カテゴリ:歴 史 夜 話( 46 )

今年もNHKスペシャルは見ごたえがありました

 18.8.19
 73回目の終戦記念日を前後して奮闘しているのがNHKスペシャルです。
 15日は「ノモンハンの真実」。
 モンゴルと満州の国境線を挟んで対峙する日ソ両軍。ついに東京の参謀本部も知らないうちに関東軍と現地軍は国境線をめぐって事実上戦争状態に突入しました。状況分析の甘さもあって日本の敗北で終わったこの戦闘で驚いたことは、関係者が上へ下へと責任を転嫁し、誰も責任をとろうとしなかったことです。
 無責任体制、甘い状況分析、精神論の跋扈はそのまま温存されて太平洋戦争に引き継がれ、戦闘がずるずる続く中空襲その他で親を亡くしたたくさんの孤児が生まれました。そんな戦災孤児を追ったのが12日の「戦争孤児の闘い」です。「大人たちの始めた戦争で親を失いずっと『駅の子』と蔑まれてきました。一体僕たちになにの責任があったというのか!欲しかったのは人のぬくもりでした」という元孤児の叫びが胸に刺さりました。終戦直後府内泉南郡の疎開先のお寺に最後まで父母が迎えに来ず、母が「親は空襲で死んでしまったんだ」と一旦は孤児として生きる決意をしたと話していたのを思い出しました(幸い母の場合はその後祖父母が迎えに現れました)。母にとって、ひいては私にとっても「駅の子」は他人事ではなかったのです。
 13日の「船乗りたちの戦争」も見ごたえがありました。
 民間の船が物資輸送に徴用されていたことは知っていましたが、その中に小さな漁船(写真を見る限り「奈良時代の遣唐使船以下だ」と思ってしまうくらい粗末なものです)まで含まれており、それに乗り込んでいた徴兵年齢前の今でいう高校生くらいの子たちがそのまま南方で戦闘に駆り出されて命を落としていたことを初めて知りました。
 毎年戦争の悲惨な現実をこつこつ発掘してくれるNHKスペシャルのスタッフには本当に頭が下がります。
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by takeshi_yamagen | 2018-08-19 20:42 | 歴 史 夜 話

米騒動百年

 18.7.22
 農村から都市への人口流入や、シベリア出兵を見越した米の買い占め、売り惜しみで米価が高騰する中、ちょうど百年前の1918(大正7)年7月22日夜、富山県下新川郡魚津町の漁民の妻等が相談し、米が高くなるのは米を県外へ移出するためだと考え、翌23日午前8時すぎ、米の積出し中止を求めて46名が海岸に集結しました。同様の米放出を求める動きはその後約50日間で1道3府37県の計369か所に広がり、参加者の規模は数百万人を数え、その鎮圧に出動した軍隊は10万人にのぼったとのこと。世に言う米騒動です(その発端等については諸説有り)。
 米騒動は自然発生的な運動であったことから鎮圧されましたが、その教訓を踏まえてこれ以降全国水平社など大衆運動の組織化が進み、現状変革を求める国民的な運動が広がる中で日本共産党が創立されるのです(1922年)。
 ちなみにこの米騒動の責任をとって辞職した寺内正毅首相は安倍首相と同じ山口県出身です。
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by takeshi_yamagen | 2018-07-22 21:09 | 歴 史 夜 話

祝!平清盛生誕900年

 18.1.18
 昨日17日は山口モモエちゃんの59歳のお誕生日。翌本日1月18日はおなじくファンだった池上季実子さん(59歳)と藤原美知子池田市議(?歳)の生まれた日です。そしてもう一人、あの平清盛が本日生誕900年を迎えます。こうやってみると、誕生日どおり一か八かの人生を送ってこられた方ばかりですね。ちなみに清盛は西暦1118年生まれ、1181年没とやはり一と八揃い。ついでにいうとかのマルクス先生は1818年生まれ、やっぱり一か八かです。日本史・世界史で受験されるみなさん、これ知ってて損はありませんよ!

 追伸;池上季実子さんのお誕生日は1月16日でした。お詫びして訂正いたします。ご指摘くださったDさん、ありがとうございました。



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by takeshi_yamagen | 2018-01-18 07:26 | 歴 史 夜 話

人道への罪の底深い泥沼に戦慄する ―NHK戦後72年特集番組をみて―

 17.9.2
 水を抜いて干上がった池の底を恐る恐る沖へ沖へと歩き出し、もう大丈夫かなと思った瞬間泥の中に足が突然落ち込み抜けなくなってしまう―、NHKスペシャルをはじめとした一連のNHK戦後72年特集番組(※)をみた私の脳裏に、幼い日のそんな恐ろしい記憶が蘇ってきていました。
 これらの番組の大きな特徴は、およそ人間の社会にあってはならない、人間であるかぎり絶対におこしてはならない、そんな人道への冒涜が、為政者によって始められた戦争の現場のあちこちで実際に起こっていたことを、当事者自らが赤裸々に語っていることです。731部隊の凄惨な人体実験・証拠隠滅の捕虜皆殺しに関わった軍医、インパール作戦の死肉食を体験した兵士、ソ連軍への接待に差し出された満蒙開拓団の女性等々…。
 いかに今までの戦争に関する知識が表面的で不安定なものであったか―、打ちのめされた思いです。
 戦争の勝敗がどうなろうとも人道への罪は消えないこと、戦後日本の為政者が人道の罪に責任をとろうとしないどころか向き合おうとすらしないこと、そしてなによりも現政権が再び戦争への道を進みつつあること―、そんな時代の空気が「再び戦争させないために話しておかなければ」と決意させ、高齢の彼らをしてその重い口を開かしめたのではないでしょうか。
 3万人の死者を出し太平洋戦争で最も無謀と言われるインパール作戦に参加した斎藤光圀元少尉が「日本の軍隊の上層部はくやしいけれど、兵隊の命なんてその程度にしか思っていないのですよ。(司令部で)その裏側を見てしまったのは辛いです」と号泣したのが印象的でした。
 為政者によっておこされたあの戦争の、人道に対する罪の泥沼はどこまでも黒く、深く、私たちにまとわりついてきます。

※8月 5日ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」
    6日NHKスペシャル「原爆死 ヒロシマ72年目の真実」
    12日NHKスペシャル「本土空襲 全記録」
    13日NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」
    14日NHKスペシャル「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」
    15日NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」
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by takeshi_yamagen | 2017-09-02 15:03 | 歴 史 夜 話

電話線の此方と彼方で ―72回目のヒロシマの日を前に―

 17.8.3
 小学校3、4年の頃だったでしょうか、理科の授業で糸電話の実習がありました。紙コップを受話器に見立てその底部に糸をくくりつけただけの簡単なつくりだったのですが、何十米も離れた友達の声が意外の大きくはっきり聞こえたことが記憶に残っています。ベルさんがそんな紙コップからヒントを得て電話を発明したか否かは知りませんが、遠く離れた人の声が1本の線を通じて聞こえてくるというのは、改めて考えてみると不思議なことです。
 さて原爆炸裂直後に自らも被爆しながらも福山にあった歩兵第41連隊に「広島全滅」の第1報を送った岡(旧姓・大倉)ヨシエさん(当時14歳)が今年5月19日に悪性リンパ腫で亡くなられました。当初福山側は岡さんの「広島が全滅しました」の意味がピンとこず非常に戸惑ったとのこと。無理もありません。あの日福山は一応平穏な夏の朝を迎えていたのですから…。
 また母校北豊島小学校のある先輩のお母様が、あの瞬間偶然広島の電話交換手と通話中で「熱い…」の一言を最後に通信が途絶えたという壮絶な体験をお持ちであることを最近知りました。
 電話の細い線で繋がっている此方と彼方で全く異なる運命が展開することの恐ろしさ…、糸も線もない携帯電話が普及した昨今ですが、あの日の広島と繋がる心の糸を研ぎ澄まし、後世にいく筋もの糸を投げかけていくことが、ヒロシマのある国に生きる人間に課せられた責務ではないだろうか―、改めて思っているところです。
 まもなく広島は72回目のあの朝を迎えます。
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by takeshi_yamagen | 2017-08-03 20:08 | 歴 史 夜 話

やはり大阪人の血が騒いだのでしょうか -大河ドラマ「真田丸」終了にあたって-

 16.12.22 
 祖母が幸村ゆかりの玉造に住んでいたにも関わらず、義父がこれまた幸村ゆかりの九度山出身にも関わらず、さらに言うならば、自身が大学で日本史を学んでいたのにも関わらず、戦国時代にやや関心が薄いこともあって、真田氏に対してもこれといった興味を持たないで生きてきました。
 てなわけで、今年の大河ドラマ「真田丸」も、「まぁ大阪人やし一応見とこか」というぐらいの一種の義務感で見始めたというのが正直なところ。ところがどっこい登場人物のキャラが思った以上に立っていたこともあって、途中で飽きてしまうことの多い「戦国ネタ大河」を最後まで見てしまいました。最終回の家康がおろおろ逃げ回るシーンを痛快に思ったとことから見ると、普段は自覚することのないアンチ徳川の大阪人DNAがそれなりに覚醒したのかもしれません。
 来年の大河の時代は再び戦国、最終的に徳川の譜代大名となった井伊家のお話とのこと。う~ん、最後まで見続けられるでしょうか。
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by takeshi_yamagen | 2016-12-22 09:48 | 歴 史 夜 話

池田茶臼山古墳の現地説明会にお越し下さい

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 あす24日(土)午後1時から池田茶臼山古墳の発掘調査の現地説明会が開催されます。
 関西大学と市教委が行った今回の調査で全長が57mであることが判明。今まで62mの前方後円墳と見られていたので少し小さかったことになります。また前方部が開かない「柄鏡型」であったこともわかり、長尾山古墳(宝塚市)、大石塚・小石塚古墳(豊中市)など周辺の他の前期(4世紀)古墳との詳細な比較が可能となりました。明日の説明会では墳丘に置かれた葺石(ふきいし)や埴輪片が公開されるとのことです。
 この茶臼山古墳は1958年の最初の調査後、市民の運動で五月丘団地内に公園として残されたのですが、近年土砂の流出が続き、私も市議会等で繰り返しその保存整備を要求してきました(14/10/21他ブログ参照。写真は後円部墳頂。本来盛土内にある竪穴式石室の天井石が露出しています)。
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by takeshi_yamagen | 2016-09-23 11:31 | 歴 史 夜 話

弥生時代へ奈良時代へ、時空を超えてプチ旅行してきました ―高槻市安満遺跡・枚方市禁野本町1号窯―

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 先日久しぶりに発掘された遺跡を見学する現地説明会に参加しました。行先は阪急高槻市駅の東側に広がる安満(あま)遺跡。実はこの遺跡、戦前から弥生時代初期から続く環濠集落として有名だったのですが、今回広範囲な調査で弥生時代前期(紀元前3世紀頃)の水田(写真上)や溝、墓地(~中期)が確認されたことで、コメ作りが始まった頃のムラを具体的にイメージできるようになりました。ちょっとした感動でしたね。
 続いて昨日、私の前の職場(大阪府文化財センター)が掘っている枚方市禁野本町1号窯を見学しに行きました(写真下)。説明してくれた元同僚のO君によると奈良時代(8世紀)の瓦窯だとのこと。後世に破壊されて焼成部(瓦を実際に置いて焼くところ)が幅1m、長さ1.5mの範囲で残っていただけだったですが、二人で「煙出しがc0133503_11524319.jpgc0133503_11534949.jpgあるからここが奥壁やで」「窯にしては底が柔らかい(普通窯の底部は高熱で焼かれカチンカチンなのです)」「いや、それは焼成回数が少なかったからちゃうか」なんて言いながら理解を深めていきました。わずかな時間でしたが楽しかったです。O君ありがとう。
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by takeshi_yamagen | 2015-07-31 08:14 | 歴 史 夜 話

久々にオカマの血が騒ぎました ―飛鳥・檜隈瓦窯を訪ねて―

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 先日前の職場の同僚のO君から「飛鳥で窯掘ってまっせ。見に行きませんか」との電話がありました。聞けば飛鳥南部にある蘇我氏や渡来人系氏族と関係が深い檜隈(ひのくま)寺で瓦窯が発見されたとのこと。なんとか時間をつくって久々に飛鳥まで足を運びました。
 現地は寺の隣接地の舗装道路わき、調査を担当されている奈良文化財研究所のNさんによると今回立会調査(開発前に埋蔵文化財の有無を確認する調査)で初めて窯の存在が知られたとのことでした。
 窯は所謂ロストル式、時期は焼成時の瓦が出土していないので決めてに欠くが奈良時代の後半(8世紀後半)の可能性が高いとのこと。7世紀前半と推定されるの檜隈寺創建時のものではないようです。しかしこれで同寺が100年以上存続していた可能性が高いことが判明したわけで、それはそれで意味があります。
 久々にオカマ(窯の研究者)の血が騒いだ一日でした。

 本日午後5時より集団的自衛権容認に反対する緊急宣伝行動が行なわれます(9条の会池田主催)。ぜひともご参加ください。
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by takeshi_yamagen | 2014-06-19 04:44 | 歴 史 夜 話

池田郷土史学会が14日に百周年を迎えられます

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 12日午後は池田年金者組合の新年会でごあいさつをした後、池田歴史郷土史学会の1月例会に伺いました。今回は奈良大学教授坂井秀弥さんの講演、題して「纏向遺跡と大和政権の成立」。
 近年のヤマト政権発祥の地にある奈良県桜井市纏向遺跡の40年以上にわたる発掘調査の成果を近年の考古学上の知見を交えながらわかりやすく話していただき、特にかつて4世紀初め頃と考えられていた古墳の発生が最近半世紀ほど遡り3世紀の邪馬台国、卑弥呼の時代に限りなく近づいてきていること、したがって纏向遺跡内にある最古の前方後円墳箸墓古墳が卑弥呼の墓であると考える研究者も増えていることとのくだりは実に刺激的でした。
 ところでその池田市郷土史学会、私は会員ではなくその催しには今回を含めて二三回しか参加したことがないのですが、14日(つまり明日)なんと百周年を迎えられるとのこと。継続は力と言いますが、1世紀にわたってこつこつと研究を重ねてこられた先人関係者の皆さんのご努力には本当に頭が下がる思いです。
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by takeshi_yamagen | 2014-01-13 22:57 | 歴 史 夜 話