きく分かれる琵琶湖の特産品ですが、実はワタクシ今まで一度も食したことがなく、「恐いもん食べたさ」も手伝って衝動買いしてしまったというわけです。案の定妻子からは「こんな臭いのいらんわ!」と総スカン。「やっぱりそうか…」と思いながら少量口に運ぶと意外に美味。適度な塩分、酸味、そして生臭さがお口に広がり、酒の肴にぴったりじゃないですか。とにかくワタクシ的にはまったくノープロブレム、結構はまりそうです。




by takeshi_yamagen | 2019-11-28 15:51 | 日本たびたびまた旅日記

滋賀県ほぼ縦断 メタセコイア並木と信楽の里ツアー②


滋賀県ほぼ縦断 メタセコイア並木と信楽の里ツアー②_c0133503_14053683.jpg さて妹子の郷を出てさらに琵琶湖を右に見ながら北上、高島市(旧マキノ町)のメタセコイア並木に到着。観光シーズンで渋滞が激しく下車しての観光はなりませんでしたが、その渋滞のお陰でバスがスピードを出せず、車窓ごしではありますが木漏れび溢れる並木道をゆったり楽しむことができました。
 その後道の駅藤樹の里あどがわ(儒学者中江藤樹にちなむ施設です)で昼食をとり、来た道をひたすら南下。琵琶湖大橋を渡って信楽に入りました。窯業好きの私ですが、信楽は実は初訪問。登り窯も見たかったのですが時間がなく断念し、信楽駅周辺のお店をぶらぶらするに留めました。そのうちの1軒でコーヒーカップを家族分3セット購入したのですが、「地味すぎる」と家族からはまったくの不評。まぁしゃーないか。滋賀県ほぼ縦断 メタセコイア並木と信楽の里ツアー②_c0133503_13573990.jpg

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by takeshi_yamagen | 2019-11-28 13:59 | 日本たびたびまた旅日記

妹子芋はいかが? メタセコイア並木と信楽の里ツアー①

妹子芋はいかが? メタセコイア並木と信楽の里ツアー①_c0133503_07491585.jpg 19.11.27
 23日地域のご婦人の皆さんに招かれ「メタセコイア並木と信楽の里」バスツアーに行ってきました。この日最初のトイレ休憩で立ち寄ったのは湖西にある道の駅妹子の郷です。その名前は同地(大津市小野)が飛鳥時代の遣隋使小野妹子の出身地に由来するもの。「607年 遣隋使 小野妹子」は歴史の授業で習った記憶があると思いますが、この機にすこし調べてみると当時彼は607年の渡航から翌08年帰国。同年再渡航、翌09年帰国と大変慌ただしい日々を過ごしたようです。
 当時の古代政権は天皇家を忖度、ヨイショしながら蘇我、物部、大友、中臣などの奈良盆地の有力豪族たちがことを進める集団指導体制が確立しており、本来ならば近江の豪族が中央で働くことなどありえませんでした。それができたのは家柄、血筋にとらわれず人材を登用した聖徳太子(厩戸王)の大抜擢があったからこそ。聖徳太子がいなければ彼は歴史の表舞台に登場することはなく、もちろんこの道の駅ができることもなかったでしょうね。
 ところで妹子に関しては遣隋使関係以外の経歴はまったく今に残っていません。生没年すら不詳です。3年で2回の長い船旅に耐えたわけで、聡明でタフな文武両道の青年だったと私は想像するのですが(NHKドラマ「聖徳太子」では今田耕司さんが演じてました)、人生の華やかな頃のみを歴史に残してあとはご想像におまかせって、ちょっとミステリアスでかっこええじゃないですか。
 余談ながら妹子の郷といいながら、道の駅の売店内には妹子あやかりグッズはなにもありませんでした。「妹子芋(いもこいも)とか販売したらええのにね」と同僚の藤原みちこ市議と話し合った次第。








by takeshi_yamagen | 2019-11-27 07:50 | 日本たびたびまた旅日記

朋遠方で再会し白球を論ず ―ヤマゲンの沖縄かけある記 番外編②―

 19.9.9
 沖縄の余談、もう1回だけおつきあいを…。
安仁屋宗八はとっても有名人です
 20日の夜前の職場の後輩のN君(本土出身 那覇在住)と県庁近くのお店でおよそ20年ぶりの再会を喜びあいました。
 話題は互いの近況報告に始まって今の職場のこと、そして野球談議へと移っていきました。私が「沖縄は高校野球熱高いって聞くけど…」と話を振ると、N君は「本当です。勝ち進むと仕事が休みになるところも多いですよ。沖縄代表の試合中は家電量販店のテレビ前では人だかりができます。そんな買わない?客に店の人がお茶をふるまう風景もよく見られますよ」と話され、「そうそう、沖縄初のプロ野球選手安仁屋宗八さんは超有名人ですよ」と続けられました。某在阪球団で活躍された方ががんばっておられるのを聞くとやっぱりうれしいですね。
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 沖縄に行かれた方なら気づかれた方も多いと思いますが、沖縄の岩礁は水面から1.5~2mくらいのところまで大きくえぐれたものが多く見受けられます(写真)。無人島ヨウ島ツアーでお世話してくださった福岡出身のスタッフのおねえさんに聞くと「海水面が上昇した時に削られたものです」と言われ、「え、それって縄文海進(※)の時ですか」と問い返すと「そうですね。よくご存じで」と答えが返ってきました。沖縄で思いがけずブラタモリならぬプチブラヤマゲンを楽しみました。
オオカミ少年は誰も知らない
 もう一つヨウ島ネタ。
 上陸の際「原住民」に扮したスタッフに、♪ワァオ、ワァオ、ワァオ~、ババンババンバンバンババン、ババンババンバンバンババン…の大合唱で迎えられたのですが、当日の参加者も歌っている当のスタッフも、私以外の全員が、それが60年代のテレビアニメオオカミ少年ケンのオープニング曲だとご存じありませんでした。あぁ、悲しきジェネーレーションギャップ…。

※縄文海進…およそ6千年前の縄文時代前期、温暖化が進み地上にあった氷が溶けたため地球的規模で海水面が上昇した現象。


by takeshi_yamagen | 2019-09-10 06:51 | 日本たびたびまた旅日記

朋遠方で知り合い励まされる ―ヤマゲンの沖縄かけある記 番外編①―

 19.9.5
 沖縄の旅2日目(8月19日)は宿泊したホテルムーンビーチを出て周辺に多くある飲食店の一つで食事をとりました(ちなみに同ホテルは客を囲い込もうとせず地元との共存共栄路線をとっているようで、「ムーンビーチのお蔭でなんもなかった恩納村が発展してきた」という声をよく聞きました)。
 そこで隣同士になったダイゴさんとユキさんのカップル、ご夫婦と思いきや那覇の中高時代の同級生で、ユキさん(横浜在住)が戻ってきたことを機に再会したとのこと。まぁプチ同窓会といったところだったようです(ただ「あんた、私に気ぃあったんやろ」「そ、そんなことない」なんて会話が聞こえてきたので、学生時代はまんざらでもなかったようです)。
 さてそのお二人と話が弾んで私が共産党の議員であることをカミングアウトすると、「僕は保守系のオール沖縄派、共産党も好きですね。同窓生集まると政治の話でとても盛り上がるますよ」とダイゴさん、私が「やっぱり基地問題?」とたずねると「それもあるけど、(1977年生まれの)私らの青春時代が就職氷河期だったこともあると思う。みんな、自民党政治のせいってことよく知ってます」とユキさん。うれしいことに「こないだの参院選挙で夫とともにあさかゆかさん(参院神奈川選挙区の共産党候補)入れましたよ。残念でしたね」と続けられました。
 その後ダイゴさんが「共産党は反○○ばかりではだめですよ」とおっしゃり、「別に反対ばかりしてるわけではないのになぁ」と思って聞いているとどうも話が合わない。「反基地、反安倍で他党派と一緒にがんばるのは大賛成なんだけど、もっと共産党の独自性も出してほしい」というのが彼の真意だったようです(ダイゴさん、積極的なご意見ありがとうございます)。
「あぁ、今日は山元さんのお蔭で思いっきり政治の話できてよかったぁ!」(ユキさん)、「僕もです。ありがとうございます」(私)、「またどこかでお会いしましょう」(ダイゴさん)と、再会を約してお店をあとにしました。

by takeshi_yamagen | 2019-09-05 08:48 | 日本たびたびまた旅日記

沖縄の宿題、ぜ~んぶ済ませて夏は終わりました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑥―

沖縄の宿題、ぜ~んぶ済ませて夏は終わりました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑥―_c0133503_03094883.jpg沖縄の宿題、ぜ~んぶ済ませて夏は終わりました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑥―_c0133503_03105105.jpg 無人島ツアーで疲れた身体を引きずりながら、8月20日のうちに那覇に入り、夜は旧友のN君と再会、一献傾けました。21日(最終日)は先述した普天間基地と不屈館を見学後、レンタカーを返還、空港に到着したのですが、まだ2時間ほど余裕があったので沖縄モノレールを利用して国際通あたりを散策することにしました。
 一番のお目当てはやっぱり那覇市民の台所牧志市場。改装中で仮店舗での営業でしたが、店先に並ぶ色とりどりのお魚(その場で調理してくれます)、ヤドカリの王様ヤシガニ(生きたまま)、豚の顔を剥いだチラガー(笑顔のものほど高価とのこと)、ハブ酒(そのまんま1匹ビンに入ってます)などがずらっと並び、まさに沖縄の香りムンムン!歩き疲れたところで目に入ってきたのが「ハブアタック」なる滋養強壮ドリンク。飲んでみるとヘビの生臭さと強烈な漢方薬臭があいまって効果抜群、みるみる元気になってきた(ように思えました)。
 水族館も見た、世界遺産も訪ねた、戦争も垣間見た、基地も目に焼き付けた、無人島上陸も果たした、青い海にも潜った、念願のホテルにも泊まった、爬虫類とも親しんだ、瀬長亀次郎さんにも会った、なつかしい友とも再会した、新しい友もできた…、沖縄に関するこの21年間ためていた宿題を一気にやり切った4日間の旅を終え21日午後8時すぎ無事帰阪いたしました。 
 選挙の疲れがとれたかどうか、体力的には疑問ですが、精神的には元気溌剌!さぁ、勢いつけて9月議会向けてがんばるとしますか。
沖縄の宿題、ぜ~んぶ済ませて夏は終わりました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑥―_c0133503_03115832.jpg沖縄の宿題、ぜ~んぶ済ませて夏は終わりました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑥―_c0133503_03122656.jpg

 追伸;今回沖縄旅を決めたのは、2017年の衆院選挙終了後、私が「沖縄1回しか行ったことない。それも観光」と言ったところ、ともに闘った服部良一元衆院議員から「えー、僕は選挙や基地反対闘争で百回は行ってるよ」と叱責?されたのがそもそものきっかけ。これも野党共闘の効果!?

by takeshi_yamagen | 2019-09-03 03:15 | 日本たびたびまた旅日記

少しマイナーなところにもお邪魔しました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑤―

 少しマイナーなところにもお邪魔しました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑤―_c0133503_03233537.jpg今回の旅では、小さいけどキラリと光る施設を二つ訪問しました。
 一つ目は8月18日に訪ねた高田爬虫類研究所(沖縄市)です。
少しマイナーなところにもお邪魔しました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑤―_c0133503_03264509.jpg
 票が減るかもしれないので?あまりカミングアウトしていなのですが、実はワタクシ、今までワニとカメレオン以外は一通り飼ったことがあるという、結構な爬虫類マ二アなのです(今はなにも飼っていない)。沖縄はハブなど本州と違った固有種の宝庫で行く前から彼地のヘビやトカゲ、カメたちとの対面を密かに期待して結構わくわくしていたのです。
 一般住宅の2階にある研究所で、ハブやキノボリトカゲなどのケージを前に所長の大谷勉先生から沖縄の爬虫類の興味深いお話をたくさん伺いました。先生が強く憤っておられたのは開発と本土業者の密漁で個体数が激減しどの種も危機的な状況にあるという沖縄の現状。「ハブも激減しています。保護運動をしたいくらいなんですが、落選するから政治家は誰も公約に掲げてくれないでしょうね」と苦笑しておられました。「沖縄にはリュウキュウアオヘビみたいに毒のないおとなしいヘビもいますね」と話を振ると「毒をもつ気が荒いヘビしか興味がないんです」との返事が返ってきました。先生、なかなかの猛者です。
少しマイナーなところにもお邪魔しました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑤―_c0133503_03274608.jpg少しマイナーなところにもお邪魔しました ―ヤマゲンの沖縄かけある記⑤―_c0133503_03281374.jpg もう一つは祖国復帰と反基地闘争にその生涯を捧げた瀬長亀次郎さん(1907~2001 元那覇市長・衆院議員)の記念館「不屈館」(那覇市若狭)。瀬長さんの不屈の生涯が一目でわかるようになっていたのですが、最終日(21日)だったこともあってゆっくり展示物を拝見できませんでした。今度またゆっくり来たいと思います。
 あ、そうそう、ウルトラマンの脚本家金城哲夫さんの資料館に足をのばせなかったことも今回の旅の心残り。これも次回までの宿題にしておきましょう。

追伸;瀬長さんの名前にも爬虫類がおられますね。

by takeshi_yamagen | 2019-09-02 03:33 | 日本たびたびまた旅日記

嘉手納、普天間、そして辺野古を訪ねました。 ―ヤマゲンの沖縄かけある記④―

 全国の米軍基地の7割が集中する沖縄―、その実態を実感するのもこの旅の目的の一つです。嘉手納飛行場(8月19日)は道の駅かでな嘉手納、普天間、そして辺野古を訪ねました。 ―ヤマゲンの沖縄かけある記④―_c0133503_08194403.jpgの最上階より見学。極東最大の米空軍基地、とにかくでかい。右方奥はよく見えません。面積が池田市とほぼ同じというのも頷けます。私たちがいた20分の間にも結構大きな軍用機が3機離着陸し、取材中の新聞社の方が「P3C対潜哨戒機です」と教えてくださいました。ここから朝鮮やベトナムを爆撃しに出ていってたんですね。
 普天間基地(21日)は基地南側の嘉数高所公園から見学。住宅地の真ん中で世界一危険な基地と呼ばれる所以がよくわかりました。よく見ると基地右側(東側)にオスプレイ並んでいました。ちなみにここ嘉数高所は沖縄戦緒戦時(1945年4月)の激戦地、公園には日本軍の壕跡、トーチカ残骸、弾痕の残る壁などが残っています。遠くに青い東シナ海を臨みつつ美しい沖縄には基地も戦争も似合わないと改めて実感した次第。
 辺野古(19日)は近づくことができないので、まず基地予定地北側、大浦湾の奥の道の駅から埋め立て用と思しきクレーンを見学。その後キャンプシュワブ前で抗議行動を続けるみなさんに車中からエールを送った後(車を停めれる雰囲気ではなかった)、辺野古の集落に入り、反対運動の拠点テント村を訪ねました。アポなし訪問だったのにも関わらず村長の安次富浩さんが丁寧に対応してくださりました。眼前の埋め立て現場を指さしながら「埋め立てやって政府は嘉手納、普天間、そして辺野古を訪ねました。 ―ヤマゲンの沖縄かけある記④―_c0133503_08202175.jpg『既成事実』をつくってるけど、大浦側には軟弱地盤もあって基地つくれるはずがない。アメリカ側でも辺野古見直しの声が出始めましたよね。ははは~」と、民意と道理に裏づけられたいたっておおらかなお話を伺いました。安次富さん、ありがとうございました。

by takeshi_yamagen | 2019-09-01 06:55 | 日本たびたびまた旅日記

無人島にて ―ヤマゲンの沖縄かけある記③―

 冒険欲、独占欲、そして好奇心をくすぐるからでしょうか、男はいくつになっても「無人島」という言葉に結構弱い―、てなわけで、旅無人島にて ―ヤマゲンの沖縄かけある記③―_c0133503_08065297.jpgの3日目(20日)は迷うことなくホテルが主催する無人島一日ピクニックツアーに息子と参加しました。
 ホテルの桟橋を出て点在するリゾートホテルを右手に眺めながら小型船で北上することおよそ10分、ヨウ島と名付けられた5分もあれば一巡できる小さな島に到着です。島内探検、バーベキュー、ハンモックでのお昼寝を楽しんだのですが、お目当てはやはりシュノーケリング。島の岩場に近いところをぷかぷか浮かびながら熱帯魚と戯れました。
 それはそれで楽しかったのですが、浜に戻るときはもうワタクシくたくた。よその子どもたちがどんどん上陸していくのに、私一人フィン(ひれ)を砂にとられ何度もつんのめってコケてしまいました。「体力の衰えは隠せないのかな」と思っていると、この様子を見ていた息子がひとこと「お父さん、えらい楽しんでたな」。息子が言うには他の参加者は子どもも大人も時々顔をあげて休憩してたのに私だけがずっと海中をのぞいていたというのです(私一人疲れ切った原因はそこにあったようです)。 確かに一度海中に目をやると「あの黄色いのチョウチョウオちゃうか」「黒いナマコに、灰色のナマコ見つけた!おいしい赤ナマコはおらんのかなぁ」「おぉ!クマノミのニノちゃんや!」「シャコガイもおるやん。足挟まれたら逃げられへんって『がっけんの科学と学習』に書いてあったな」「ウミガメ来んやろか…」と、まぁ突っ込みどころてんこも無人島にて ―ヤマゲンの沖縄かけある記③―_c0133503_08090279.jpg無人島にて ―ヤマゲンの沖縄かけある記③―_c0133503_08081811.jpgりの感動の連続で休む暇などなかったのが真相。ここでもさもしい大阪人気質と旺盛な好奇心に火がついてしまった形です。
 さらに息子は「まわりの参加者小学生とその親ばっかりやで。お父さん、もし一人で参加してたら、かなりの訳あり人生送ってきた危ないおっさんにしか見えへんで」と少々あきれ顔。まぁそうかもしれません。息子君、ついてきてくれてありがとね。

by takeshi_yamagen | 2019-09-01 06:55 | 日本たびたびまた旅日記

大阪人根性と好奇心に火がつきました ―ヤマゲンの沖縄かけある記②―

 旅の2日目の19日、天気は各社とも雨がちの予報を伝えています。実際早朝ザーと降ったのか、部屋の大阪人根性と好奇心に火がつきました ―ヤマゲンの沖縄かけある記②―_c0133503_07472199.jpgテラスが少々濡れています。そこで息子と相談し、その日参加する予定だったシュノーケリングツアーを翌日に回し、本部半島方面に車で向かうことにしました。
 まず向かったのが美ら海水族館。日中は大混雑するということだったので早め(9時半)に到着したのですが、すでに結構な人出でした。お目当てはやっぱりジンベエザメとナンヨウマンタのコラボが見られる大水槽。その優雅な競泳は期待を裏切らないものでしたね。さて当初「大水槽見たらあとは適当に見て出よう」と思ってたのですが、沖縄の深海、サンゴ礁、マングローブ林、淡水域といった多様な環境に生息する生物が数多く展示されており、解説も結構読ませるも大阪人根性と好奇心に火がつきました ―ヤマゲンの沖縄かけある記②―_c0133503_07473690.jpgのだったので「こんな変な進化したんか」「絶滅免れてよかったね」と一つ一つに感情移入しながら見入ってしまい、結局半日近く過ごしてしましました(それでも結局ウミガメ館に入れませんでした)。自身に宿るネイティブ大阪人の「モト取らなあかん」気質と旺盛な好奇心に火がついてしまった形です。
 続いて訪れたのが世界文化遺産今帰仁城(なきじんぐすく)。沖縄が三つの政治勢力に分かれていた14世紀にその一つ北山の拠点として築かれたお城です。おもしろいのは沖縄のその三大阪人根性と好奇心に火がつきました ―ヤマゲンの沖縄かけある記②―_c0133503_07481823.jpg山時代と尚氏による沖縄統一(琉球王朝の成立)がおのおの本土の南北朝~戦国期、天下統一期とほぼ重なること。なにか関連があったのでしょうか(もっとも琉球王朝を最初の統一政権の成立を重視してヤマト政権に比定する方もおられるようです)。いずれにせよ石積みの城壁が尾根筋の地形に沿って築かれている姿は本土ではあまり見られないもの。やっぱり中国の影響?いろいろ考えてしまいました。

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by takeshi_yamagen | 2019-08-28 06:21 | 日本たびたびまた旅日記

日本共産党 大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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