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カテゴリ:積ん読・乱読・熟読日記( 49 )

もっと早く読むべきだった! ―柳田邦男「蝸牛考」を読んで― 

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 みなさん、庭先などにいるちょっと大きめの丸い陸棲の巻貝(漢語で蝸牛)のことをなんと呼ばれるでしょうか。近畿にお住いの方なら童謡にあるようにデンデンムシかカタツムリが普通ではないでしょうか。
 この陸棲の貝の呼称について学問的に解明したのが柳田邦男「蝸牛考(かぎゅうこう)」。この本は文化の中心地(京都)から新しい語ができて広まるにつれて古い語が周辺部にのみ残存するようになることを、蝸牛を通じて実証した本です。同書によるとツブリ、カタツムリ、マイマイ、デデムシ(デンデンムシ)の順で登場して拡散していったとのこと。実はこの結論は民俗学の概説書などを読んで知っていたので「原典を読まんでええか」と思ってわが家の本棚にずっと「積ん読」していたのですが、これが大きな間違いだったことを、連休に読み終えて思い知りました。
 言葉の拡散の順序は概ね上記のとおりなのですが、各々の語の由来、そして各地にたくさんあるそれらの変形した語(デンデコナイ)、合体した語(マイマイツブリなど)、中には一見出自不明語などを、柳田先生がその深い語彙の森を切りわけて次々解明していく過程のくだりが面白くて爽快そのもの。また新しい語を拡散する推進力が子どもたちの創造力にあるとの指摘には微笑ましさを感じました。
 なおツブリが拡散する前に蝸牛はナメクジと呼ばれていたとのこと。そう、今のナメクジと区別されていなかったのです。これも目からウロコ(ちなみにウロコも当初コケと呼ばれていたとのことです)。ただ同類とはいえ見た目がかなり違う両者が同一呼称であったのは少し理解に苦しみます。はるか昔、ナメクジもカタツムリも食用に供されていた名残りかと、私は思うのですがいかがでしょうか。




by takeshi_yamagen | 2019-05-14 22:44 | 積ん読・乱読・熟読日記

村上春樹とカズオ・イシグロ  平成の30冊②

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 さすがは村上春樹、30冊の中に2冊入っています(1位の「1Q84」と10位の「ねじまき鳥クロニクル」)。私は何度か当ブログで「村上春樹は読んでもようわからん」と書いてきました。「ぶつぶつ文句いうんやったら読むな!」とハルキストのみなさんに怒られそうですが、「野茂英雄が野球の世界で行ったように、日本語文学の世界性を意識させた」(中西寛京大教授の「1Q84」評)、「暴力、人間の悪意、欲望のすさまじさが村上春樹の寓話的物語的世界の中でリアルに描かれていた」(精神科医香山リカさんの「ねじまき鳥クロニクル」評)などのべた褒め評を読むと「やっぱり読んでみようかな」と思い始めてしまう優柔不断なワタクシでした。
 さてノーベル賞作家カズオ・イシグロさんの「わたしを離さないで」が2位に入っています。私はイシグロさんの本をいくつか読みましたが、同書は読んでいません。理由は簡単、内容が怖そうだから。この手の本、ワタクシあかんのですわ(詳細は当ブログのカテゴリー「積ん読・乱読・熟読日記」をご覧ください)。

by takeshi_yamagen | 2019-03-11 06:26 | 積ん読・乱読・熟読日記

私は4冊読んでいました 平成の30冊

 19.3.10
 7日の朝日新聞朝刊に「識者120人が選んだ平成の30冊」と題する興味深い記事が載っていました。その30冊のうち私は4冊を読了していました(4位;宮部みゆき「火車」、8位;小川洋子「博士の愛した数式」、11位;村田沙耶香「コンビニ人間」、14位;福岡伸一「生物と無生物の間」)。識者でも文筆家でも文化知識人でもない人間としては、まぁ読んでるほうでしょうか。
 それぞれについて寸評するならば、「火車」は読み始めたらやめられなくなり私に過度の寝不足をもたらした恨みの書。「博士の愛した数式」は「僕にはやはり数学的素養はない」と確信させてくれた書。「コンビニ人間」は「読者は様々な読後感をもつだろうな」と思った書(私はひ弱なプロレタリア小説のように思いました)。「生物と無生物のあいだ」は「絶えず近くに置いておかねばならない」となんとなく思わされた書、てなところでしょうか。

by takeshi_yamagen | 2019-03-10 08:02 | 積ん読・乱読・熟読日記

目で追う前に声に出して読め  ―樋口一葉「たけくらべ」を読んで―


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「廻れば大門の見返り柳いと長けれど、お歯ぐろ溝に燈火うつる三階の騒ぎも手に取る如く、明けくれなし車の往来にはかり知られぬ全盛をうらないて…」

 冒頭から文語体の段落わけのない文章が延々3ページ続き、五千円札の図柄にもなっている人の作品とはいえ、何度も途中断念を繰り返して積ん読歴30年を迎えたわが家の樋口一葉の「たけくらべ」(角川文庫)。

 罪の意識に苛まれたわけでもないのですが、この正月再挑戦。今回は試しに口に出して音読してみると、あら不思議、正月三日間で一気に読了できちゃいました。美登里、信如、正太郎を始めとした青年たちの恋とも友情とも知れぬ交流の様子が、百年以上前の東京の話とは思えぬほど生き生きと浮かび上がってきたのです。

 彼女の無駄のない抑揚の効いた文章に「文学には口に出して読まなければならないものがあるんだぁ」と思い知らされた次第。「お札の人」だけのことはあります。


 追伸;巻末年譜で樋口一葉の誕生日が私と同じであることがわかりました(新暦換算5月2日)。私より89歳年上のお姉さんですが、夭逝されたことが悔やまれます(1896年没 享年24歳)。










by takeshi_yamagen | 2019-01-16 15:01 | 積ん読・乱読・熟読日記

突き抜けてとことん行きつきました ―「燃えよ剣」と「不夜城」―

 18.8.27
 先日来新撰組の近藤勇、土方歳三、沖田総司を主人公にした司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」(新潮文庫)を読んでいます。私としては、彼らに特別な思い入れあったわけではなく、実のところ好きでもありませんでした。それどころか幕末の京都で政敵を切りまくった今でいうところのテロリスト集団に対して、むしろ強い嫌悪感をもっていました。
 それでも彼らを主人公にした小説を読んだ理由を列記すると、昨年京都市長選挙の応援に行った際事務所のごく近くにたまたま彼らの壬生屯所があったこと、「新撰組について最低限のことは知っておかなあかんかな」と言った文学部史学科日本史専攻出身者としての漠然とした義務感(?)、さらにはその文庫本(上・下)が身近にあったこと等々。まぁその程度です。 
 契機はともかく、読んでまず感じたのは鎌倉期以来といってよい封建的な主従関係を愚直なまでに戴いて彼らが生き抜いたことへの新鮮な驚きです。そして15代将軍慶喜の新政府への恭順というそのイデオロギー的基盤の崩壊後も、そのエネルギーはあくまで新政府打倒に向かったわけですが、今から見るとその生き方にはやはり哀れさを禁じえません。
 さて、そこで思い出したのが、昨年FBである方が「読み出したら止まらない1冊」にあげられていた馳星周さんの「不夜城」(角川文庫)です。
 北京系、上海系、福建系、台湾系、香港系が互いに抗争する新宿歌舞伎町の中国系裏社会―、騙し騙され、誰が信用でき、できないのかを探りながら毎日を生き抜くことだけを考えて動く人々、彼らは普通の人間性を一度ならず渇望しながら結局果たせずにある者は生き抜き、ある者は死んでいく―、まぁざっというとそんな話です。私の場合「読み出したら止まらない」ことはなかったのですが、キャラの立ち過ぎる登場人物が、そんなに広くない歌舞伎町を所狭しと動き回るスピーディーな展開を結構楽しみながら最後まで読んでしまいました。
 イデオロギー的な背景の有無の差はあるものの、新撰組のメンバーも不夜城に登場する中国系マフィアのメンバーも行きつくところまでしゃにむに突き進んだ点では一緒。どちらの本も「こんな人生送った人、少ないけどまわりにもいたなぁ」と、何人かの顔を思い出しながらページをめくり続けた次第です。
by takeshi_yamagen | 2018-08-27 18:33 | 積ん読・乱読・熟読日記

人生を静かに深く考えさせられる作品でした ―カズオ・イシグロ「日の名残り」を読んで―

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 先日、英国在住の日系人作家カズオ・イシグロの「日の名残り」(ハヤカワepi文庫)を読み終えました。両大戦間(1920~30年代)のイギリスで名家の執事をしていたスティーブンスが戦後旅を通じて人生を回想するというのがそのあらすじです。
 著者は、執事というそのどちらかといえば特殊な仕事を通じて、職業観、時代観、世代差、品格そして旅等々、人生の節目々々に私を含め誰もが一度ならず考えるであろう諸々を深く考察し、その普遍的な意味を問います。私にはちょっと清算的と思える箇所もありましたが、前半とはうって変わった軽妙なラストも見事、「さすがノーベル賞作家だ」と思わず唸ってしまいました。大英帝国の没落過程を描いたことを強調する論評もあるようですが、それはあまりに皮相な見方だと私には思われます。読後感想会をぜひ開きたいと思わせる本でした(17/12/10付当ブログ参照)。
by takeshi_yamagen | 2018-06-15 11:05 | 積ん読・乱読・熟読日記

「君たちはどう生きるか」と「蟹工船」

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 18.2.24
 吉野源三郎さんの著書「君たちはどう生きるか」(1937年)が、漫画版も出版されてヒットしているとのこと。実は同書、先日紹介した「吾輩は猫である」には及ばないにしてもわが家で長らく「積ん読」状態になっていた本の一つです(17/12/11当ブログ参照)。折角の機会だからと本棚の奥から引っ張り出してきました。奥付の発行年月日が19831220日(第8刷)となっているので、実に30年以上読まずに放置してきてこのたびやっと読了した次第です(ただ主人公のコペル君の名は記憶にあるのでなんどかページを開いていたことは間違いありません)。
 いじめ、裏切り、友情、貧富の差…、直面する出来事を通じて一つ一つ成長するコペル君―、時あたかも日本全体が狂気の戦争に向かいつつあった当時、同書で吉野源三郎さんがコペル君に、そして当時の青少年に言いたかったことは「自分の頭で考えろ」、ただそのひとことに収斂していくのではないでしょうか。
 小林多喜二の「蟹工船」は「君たちはどう働かされているか」と資本主義の搾取の実態と本質を暴露しました(08/7/177/22当ブログ参照)。その「蟹工船」の再ヒットから10年―、ますます混迷を深めるこの国の資本主義の中で、「君たちはどう生きるか」と今度は国民一人一人が問われているように私には思えるのです。
 多喜二虐殺85年の月に記す(写真は2月25日付「赤旗」日曜版1819面と岩波文庫版同書)。


by takeshi_yamagen | 2018-02-24 09:39 | 積ん読・乱読・熟読日記

常識が深く崩れる快感に浸っています ―内田樹「困難な成熟」を読んで―

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 18.2.2
 障害者殺害、ヘイトスピーチ等々、一昔前なら口に出すことすら憚られることが堂々と語られ実際行動に起こす人間も出てくるなど、日本社会は息苦しい空気が包まれています。必然的に「なぜ弱者を切り捨ててはならないのか」「民族差別が許されないのか」等々、一昔前まであまりに当たり前すぎて深く考えなかったことも対しても「理論武装」が求められる時代になったと思っていたところに出会ったのが内田樹先生の「困難な成熟」(2017年 夜間飛行 750円)です。
 例えば弱肉強食社会について。
  内田さんは「弱いものに強いものに喰われて当然であるというルールでやっていれば、集団構成員はどんどん減っていって、最後はゼロになる。もっともゼロになるはるか手前で、集団構成員が減りすぎて弱小集団になった段階で、別のもっと強い集団に『喰われて』しまうでしょう」と指摘。まるで身障者や生活困窮者、そして次に中産階級まで切り捨てようとしている安倍政治の行き着く先を暗示しているようですね(おー、こわ!)
 さらに内田先生は「だから、集団として生き延びることを目的とした場合には、『誰も見捨てない』ということと『どうやって集団としての生命力を高めるか』を考える」のが重要であると続けられます(脅かすだけでなく、先生はちゃんと希望を示してくれてはるのです)。
 責任とは、正義とは、労働とは、愛国とは、教育とは…、自身の常識が次々に崩されていく快感に私は今浸っています(そうそう、その「常識」なるものについても先生は深く考察してはります)。
 一読おすすめします。


by takeshi_yamagen | 2018-02-02 15:59 | 積ん読・乱読・熟読日記

本白根山噴火! 火山の観測体制の抜本的強化が求められます

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 18.1.28 
 日本列島で火山活動が活発化しているようです。
 3・11以降、私の記憶に残っているものだけでも新燃岳(2011)、西之島新島(2013)、口永良部島(2015)、御嶽山(2015)、桜島は毎年のように噴火しています。そして23日は本白根山が噴火。聞くところによると本白根山の噴火は三千年ぶりとのこと。そう言えば御嶽山も1979年の噴火までは死火山扱いされてましたね。どの火山がいつ噴火してもおかしくない、少なくともこの国に住む人間としてはそれくらいの心構えをしておかねばならないということではないでしょうか。
 そんな列島各地で噴火の続く中、半年ほど前に読んだのが「死都日本」(石黒燿 2008 講談社文庫)。鹿児島県と宮崎県にまたがる加久藤カルデラの噴火で南九州がわずか2時間で壊滅し、その被害は日本列島全域に及ぶというのがそのストーリー。中学生の頃小松左京さんの「日本沈没」も興味深く読みましたがあちらはフィクション、「死都日本」に描かれた破局噴火(巨大噴火)は日本列島に人が住み始めてからでも2回(29,000年前と7,300年前)実際起こっているのです。原発がその火砕流に襲われたら…、考えただけでぞっとします(※)。火山噴火の被害を最小限にとどめるために政府にはまず観測体制の抜本的強化が求められます(17/12/15当ブログ参照)。

 ※同書では川内原発は止まっている設定だったため放射能の恐怖は描かれていません


by takeshi_yamagen | 2018-01-28 15:53 | 積ん読・乱読・熟読日記

池田先生、怠け者は怠け者なりに考えています

 18.1.22
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「先ほど不在者投票をしてきました。今回は共産党に投票しました。昔から共産党に悪口ばっかり言ってましたけどね。…共産党にいろいろ文句はあるでしょうが、とにかく今度の選挙の比例票は共産党に入れてください」
 昨年の総選挙にあたって「さんまのホンマデッカTY」レギュラーの生物学者池田清彦先生から思わぬエールをいただき感激した私、その恩義には報いなければならないと、先生の「ナマケモノはなぜ『怠け者』なのか 最新生物学の『ウソ』と『ホント』」(新潮文庫 550円)を購入、現在読了中です(そのへん意外にワタクシ律儀なんです。先生そのうちサインしてくださいね)。

 読んで驚いたのは表題にもあるナマケモノが哺乳類でありながら、外気温に応じて体温が変わる変温動物なので、外気温が下がれば体温も下がるため余計なエネルギーを使わぬようじっとしているとのくだり。まさに目からウロコ、ナマケモノは怠けることで生き抜いてきたというわけだったんです!

 これに関連してナマケモノをめぐる私のもう一つの疑問、ナマケモノは異常に頭が小さいことを解くヒントも得たように思います。昔某書で恒温動物である哺乳類は体温・エネルギー調節が必要なので変温動物である爬虫類などに比べて全体重に占める脳の割合が相対的に大きいという話を読んだことがあります。それに従うならば変温動物のナマケモノは体温・エネルギー調節の必要性が低いので大きな脳は不用で「小顔」になったと推測できるのではないでしょうか。

 池田先生、このシロウト考え、いかがでしょうか?(17/10/22ブログ参照)


by takeshi_yamagen | 2018-01-22 14:02 | 積ん読・乱読・熟読日記

日本共産党 大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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