カテゴリ:積ん読・乱読・熟読日記( 44 )

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 先日、英国在住の日系人作家カズオ・イシグロの「日の名残り」(ハヤカワepi文庫)を読み終えました。両大戦間(1920~30年代)のイギリスで名家の執事をしていたスティーブンスが戦後旅を通じて人生を回想するというのがそのあらすじです。
 著者は、執事というそのどちらかといえば特殊な仕事を通じて、職業観、時代観、世代差、品格そして旅等々、人生の節目々々に私を含め誰もが一度ならず考えるであろう諸々を深く考察し、その普遍的な意味を問います。私にはちょっと清算的と思える箇所もありましたが、前半とはうって変わった軽妙なラストも見事、「さすがノーベル賞作家だ」と思わず唸ってしまいました。大英帝国の没落過程を描いたことを強調する論評もあるようですが、それはあまりに皮相な見方だと私には思われます。読後感想会をぜひ開きたいと思わせる本でした(17/12/10付当ブログ参照)。
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by takeshi_yamagen | 2018-06-15 11:05 | 積ん読・乱読・熟読日記

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 18.2.24
 吉野源三郎さんの著書「君たちはどう生きるか」(1937年)が、漫画版も出版されてヒットしているとのこと。実は同書、先日紹介した「吾輩は猫である」には及ばないにしてもわが家で長らく「積ん読」状態になっていた本の一つです(17/12/11当ブログ参照)。折角の機会だからと本棚の奥から引っ張り出してきました。奥付の発行年月日が19831220日(第8刷)となっているので、実に30年以上読まずに放置してきてこのたびやっと読了した次第です(ただ主人公のコペル君の名は記憶にあるのでなんどかページを開いていたことは間違いありません)。
 いじめ、裏切り、友情、貧富の差…、直面する出来事を通じて一つ一つ成長するコペル君―、時あたかも日本全体が狂気の戦争に向かいつつあった当時、同書で吉野源三郎さんがコペル君に、そして当時の青少年に言いたかったことは「自分の頭で考えろ」、ただそのひとことに収斂していくのではないでしょうか。
 小林多喜二の「蟹工船」は「君たちはどう働かされているか」と資本主義の搾取の実態と本質を暴露しました(08/7/177/22当ブログ参照)。その「蟹工船」の再ヒットから10年―、ますます混迷を深めるこの国の資本主義の中で、「君たちはどう生きるか」と今度は国民一人一人が問われているように私には思えるのです。
 多喜二虐殺85年の月に記す(写真は2月25日付「赤旗」日曜版1819面と岩波文庫版同書)。


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by takeshi_yamagen | 2018-02-24 09:39 | 積ん読・乱読・熟読日記

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 18.2.2
 障害者殺害、ヘイトスピーチ等々、一昔前なら口に出すことすら憚られることが堂々と語られ実際行動に起こす人間も出てくるなど、日本社会は息苦しい空気が包まれています。必然的に「なぜ弱者を切り捨ててはならないのか」「民族差別が許されないのか」等々、一昔前まであまりに当たり前すぎて深く考えなかったことも対しても「理論武装」が求められる時代になったと思っていたところに出会ったのが内田樹先生の「困難な成熟」(2017年 夜間飛行 750円)です。
 例えば弱肉強食社会について。
  内田さんは「弱いものに強いものに喰われて当然であるというルールでやっていれば、集団構成員はどんどん減っていって、最後はゼロになる。もっともゼロになるはるか手前で、集団構成員が減りすぎて弱小集団になった段階で、別のもっと強い集団に『喰われて』しまうでしょう」と指摘。まるで身障者や生活困窮者、そして次に中産階級まで切り捨てようとしている安倍政治の行き着く先を暗示しているようですね(おー、こわ!)
 さらに内田先生は「だから、集団として生き延びることを目的とした場合には、『誰も見捨てない』ということと『どうやって集団としての生命力を高めるか』を考える」のが重要であると続けられます(脅かすだけでなく、先生はちゃんと希望を示してくれてはるのです)。
 責任とは、正義とは、労働とは、愛国とは、教育とは…、自身の常識が次々に崩されていく快感に私は今浸っています(そうそう、その「常識」なるものについても先生は深く考察してはります)。
 一読おすすめします。


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by takeshi_yamagen | 2018-02-02 15:59 | 積ん読・乱読・熟読日記

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 18.1.28 
 日本列島で火山活動が活発化しているようです。
 3・11以降、私の記憶に残っているものだけでも新燃岳(2011)、西之島新島(2013)、口永良部島(2015)、御嶽山(2015)、桜島は毎年のように噴火しています。そして23日は本白根山が噴火。聞くところによると本白根山の噴火は三千年ぶりとのこと。そう言えば御嶽山も1979年の噴火までは死火山扱いされてましたね。どの火山がいつ噴火してもおかしくない、少なくともこの国に住む人間としてはそれくらいの心構えをしておかねばならないということではないでしょうか。
 そんな列島各地で噴火の続く中、半年ほど前に読んだのが「死都日本」(石黒燿 2008 講談社文庫)。鹿児島県と宮崎県にまたがる加久藤カルデラの噴火で南九州がわずか2時間で壊滅し、その被害は日本列島全域に及ぶというのがそのストーリー。中学生の頃小松左京さんの「日本沈没」も興味深く読みましたがあちらはフィクション、「死都日本」に描かれた破局噴火(巨大噴火)は日本列島に人が住み始めてからでも2回(29,000年前と7,300年前)実際起こっているのです。原発がその火砕流に襲われたら…、考えただけでぞっとします(※)。火山噴火の被害を最小限にとどめるために政府にはまず観測体制の抜本的強化が求められます(17/12/15当ブログ参照)。

 ※同書では川内原発は止まっている設定だったため放射能の恐怖は描かれていません


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by takeshi_yamagen | 2018-01-28 15:53 | 積ん読・乱読・熟読日記

 18.1.22
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「先ほど不在者投票をしてきました。今回は共産党に投票しました。昔から共産党に悪口ばっかり言ってましたけどね。…共産党にいろいろ文句はあるでしょうが、とにかく今度の選挙の比例票は共産党に入れてください」
 昨年の総選挙にあたって「さんまのホンマデッカTY」レギュラーの生物学者池田清彦先生から思わぬエールをいただき感激した私、その恩義には報いなければならないと、先生の「ナマケモノはなぜ『怠け者』なのか 最新生物学の『ウソ』と『ホント』」(新潮文庫 550円)を購入、現在読了中です(そのへん意外にワタクシ律儀なんです。先生そのうちサインしてくださいね)。

 読んで驚いたのは表題にもあるナマケモノが哺乳類でありながら、外気温に応じて体温が変わる変温動物なので、外気温が下がれば体温も下がるため余計なエネルギーを使わぬようじっとしているとのくだり。まさに目からウロコ、ナマケモノは怠けることで生き抜いてきたというわけだったんです!

 これに関連してナマケモノをめぐる私のもう一つの疑問、ナマケモノは異常に頭が小さいことを解くヒントも得たように思います。昔某書で恒温動物である哺乳類は体温・エネルギー調節が必要なので変温動物である爬虫類などに比べて全体重に占める脳の割合が相対的に大きいという話を読んだことがあります。それに従うならば変温動物のナマケモノは体温・エネルギー調節の必要性が低いので大きな脳は不用で「小顔」になったと推測できるのではないでしょうか。

 池田先生、このシロウト考え、いかがでしょうか?(17/10/22ブログ参照)


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by takeshi_yamagen | 2018-01-22 14:02 | 積ん読・乱読・熟読日記

 17.12.18

 さる事情があって二年半前に収入が大きく減り、娯楽費にお金を回すことがほとんどできなくなりました(それ以前もべつに遊び回っていたわけでは決してありませんが…)。いきおい趣味の読書も新刊書ではなく家にあるものに目がいくというのは自然の流れです。このシリーズ「2017年秋の乱読日誌から」で積ん読本が頻出した背景には山元家ののっぴきならない事情があるのです。

 そもそも読書ほどリーズナブルな趣味はありません。折しも忘年会シーズン、二三軒飲み屋さんをはしごすると数時間で少なくとも5千円前後は飛んでいくと思いますが、仮に5千円分本を読もうとするとほとんど月単位の結構な時間が必要、それだけ読書は安く長く楽しめるというわけです。しかも積ん読本については新たな出費はゼロ!まぁ540円で45年楽しんだ「吾輩は猫である」などは論外でしょうけど…。

 てなわけで「今度はなに読もかなぁ」と今日もわが家の書棚を物色している次第。最近は「読みもせんのに、また本買(こ)うてきて」と妻がぼやくこともなく、積ん読本読破は夫婦円満にも一役買っているようです。

 ところで巷では吉野源三郎さんの「君たちはどう生きるか」の漫画版が評判を呼んでいるようですが、実はこの本(岩波文庫版)も私の積ん読リストに入っています。意を決して読破しようと思っているのですが、どこにしまいこんだかなぁ。まずは「発掘調査」が必要です。





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by takeshi_yamagen | 2017-12-18 07:41 | 積ん読・乱読・熟読日記

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 17.12.14

 あまり新聞小説は読まないほうですが、今「しんぶん赤旗」日刊紙に掲載中の山崎ナオコーラさんの「趣味で腹いっぱい」は面白くて結構はまっています。ことのついでというわけで、あまりにガチなタイトルにちょいと怯み、これまた長らく積ん読状態にあった山崎さんのデビュー作「人のセックスを笑うな」(河出文庫)も一気に読了。

 前者は本業の傍らに行う副業、後者は教師と生徒の年の差恋愛、不倫と結構きわどい、ことによってはドロドロした展開にもなってもおかしくないテーマを扱っているのですが、山崎さんにかかるとふわふわしたなんとも暖かい話に仕上がっていきます。ストーリーから生じる不道徳、不義、不穏等々、マイナスイメージがつきまとう言葉を甘い砂糖と溶けあわせたマショマロでくるみこんでしまったような感じかな。

 山崎ナオコーラ―、掴みどころに少々苦労する、不思議な作家さんです。


 さて、旧知の漫画好きのY君、これまで「これおもしろいから読んでみて」と「ワンピース」「ハンターハンター」「進撃の巨人」と様々な作品を薦めてくれたのですが、どれも読む気がおこりませんでした。思うにどれも時代・地理的背景がはっきりしないのが理由かと…。いつのどこのことかようわからん話はしんどいというわけです。

 それでもめげずに彼が今度紹介してくれたのが「キングダム」(原泰久 集英社)。こちらは中国戦国時代の秦のお話と時代も場所もはっきりしていて、ストーリー展開もおもしろそう。暇を見つけて読みすすめています。「また感想聞かせて」と今度ばかりはY君も満足げです。








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by takeshi_yamagen | 2017-12-14 08:59 | 積ん読・乱読・熟読日記

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 17.12.11
 先日夏目漱石の名著「吾輩は猫である」を読破しました。
 
名前のない猫「吾輩」が人間社会を客観的、批判的に観察するその内容についてはすでにみなさんご存知のとおりなのでここでは触れません。
 私が少し驚いたことは、小説とはいえ、主な舞台となる主人の苦沙弥(くしゃみ)先生の家に、まぁ実に入れ代わり立ち代わり客人が訪れること。よく考えてみると電話が普及せずもちろんメールもない明治期、手紙を出すほどでもないでもないご近所さんに用事を伝える時は訪問するしかなかったわけです。また作中に「ご一新以後」や天璋院様(13代将軍徳川家定の奥方篤姫)などの言葉が出てきたことも印象に残りました。今、私たちが昭和を懐かしむような感覚で当時(明治38年)の人は江戸時代を語っていたようですね。
 ところでこのハードカバーのポプラ社刊の「吾輩は猫である」、小学生の頃その奇をてらった作品名に興味を覚えて買ったものの、さすがに当時は難解すぎて「なんで妻が『細君』やねん!嫁さんて言えんか!」と逆切れして読書放棄、その後中高時代は「純文学の作品名は『暗夜行路』や『人間失格』みたいに漢字を並べるものだ。こんなふざけた名前の本が読めるか!」と今度は上から目線で逆切れして再び読書放棄、その後本棚から聞こえる漱石先生の「はよ読めぇ」の声に苛まれ続け、今回やっと積ん読解放となった次第です。
 なお同書の奥付けを見ると「1972540円」とあります。わずか540円(当然消費税なし)で45年間もお付き合いできたわけで、こんな経済的(エコノミカル)な本はありません。


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by takeshi_yamagen | 2017-12-11 14:20 | 積ん読・乱読・熟読日記

 17.12.10

 教養書に続いて現代小説編。

「告白」(湊かなえ 双葉文庫)

 積ん読解消で手にとった本。娘を教え子に殺された教師の復讐劇なのですが、「こう来るか!」と思わず唸ってしまったコワ~いラストが待っています。疲れている時にはお読みにならないほうがいいかも…。

「夜想曲集」(カズオ・イシグロ 早川書房) 

「長編はしんどそうや」と思ってまず手にとった今年のノーベル文学賞受賞作家の短編集。結論から言うと前半2編を読んだところで挫折しました。欧米セレブの恋愛物語に感情移入するにはちょっと無理があったようです。


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by takeshi_yamagen | 2017-12-10 20:03 | 積ん読・乱読・熟読日記

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 読書の秋が終わりました。この間読んだ本の中から印象に残った本をいくつかご紹介。
「死ぬほど読書」(丹羽宇一郎 幻冬舎文庫)
 著者の丹羽さんは伊藤忠商事社長などを歴任された、まぁ私たちとは直接縁がない世界で活躍されてきた方です。そんな丹羽さんが赤旗日刊紙に登場(10月17日付)、「世界を屈服させる国ではなく世界が感服する国であれ」と主張されたことに驚いて、「いったいどんな人だろう」と書店で目についた著書を思わず衝動買い。「積ん読はするな」など意見が一致しない点もありましたが、そこは同じ「本大好き」人間の私、思わずうんうんうなずいて「同志愛」を育みながら最後まで読んでしまいました。c0133503_09390919.jpg
「能 650年続いた仕掛けとは」(安田登 新潮新書)
 能に関する「目からウロコ」満載の本。特に世阿弥によって能は受動的に「みられる」ものから主体的に「みせる」ものになり、その伝統を守るうえで家元制度が最適だったとの指摘は重要。芸能者の地位向上を勝ち取りその権利を守る組織までつくったわけで、なんか世阿弥さんが有能な労働組合委員長に思えてきました。
「日本語(上)」(金田一春彦 岩波新書)
 テレビでお馴染みの国語学者金田一秀穂さんのお父様が著された日本語をその起源、リズム、語彙、語彙の特徴などを多言語と比較してあらゆる面から考察した本。
 例えば言葉の性差。日本語は女言葉と男言葉が発達しているため、会話文が続いても誰の発言かおおよそ察しがつくことを「あるフランスの作家が日本の作家たちをうらやましがった」という谷崎潤一郎のエピソードも交えて指摘しています。
 またあれほど名詞の単数・複数形のやかましい英語に疑問文の複数形のないとの指摘も興味深く感じました。日本語の「誰」「誰々」は英語ではすべてwho、「どこ」「どこそこ」はすべてwhereというわけです。
 日本語って奥が深いですね。


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by takeshi_yamagen | 2017-12-06 09:44 | 積ん読・乱読・熟読日記