カテゴリ:山元のすべらない話( 110 )

「暑いし人多いで」「そやな、やめとこか」を繰り返して半世紀が経ちました

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 関西で生まれ育ったのに、短いながらも京都に住んだこともあるのに、大学で日本史を学んでたのに、「暑いで」「人多いで」とのお友だちのやさしい助言に素直に従い、「今年やなくてもいつでも行ける。そのうち1回行ったらええわ」と自身を納得させ結局1度も足を運ぶことなく半世紀が過ぎました。
 さすがに近年は「いつでも行けるて思てたらいつまでも行けへん。そのうちって言うてるうちに1回も行かんと死んでしまう。今年こそ行こう」と毎年決意しているのですが、今年も結局諸般の事情で願い叶わず、夜クーラー効いた部屋で一人ねそべってのテレビニュースでの見学となってしまいました。
 1首できました。
 来年こそは見にいくよって待っててや 四条通の山鉾の列(字余り御免)

 追伸;上記と同趣旨の記事をFBに投稿したところ、「救急搬送12名だそうです。烏丸御池で、12時台はサイレンの音がずっと聞こえてきましたよ」(Kさん)、「今年の祇園さん、死者が出ないのが不思議なくらいの蒸し暑さですよ」(Hさん)とのメッセージを京都から頂きました。搬送された方が快方に向かわれること、そして少しでも早くこの暑さが収まることを祈るのみです。
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by takeshi_yamagen | 2018-07-18 19:14 | 山元のすべらない話

遣隋使と首相秘書官

 18.4.13

 今はどうか知りませんが、私たちの習った歴史の教科書には推古天皇の摂政聖徳太子(厩戸皇子)の業績のひとつとして607年の遣隋使 小野妹子の派遣が書かれていました。しかしそれに先立つこと7年、600年にも遣隋使は派遣されていたようなのです。600年のそれが教科書に載っていない理由については、607年の遣隋使は中国側の史書「隋書」と日本側の史書「日本書紀」に記されているのに対して、600年のそれが「随書」にしか記録がないことと関係していると考えられます。逆にいうと607年の遣隋使は日中双方に記録が残っているため、歴史的事実としてほぼ認められるからこそ教科書に載ったといえます。

 さて2015年4月2日首相秘書官(当時)の柳瀬唯夫氏が愛媛県や今治市の職員と会った際に加計学園獣医学部建設を「首相案件」と述べたとする文書の存在を、愛媛県知事に続いて農水大臣が認めました。中央・地方の双方が記録の存在を認めたことから柳瀬氏の「首相案件」は政治的事実ということになります。首相が「加計学園が獣医学部申請していることを初めて知った」とする20171月の2年近く前から、国家戦略特区として「加計ありき」が始まっていたわけです。さらに「首相秘書官が官邸で外部者と面会したということは、事前に首相の指示または了解があり、事後に報告があったことに疑いがない」と前川喜平前文科省政務次官が強調するように、首相がこの「首相案件」を知らなかったという言い分ももはや通用しません。

 ことここに到っても「事実でない、記憶にない」とおっしゃるのなら仕方ありません。小野妹子さんと梁瀬唯夫さんには証人喚問に出てきてもらって白黒をはっきりさせてもらおうではありませんか。ついでに聖徳太子と安倍首相をお連れしていただいても結構ですよ。



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by takeshi_yamagen | 2018-04-13 19:58 | 山元のすべらない話

「人の触ったものにこだわり続ける」 ―辻一弘さんのインタビューに接して―

 18.3.22

 CGなどに頼ることなく、あくまで手作りにこだわったメイクの手法が評価され、今回アカデミー賞(特殊メイク部門)を受賞された辻一弘さんのインタビューをテレビで見ました。

 話し始められた瞬間、そのアクセントから辻さんが関西人だと私は直感しました。でもまず感じたのは親近感ではなく距離感―、そう辻さん、笑っておられないのです。いや口元は時々崩れるのですが、目が動かないのです。

「他人の意見は聞かない。後悔する」

「すでに出た答に沿ってやらない。違うことしないと達成感がない」

「怖がらず一歩を踏み出す。踏み出したら簡単」

「自分の人生、誰も責任をとってくれない」

 腹の上に鉄球を落とされたような重くて刺激的な言葉の数々が、いともさらりと辻さんの口から飛び出します。

 そして「(私に仕事に)生まれ育った京都の職人さんの影響はあるでしょうね」と、辻さんが少し懐かしそうにおっしゃった瞬間、辻さんの目が、遠い昔京都に住まいしていた頃お会いした京友禅の職人さんの目と同じであることに、私は気づきました。

「人が触ったもの、それが大事だと思います」と続けられた辻さん。CGなどと縁のなかった初期のウルトラマンシリーズなどについて辻さんと一度語り明かしたいな、なんて思ったのは私だけ?

 少しづつ辻さんとの距離が縮まってきたみたいです。 少しずつ辻さんとの距離が縮まってきました。


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by takeshi_yamagen | 2018-03-22 07:33 | 山元のすべらない話

白い魚肉に赤い梅肉ちょこっとつけて…。今年もハモの季節がやってきました

 17.6.6
 タレントのクリス松村さんとアナウンサーらしいお二人計三人が司会をしているバラエテイ番組を見ていた時のこと。ある和風料理屋さんと中継がつながり、これからが旬のハモ料理が話題になっていたのですが、しばらくして三人の口から飛び出した一言に私はひっくりかえらんばかりに驚きました。「生まれてから一度もハモ食べたことないんです」とおっしゃるではないですか!中継先と話がうまく噛み合わずギクシャクしているなと思っていたのも合点がいきました。
 冷やしあめと紅生姜のてんぷらは関西にしかなく、東京の人はあまりハモを食べないということぐらいは知ってはいたのですが、祇園さんの話題が聞こえてくる頃になると、あの白い身に紅色の梅肉をつけて食べなきゃいられない私としては、ハモを一度も食べたことがない人が首都東京に多くおられる(らしい)と思い知らされたことは、やはり一つの衝撃でした。
 東京のみなさん、夏の関西にお越しの際はぜひハモをご賞味くださいませ。食べへんと人生半分損しまっせぇ。
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by takeshi_yamagen | 2017-06-06 19:55 | 山元のすべらない話

戦争法余聞④ 真夜中の少女

 15.10.27
 妻から「それこそ寝ぼけた夢みたいな話言わんとき」と呆れられ、池田市議団の面々からは「歳と立場考えや」と嘲笑され、私自身も「書こか書こまいか」と悩んだのですが、「すでにひと月経ったことだし一応書きとめておくか」と決意しました。世にも不思議なお話に、今晩はお付き合いください…。

 戦後70年の日本のありかたを変える戦争法案審議が深夜に及んだ先月16日、報道番組を見ながら少しうつらうつらしていると、ほどなく玄関に通じるドアが開いて5、6歳の、面長で少し目もとが腫れぼったい少女が居間に入ってきました。彼女は、驚いて飛び起きた私の膝にすっと座り、私が少しいちびって頬ずりのしぐさをすると、おもむろに顔をそむけ微笑みました。テレビには相変わらずがらんとした国会が映っています。私はリモコンを押して一旦オフにしようとしたのですが、どうしたことか画面がまったく消えません!
 私が焦っていると彼女は立ちあがって結局ひとことも言葉を発することなく再び玄関の方に消えていきました。
 彼女は親族の誰かだったのか、それとも70年前から歳をとることがなくなった少女だったのでしょうか…。
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by takeshi_yamagen | 2015-10-27 22:44 | 山元のすべらない話

「8歳の女の子が毎日死におびえて生活する…、山元さん想像できますか」

 15.3.25
 先日市内空港1丁目にお住まいのSさん宅に「赤旗」の集金にでかけた時、自らの戦争体験を語ってくださいました。
「家が空港に近いから米軍機によく狙われました。まず西側のお屋敷に爆弾が落ちて、間もなく今度は東側の家に落ち、かわいがってくれたおじさんが亡くなりました。「今度は私んちだ」って誰だって思いますよね。
 通学もそう、今なら北小から空港まで家や道路がいっぱいあるけど当時は田んぼのあぜ道を通って通学していたわけ。いつ機銃掃射で狙われるかわからない。危ない時は住吉神社か道のわきの溝に身を隠せって言われたけど、溝に逃げても米軍機からはまる見えなわけで効果あるわけないですよね(笑)。
 山元さん、8歳の女の子が絶えず死におびえて生活し通学してたんですよ。その恐怖心、わかりますか。あんな思い、今の子にもう二度とさせてはならないですね。
 日々赤旗が伝える安倍内閣の戦争する国づくり、絶対やめさせなければならないと思っています。山元さんがんばってください」
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by takeshi_yamagen | 2015-03-25 09:26 | 山元のすべらない話

これは悲劇か、哲学書か、それとも… ―アレックス・シアラー「青空のむこう」を読んで―

 15.2.21
c0133503_105387.jpg 先日ひょんなことから知り合ったアパレル業界の営業マンA君(25歳)と意気投合、双方とも読書が趣味ということで、互いのイチ押し本を話しあっていたところ、彼から「ぜひ一遍読んでみてください」と薦められたのが「青空のむこう」。私は全然知りませんでしたが、10年少し前ちょっと話題になった本だとのこと。さっそく挑戦してみました。
 トラックに轢かれて死んだイギリスの少年ハリーが「死者の国」から幽霊となって下界を再訪、やり残したこと(姉エギーに暴言を吐いたことへの謝罪)をし終えてから再び「死者の国」に戻り、「彼方の青い世界」を目指すというのがそのストーリー。
 A君から主人公が死んだ少年と聞いていたので「お涙ちょうだい」の悲劇物語か、「死とはなにか」みたいな説教めいた小説を考えていたのですが、実際の読後感は「死者の国」と下界、そして「彼方の青い世界」をハリーが少年らしい感受性を失わずひょいひょいと乗り越えていく冒険小説っていった感じ(同様な感想があったことを訳者があとがきで記しています)。そう、子どもの頃に「トムソーヤの冒険」を読んだ時の感覚かな。
 それでいてこの小説は奥が深そう。その人その人、例えば子ども、大人、女性、男性、大切な人を失った経験のある人、ない人…、でこの小説は悲劇にも哲学書にも冒険小説にもなりそうです。
 ところで「ぽっぽ屋 鉄道員」にせよ、この「青空のむこう」にせよ、私には幽霊の出てくる小説を読む傾向があるようです。某筋の方からは「観念論的な本ばっかり読んで…」とお叱りを受けるやもしれませんが、実はこの小説、極めて唯物論なラストが待っているのです。それは読んでのお楽しみ…(求龍堂 2002年 1,200円)。
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by takeshi_yamagen | 2015-02-21 09:43 | 山元のすべらない話

「君の決断を歓迎する。がんばれ!」 ―水野正好先生の逝去を悼む①―

 15.2.13
 この間新聞の訃報欄をよく読んでいなかったこともあって、不覚にも先月27日に考古学者の水野正好先生が亡くなられていたことを昨日初めて知りました(1月28日朝刊各紙)。享年80歳。
 立候補のため突然前の職場である(財)大阪府文化財センターを辞める決意を直属の上司に報告した直後、当時同センターの理事長だった水野先生から「ちょっとおいで」と呼び出されました。
 「この年度末の忙しい時にやめるなんて…」とのお叱りを受けるだろうと覚悟して理事長室に入ると、先生は「驚いたけど君の決断を歓迎する。様々な環境に身を置くことは人間の成長につながるからいいことだ。がんばっておいで。でももしだめだったら(落選したら)、また連絡してきなさい。まぁ君とこの党はちゃんと面倒みてくれるだろうけど…」とおっしゃいました。滋賀県教委、大阪府教委、文化庁、奈良大、文化財センターと各地で活躍されてきた先生の人生に裏打ちされた思いもよらぬ励ましの言葉に、驚きと嬉しさで私はただ「ありがとうございます。がんばります」というのが精いっぱいでした。
 8年前のちょうど今頃の話です。
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by takeshi_yamagen | 2015-02-13 06:00 | 山元のすべらない話

小池さん、のってるねぇ!

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 昨日放送された読売テレビ系「たかじんのそこまでいって委員会」は総選挙総括と銘打って自民、民主、維新、共産の議員が出席しました。
 自党以外の政党のいいところ、悪いところをフリップに書くコーナーでのわが党の小池晃副委員長の回答は以下のとおり。
 自民党のいいところ;こまめに地元の声を聞くこと。悪いところ;その声を裏切っていること。
 民主党のいいところ;時々いいこと言うこと。悪いところ;時々しかいいことを言わないこと。
 維新のいいところ;威勢のいいこと、悪いところ;威勢だけのところ。
 会場から「小池さん、今日のってるねぇ!」の声。 
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by takeshi_yamagen | 2014-12-22 15:35 | 山元のすべらない話

「戦争するな!美しい国土を守ろう!」 ―菅原文太 最後のメッセージ―

 14.12.2
 高倉健さんに続いて菅原文太さんが亡くなった(11月28日)との報に接し、私は思わず「えっ」と小さく叫んでしまいました。なぜなら菅原さんは先月1日の翁長勝利をめざす沖縄県民集会にかけつけ、「本土も沖縄も美しい国土を守ろう。戦争はするな」と訴えられたばかりだったから。確かに「文太さん、お年を召されたな」と映像を見て感じていましたが、こんなに早く逝かれるとは思いもよりませんでした。報道によると当時すでに余命半年を宣告されていたとのこと。集会での発言は自らの戦争体験を踏まえた渾身のラストメッセージだったんですね。
 さて菅原さんの代表作としては「仁義なき戦い」や「トラック野郎」シリーズを上げる人が多いようですが、僕にとって菅原さんと言えばなんといっても1980年のNHK大河ドラマ「獅子の時代」の平沼銑次。会津藩士の家に生まれ、維新後は自由民権運動など人民解放の運動に身を捧げる決意をした銑次。彼を慕う女性もんに対し「自分についてくるとあなたを不幸にしてしまう」と別れを告げる―、そのストイックな姿に19歳の僕は思わず「カッコイー」と叫んでしまっていました。
 ところで銑次の愛したもんと「居酒屋兆治」で兆治(高倉健さん)がひそかに思いを寄せた女性神谷さよをともに演じていたのが故大原麗子さん。
 向こうで三人、今頃なにをお話されているのでしょうか。彼女をめぐって任侠沙汰…、まさかそんなことはないか。
 御冥福をお祈りいたします。
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by takeshi_yamagen | 2014-12-02 06:59 | 山元のすべらない話

日本共産党 前大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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