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カテゴリ:歴 史 夜 話( 50 )

歴バナでおおいに盛り上がりました ―池田郷土史学会1月例会に参加して―

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 先日私は百年以上の歴史のある池田郷土史学会にお誘いを受け入会、さっそく昨日その1月例会にお邪魔しました。今回は山口大学人文学部教授田中晋作さんの「百舌鳥・古市古墳群の世界遺産の意義と北摂」と題する講演です。日本のみならず韓国の最新の発掘や研究の成果を駆使した、主に5世紀(百舌鳥・古市古墳群の時代)の畿内政権の構造、そして猪名川流域の古墳群との関係を具体的に浮かび上がらせるお話は実に刺激的!2時間があっと言う間に過ぎてしまいました(写真)。
 ところで田中先生、私が大学に入った時大学院生でいらした大先輩。池田の歴史民俗資料館の館長でもいらした方で、かれこれ40年お付き合いさせていただいています。講演後「去年の市議選よかったな」と声をかけてくださいました。うれしい限りです。
 その後の池田市郷土史学会の新年会にも参加。がんがら火(無形文化財)の研究をされているN岡さん、古墳大好きのN口さん、縄文時代研究者のO下さん、転勤の赴任先13ヵ所の郷土史会に籍を置いてきたという猛者H川さんなどと、歴史好きが集まるとこんなに話が弾むものかと驚かされる、実に楽しい時間を過ごさせていただきました。
 池田郷土史学会のみなさん、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします(14/1/13当ブログ参照)。 


by takeshi_yamagen | 2020-01-13 07:31 | 歴 史 夜 話

戦争の事実、隠しても隠しても… ―初代宮内庁長官の手記に接してー

戦争の事実、隠しても隠しても… ―初代宮内庁長官の手記に接してー_c0133503_15073456.jpg
 19.8.25
 初代宮内庁長官を務めた故田島道治氏が昭和天皇との詳細なやりとりを記録した資料が公開されました。日本の独立回復を祝う一九五二年五月の式典で、昭和天皇が戦争への後悔と反省を表明しようとしていたとのこと。天皇も戦争責任を感じていたことを伺え、興味深いものです。
 また昭和天皇は南京事件にも「ひどい事が行ハれてる」と聞いたとした上で「此事を注意もしなかつた」と悔やんだとの記載があります。「南京虐殺」はなかったと一部の右派の人々は主張しますが、虐殺の事実はちゃんと天皇の耳にも届いていたとが明らかになったわけです。「従軍慰安婦に軍が関与していなかった」という主張がほかならぬ軍幹部だった中曽根康弘元首相の雑誌上での告白ででたらめだったことが明らかになったことがありましたが、事実は、意外に権力の中枢に近いところからポッと明らかになるもんなんですね。



by takeshi_yamagen | 2019-08-25 08:17 | 歴 史 夜 話

前方後円墳は堺だけではありません ―池田茶臼山古墳の整備―

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前方後円墳は堺だけではありません ―池田茶臼山古墳の整備―_c0133503_12034373.jpg
 19.8.6
 五月丘1丁目の池田茶臼山古墳(4世紀の前方後円墳 大阪府史跡)が「いけだ市議会だより」8月1日号の表紙を飾っています。
 今から62年前、五月丘団地造成でつぶされそうになったこの古墳、市民のみなさんの保存運動で公園として残されることになったのはよかったのですが、近年墳丘の土が雨が降るたびに流出するなど第二の消滅の危機を迎えていました。
 保存対策を求める声があがる中、再調査後、昨年盛土を施して古墳築造時に近い姿に復元されました。後円部頂からの眺望も抜群です。私も市議会その他でその保存・整備を何度も訴えてきただけにうれしい限り(ちょっとだけ宣伝!?)。百舌鳥・古市古墳群の世界文化遺産決定でなにかと話題の前方後円墳ですが、堺や藤井寺や羽曳野に行かなくてもこの池田のまちでも目にすることができるのです。美しくなった茶臼山古墳にぜひ一度足をお運びください。



by takeshi_yamagen | 2019-08-06 12:04 | 歴 史 夜 話

二子塚、茶臼山、そして善海古墳―、市内の古墳の整備が続きます

二子塚、茶臼山、そして善海古墳―、市内の古墳の整備が続きます_c0133503_13204366.jpg 19.3.23
 井口堂の阪急バス車庫をまっすぐ北に上がるとこんもりとした森が見えてきます。古墳時代後期(6世紀前半)の二子塚古墳です。墳頂部にお稲荷さんがあるので地元では稲荷山と呼ばれることの方が多いようです。この西摂地方最後の前方後円墳として、学術的にも貴重な二子塚古墳、一時売却破壊の話を出て心配したこともありましたが2009年に市が購入し、来年度(2019年度)、調査整備費がつくことになりました。
 また五月丘団地内に残る池田茶臼山古墳(4世紀の竪穴式石室を有する前方後円墳)も土砂の流出がひどく抜本的な対策が求められていましたが、2016年に再調査が行われた後、昨年再整備されました。この茶臼山古墳も1950年代の団地造成時に破壊されそうになったのを市民のみなさんが声をあげて保存が決定した歴史があります。
 さらに一時動物霊園造築で消滅が懸念された善海古墳群(畑3丁目 6世紀末の横穴式石室を有する円墳)も周辺を市が買い取り保存され、これも保存することができました(2009年)。
 私は、議員在職時文化財とりわけ地域の貴重な緑でもある古墳の保存・整備を何度か議会で取り上げてきましたが、今その努力が実を結びつつあるようで、こんなにうれしいことはありません。


by takeshi_yamagen | 2019-03-23 21:09 | 歴 史 夜 話

今年もNHKスペシャルは見ごたえがありました

 18.8.19
 73回目の終戦記念日を前後して奮闘しているのがNHKスペシャルです。
 15日は「ノモンハンの真実」。
 モンゴルと満州の国境線を挟んで対峙する日ソ両軍。ついに東京の参謀本部も知らないうちに関東軍と現地軍は国境線をめぐって事実上戦争状態に突入しました。状況分析の甘さもあって日本の敗北で終わったこの戦闘で驚いたことは、関係者が上へ下へと責任を転嫁し、誰も責任をとろうとしなかったことです。
 無責任体制、甘い状況分析、精神論の跋扈はそのまま温存されて太平洋戦争に引き継がれ、戦闘がずるずる続く中空襲その他で親を亡くしたたくさんの孤児が生まれました。そんな戦災孤児を追ったのが12日の「戦争孤児の闘い」です。「大人たちの始めた戦争で親を失いずっと『駅の子』と蔑まれてきました。一体僕たちになにの責任があったというのか!欲しかったのは人のぬくもりでした」という元孤児の叫びが胸に刺さりました。終戦直後府内泉南郡の疎開先のお寺に最後まで父母が迎えに来ず、母が「親は空襲で死んでしまったんだ」と一旦は孤児として生きる決意をしたと話していたのを思い出しました(幸い母の場合はその後祖父母が迎えに現れました)。母にとって、ひいては私にとっても「駅の子」は他人事ではなかったのです。
 13日の「船乗りたちの戦争」も見ごたえがありました。
 民間の船が物資輸送に徴用されていたことは知っていましたが、その中に小さな漁船(写真を見る限り「奈良時代の遣唐使船以下だ」と思ってしまうくらい粗末なものです)まで含まれており、それに乗り込んでいた徴兵年齢前の今でいう高校生くらいの子たちがそのまま南方で戦闘に駆り出されて命を落としていたことを初めて知りました。
 毎年戦争の悲惨な現実をこつこつ発掘してくれるNHKスペシャルのスタッフには本当に頭が下がります。
by takeshi_yamagen | 2018-08-19 20:42 | 歴 史 夜 話

米騒動百年

 18.7.22
 農村から都市への人口流入や、シベリア出兵を見越した米の買い占め、売り惜しみで米価が高騰する中、ちょうど百年前の1918(大正7)年7月22日夜、富山県下新川郡魚津町の漁民の妻等が相談し、米が高くなるのは米を県外へ移出するためだと考え、翌23日午前8時すぎ、米の積出し中止を求めて46名が海岸に集結しました。同様の米放出を求める動きはその後約50日間で1道3府37県の計369か所に広がり、参加者の規模は数百万人を数え、その鎮圧に出動した軍隊は10万人にのぼったとのこと。世に言う米騒動です(その発端等については諸説有り)。
 米騒動は自然発生的な運動であったことから鎮圧されましたが、その教訓を踏まえてこれ以降全国水平社など大衆運動の組織化が進み、現状変革を求める国民的な運動が広がる中で日本共産党が創立されるのです(1922年)。
 ちなみにこの米騒動の責任をとって辞職した寺内正毅首相は安倍首相と同じ山口県出身です。
by takeshi_yamagen | 2018-07-22 21:09 | 歴 史 夜 話

祝!平清盛生誕900年

 18.1.18
 昨日17日は山口モモエちゃんの59歳のお誕生日。翌本日1月18日はおなじくファンだった池上季実子さん(59歳)と藤原美知子池田市議(?歳)の生まれた日です。そしてもう一人、あの平清盛が本日生誕900年を迎えます。こうやってみると、誕生日どおり一か八かの人生を送ってこられた方ばかりですね。ちなみに清盛は西暦1118年生まれ、1181年没とやはり一と八揃い。ついでにいうとかのマルクス先生は1818年生まれ、やっぱり一か八かです。日本史・世界史で受験されるみなさん、これ知ってて損はありませんよ!

 追伸;池上季実子さんのお誕生日は1月16日でした。お詫びして訂正いたします。ご指摘くださったDさん、ありがとうございました。



by takeshi_yamagen | 2018-01-18 07:26 | 歴 史 夜 話

人道への罪の底深い泥沼に戦慄する ―NHK戦後72年特集番組をみて―

 17.9.2
 水を抜いて干上がった池の底を恐る恐る沖へ沖へと歩き出し、もう大丈夫かなと思った瞬間泥の中に足が突然落ち込み抜けなくなってしまう―、NHKスペシャルをはじめとした一連のNHK戦後72年特集番組(※)をみた私の脳裏に、幼い日のそんな恐ろしい記憶が蘇ってきていました。
 これらの番組の大きな特徴は、およそ人間の社会にあってはならない、人間であるかぎり絶対におこしてはならない、そんな人道への冒涜が、為政者によって始められた戦争の現場のあちこちで実際に起こっていたことを、当事者自らが赤裸々に語っていることです。731部隊の凄惨な人体実験・証拠隠滅の捕虜皆殺しに関わった軍医、インパール作戦の死肉食を体験した兵士、ソ連軍への接待に差し出された満蒙開拓団の女性等々…。
 いかに今までの戦争に関する知識が表面的で不安定なものであったか―、打ちのめされた思いです。
 戦争の勝敗がどうなろうとも人道への罪は消えないこと、戦後日本の為政者が人道の罪に責任をとろうとしないどころか向き合おうとすらしないこと、そしてなによりも現政権が再び戦争への道を進みつつあること―、そんな時代の空気が「再び戦争させないために話しておかなければ」と決意させ、高齢の彼らをしてその重い口を開かしめたのではないでしょうか。
 3万人の死者を出し太平洋戦争で最も無謀と言われるインパール作戦に参加した斎藤光圀元少尉が「日本の軍隊の上層部はくやしいけれど、兵隊の命なんてその程度にしか思っていないのですよ。(司令部で)その裏側を見てしまったのは辛いです」と号泣したのが印象的でした。
 為政者によっておこされたあの戦争の、人道に対する罪の泥沼はどこまでも黒く、深く、私たちにまとわりついてきます。

※8月 5日ETV特集「告白~満蒙開拓団の女たち~」
    6日NHKスペシャル「原爆死 ヒロシマ72年目の真実」
    12日NHKスペシャル「本土空襲 全記録」
    13日NHKスペシャル「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」
    14日NHKスペシャル「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」
    15日NHKスペシャル「戦慄の記録 インパール」
by takeshi_yamagen | 2017-09-02 15:03 | 歴 史 夜 話

電話線の此方と彼方で ―72回目のヒロシマの日を前に―

 17.8.3
 小学校3、4年の頃だったでしょうか、理科の授業で糸電話の実習がありました。紙コップを受話器に見立てその底部に糸をくくりつけただけの簡単なつくりだったのですが、何十米も離れた友達の声が意外の大きくはっきり聞こえたことが記憶に残っています。ベルさんがそんな紙コップからヒントを得て電話を発明したか否かは知りませんが、遠く離れた人の声が1本の線を通じて聞こえてくるというのは、改めて考えてみると不思議なことです。
 さて原爆炸裂直後に自らも被爆しながらも福山にあった歩兵第41連隊に「広島全滅」の第1報を送った岡(旧姓・大倉)ヨシエさん(当時14歳)が今年5月19日に悪性リンパ腫で亡くなられました。当初福山側は岡さんの「広島が全滅しました」の意味がピンとこず非常に戸惑ったとのこと。無理もありません。あの日福山は一応平穏な夏の朝を迎えていたのですから…。
 また母校北豊島小学校のある先輩のお母様が、あの瞬間偶然広島の電話交換手と通話中で「熱い…」の一言を最後に通信が途絶えたという壮絶な体験をお持ちであることを最近知りました。
 電話の細い線で繋がっている此方と彼方で全く異なる運命が展開することの恐ろしさ…、糸も線もない携帯電話が普及した昨今ですが、あの日の広島と繋がる心の糸を研ぎ澄まし、後世にいく筋もの糸を投げかけていくことが、ヒロシマのある国に生きる人間に課せられた責務ではないだろうか―、改めて思っているところです。
 まもなく広島は72回目のあの朝を迎えます。
by takeshi_yamagen | 2017-08-03 20:08 | 歴 史 夜 話

やはり大阪人の血が騒いだのでしょうか -大河ドラマ「真田丸」終了にあたって-

 16.12.22 
 祖母が幸村ゆかりの玉造に住んでいたにも関わらず、義父がこれまた幸村ゆかりの九度山出身にも関わらず、さらに言うならば、自身が大学で日本史を学んでいたのにも関わらず、戦国時代にやや関心が薄いこともあって、真田氏に対してもこれといった興味を持たないで生きてきました。
 てなわけで、今年の大河ドラマ「真田丸」も、「まぁ大阪人やし一応見とこか」というぐらいの一種の義務感で見始めたというのが正直なところ。ところがどっこい登場人物のキャラが思った以上に立っていたこともあって、途中で飽きてしまうことの多い「戦国ネタ大河」を最後まで見てしまいました。最終回の家康がおろおろ逃げ回るシーンを痛快に思ったとことから見ると、普段は自覚することのないアンチ徳川の大阪人DNAがそれなりに覚醒したのかもしれません。
 来年の大河の時代は再び戦国、最終的に徳川の譜代大名となった井伊家のお話とのこと。う~ん、最後まで見続けられるでしょうか。
by takeshi_yamagen | 2016-12-22 09:48 | 歴 史 夜 話

日本共産党 大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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