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カテゴリ:墓碑銘 ー送ることばー( 49 )

自民党元市議木下克重さんが亡くなりました

 19.6.27
 本日午前今春まで自民党の池田市議会議員を9期36年務めた木下克重さんの葬儀に参列しました。
 政治信条は正反対、議会では何度も激しいやりとりを繰り返しましたが、よく「俺は一生自民党貫く。『一筋』では君らと一緒や」と豪語され、12年前の市議選後には「今回こそ共産党つぶそうと思たのに藤原みちこと山元たけしのうるさい二人が新たに通ってきて計画失敗や」と笑いながら嘆いておられました。これらの木下さん流のほめ言葉、ちょっとうれしく思ったことを覚えています。
 私とは出身大学がいっしょ、旅好き、いちびり、いらち、そして少々口が悪いところもいっしょ、それになによりも議会の役割をわきまえその水準を落とさないという思いは一致していました。63歳。若すぎます。合掌。

by takeshi_yamagen | 2019-06-27 18:58 | 墓碑銘 ー送ることばー

合 掌 ―この間の訃報から―

 19.5.27
ケーシー高峰さん
「体に取り入れられたたんぱく質はおよそ四日間体内に残ります」‘(ふ~ん)「これを医学用語で『たん泊4日』と言います」(どっか~ん)。高尚な?話だと思わせておいて一気に落とすその話術はお見事でした。私もその「落差」を会得すべく日々精進を重ねて参ります(4月8日85歳)。
黒姫山関
 なんとも親しみやすい顔立ちもあって密かに応援していた黒姫山関。私は勝者インタビューで「まぐれです」を繰り返す姿が印象に残っています、あれは謙虚さの表れだったのか、それとも単なる口下手だったのでしょうか。70年代の角界を彩った個性派力士がまた一人逝ってしまわれました(4月25日70歳 07/10/6付当ブログ参照)。
降旗康男監督
 更生かなわず結局人を再び殺めてしまう男(冬の華)、不貞を働いた妻を許せず旅に出る男(駅 Station)、生まれて間もなく亡くなった娘を忘れられない男(ぽっぽや 鉄道員)、結婚後もかつての恋人を思い続ける男(居酒屋兆治)―、切なくてやりきれなくて、だからといってどうすることもできない人生を抱える男たちばかりが主人公の降旗作品。昔はじれったく思ったりもしたのですが、最近は少しずつ感情移入できるようになってきました。ちょっとは私も成長したのでしょうか(5月20日84歳 14/11/30付当ブログ参照)。



by takeshi_yamagen | 2019-05-27 07:26 | 墓碑銘 ー送ることばー

これを私淑というのでしょうか ―直木孝次郎先生の逝去にあたって―

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 古代史家の大阪市立大学名誉教授直木孝次郎先生がなくなられました。享年100歳。
 私は学生時代、日本史の古いところを勉強していたのにも関わらず、屯倉、県主、国造などの用語がなにを読んでもよくわからず、悩んでいた時期がありました。そんなスランプを救ってくださったのが先生の著書の数々でした。先生の文章は、たとえそれが学術論文であっても論旨明快、ページをめくるたびにそれこそ水が砂に浸みこむように私の古代史の理解は広がっていきました。「えらい先生の文章はむずかしい」との私の漠然とした先入観は打ち砕かれ、むしろ逆であることを先生から教わりました。
 私のもう一つの先生像は「闘う直木孝次郎」です。先生は以前から各地の遺跡保存運動に携わってこられたのですが、2008年に橋下知事が府立弥生文化博物館の廃止を含む見直しを表明した時には「戦争の惨禍を経験した日本人はその誤りを繰り返さないために過去を学ぶことの重要性に気づいた。歴史から学ぶことはたくさんあるが、書物だけでは限界がある中で、博物館の重要性はますます高まっている」と指摘したうえで、「(博物館廃止は)秦始皇帝の焚書坑儒にも比すべき暴挙」と批判されました。各種選挙で日本共産党への期待を表明してくださったのも嬉しかったです。
 肉親や友人の時とは違う、私淑していた先生との別れの寂しさに私は今浸っています。
 先生―一度もお話したことがないのに、そう呼ぶのはおこがましいのですが―本当にありがとうございました(写真はわが家の本棚にあった先生の著書。未読のものもあり、選挙が終わったらゆっくり読みたいと思います。08/4/16当ブログ参照)。



by takeshi_yamagen | 2019-02-19 13:19 | 墓碑銘 ー送ることばー

大先生の逝去

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 18.12.31

 この師走、ほぼ1世紀生き抜かれた各界の先生の訃報が続きます。

 古代史の家藤間生大さん(10 105歳)、教育学の大田堯さん(23 100歳)、そして経済学の一ノ瀬秀文さん(2596歳)です。

 藤間さんは日本史の古いところを勉強していた関係で、大田さんは一時期ちょっと必要に迫られて岸本 裕史さんの「見える学力、見えない学力」、灰谷 健次郎さんの「兎の眼」をはじめとした教育関係の本に目を通した際に、各々その著書を拝読した…、はずでした。実際FBでも「(藤間さんの)ずっと昔読んだ本、再読させていただきます」と書いてしまっていたのです。しかしわが家をいくら探しても先生方の著書がありません。私は本は原則購入する方なので、家にないということは元々読んでなかった可能性が高いということになります。

 自身の記憶力に関してほとんど疑心暗鬼になっている時に、一ノ瀬秀文さんの「帝国主義論の学習」(新日本新書)が本棚の奥からポロッと出てきました。こちらは赤線も引っ張っているので読んだことは間違いありません。まずは一安心といったところですが、その内容についてほとんど覚えていないことが判明しました(ちなみに一ノ瀬先生には民青の学習会で直々に講義を受けた記憶もあります。35年前の話です)。

 御長命の大先生の著書については、読んでないのに読んだ気になっているか、読んだことを忘れてしまうぐらい自身の血肉になっているか、どちらかなんでしょうね。 


by takeshi_yamagen | 2018-12-31 16:43 | 墓碑銘 ー送ることばー

浅野さん、ありがとうございました

 18.9.14
 若い頃からお世話になってきた浅野弘樹さん(元府会議員)の訃報を今日の「赤旗」日刊紙で見つけました。10日に亡くなられたとのこと。享年90歳。
 浅野さんからは共産党の旧豊能地区委員会時代に折にふれ党の方針のことから一般常識(例えば電話の受け答えなど)に到るまでさまざまなアドバイスを受けてきました。
 いつぞやの府議選の集会で寸劇をすることになり「浅野やから『忠臣蔵』しよう」と話をすすめていたところ、それを聞いた浅野さんは「最後切腹せなあかんなぁ」と苦笑い(私たちは「忠臣蔵」のストーリー全体に思いが及んでいなかったのです)。あわてて変更した演目がなぜか「遠山の金さん」。全くちぐはぐでお粗末な話ですが、今となっては懐かしい思い出です。
 また、ある集会で披露された「太平洋戦争末期、江口朴郎先生(西洋史家 後東大名誉教授)が教壇から『この戦争は負ける』と宣言し、『私の発言を快く思わないのなら当局に告発してもかまわない』と続けられたのですが、誰一人そんなことはしませんでした」との兵庫県の旧制中学校時代のエピソードは私の記憶に強く残っています。
 そして晩年は同じ豊中市庄内に住まう父と懇意にしてくださいました。
 浅野弘樹さん、長い間ありがとうございました。どうか安らかにお眠りください。
by takeshi_yamagen | 2018-09-14 19:04 | 墓碑銘 ー送ることばー

最期までカッコよくヒデキは逝きました

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 18.5.18
 若いときも、結婚されてからも、病に倒れられてからも、とにかくカッコよかった西城秀樹さんが一昨日亡くなられました。

 思い起こせば40年余前、ヒデキはクラスの女の子の圧倒的な支持を得ていました。僕の認識では秀樹派5割、ひろみ派2割、五郎派1割、その他2割(あいざき真也、城みちる、豊川誕等々、ちょっとおませなごく一部が沢田研二)といったあたりがクラスの女子のアイドル勢力分布図であったと思います。

 運動神経抜群だったわけでもなく、勉強がとびきりできたわけでもなく、精悍なマスクであったわけでもない、まぁさえない中学生の典型みたいな存在であった私からすれば、女の子たちがヒデキのことを嬉しそうに話しているのを聞いて「神様って不公平やなぁ」と身分不相応の?嫉妬の念すら覚えていました。

 でも、そんなもてない寂しい男子中学生の目からみてもやっぱりヒデキはカッコよかった!とりわけ「薔薇の鎖」でマイクを蹴り上げ歌いだすシーンなど最高でしたね(ですから私の中ではヒデキの代表作は「YMCA」でも「情熱の嵐」でも「傷だらけのローラ」でもなく「薔薇の鎖」なのです)。

 還暦を過ぎて、古希、喜寿、傘寿、米寿、卒寿、白寿になっても女性にもてるカッコいいヒデキでいて、ずっと嫉妬させてもらいたかったです。63歳。早すぎます。合掌。


by takeshi_yamagen | 2018-05-18 14:10 | 墓碑銘 ー送ることばー

鉄人衣笠祥雄さん死去

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 18.4.25
 元広島カープの「鉄人」衣笠祥雄さんが亡くなりました。享年71歳。1月になくなった星野さん同様ちょっと早すぎます。
 私が野球に関心をもちだした1970年頃にはすでにスター選手だった衣笠さん、さすがに引退から30年も経つと細かいことは忘れてしまいましたが、代名詞ともなっている投手との真っ向勝負のフルスイング(私はいつもその姿を元阪神のカークランドと重ねていました)はもちろん、打席の素振りすらきびきびしてかっこよかったこと、1975年の初優勝までは広島のチーム自身が弱かったので孤軍奮闘とうイメージが強かったのですが、その後は某在阪球団が度々えらい目にあったことが記憶に残っています。
 また衣笠さんは「しんぶん赤旗」日曜版で1997年から今年の4月1日号までの約21年間「鉄人衣笠 フルスイング」を200回にわたって、こちらも連続試合出場同様休まず執筆してくださいました。衣笠さんが野球選手、特に新人選手に注ぐ暖かい眼差しを感じ爽やかな読後感を毎回覚えたものです。
 衣笠さん、安らかにお眠りください。合掌。






by takeshi_yamagen | 2018-04-25 19:56 | 墓碑銘 ー送ることばー

大杉さんは風のようにふっと去っていかれました

 18.2.25
 俳優の大杉漣さんがロケ先で急逝されました。テレビ関係者のインタビューを見ていても、「へ?」といった感じで、どなたもその死を実感なさっていないように見受けられました。
 かくいう私も演技派の脇役ということ以外には大杉さんのことをあまり存じ上げず、どの映画で誰の役をやっていたか示せと言われても詰まってしまいます。恥ずかしながら劇場まで見に行ったのにもかかわらず「シン・ゴジラ」で総理大臣役をしておられたことすら忘れていたのです。
 主役をひきたてて、いい作品を作り上げるためにはどんな役も引き受ける―、その姿勢から大杉さんは「三百の顔をもつ男」と言われていたとのこと。その脇役人生から考えるに「控えめな存在感だけで十分、出演作品が覚えられているかいないかなんてあまり関係ない」と考えておられたのかも知れません(私の贖罪もこめた推測です)。
 そしてその最期にあたってもあくまでも控えめに吹き抜ける風のようにふらっと逝かれた大杉さん、今頃は同じく脇役仲間で急逝された阿藤海さんなんかと再会されているかも知れませんね。
 安らかにお眠りください。



by takeshi_yamagen | 2018-02-25 11:04 | 墓碑銘 ー送ることばー

お世話になった方の訃報が続きました

 17.6.11
 少し前に亡くなっていた方も含め6月に入って訃報が多く届いています。
 ごくご近所にお住まいのTさん、石橋の不動産屋さんのAさん、文房具店のSさん、そして元大阪府会議員の松室猛さんです。
 私が小さい頃から個人的にお世話になった、あるいは石橋の発展のために尽力してくださった方々ばかり。ご冥福をお祈りいたします。

 教育大池田小事件から8日で16年―。
 校門脇の碑の左右に設けられた献花台の前で静かに手を合わせてきました。亡くなった子どもたちの一人は息子と同じ年齢です。生きていたら青春を謳歌していただろうと思うと、流れるものを押さえることができませんでした。安全な学校つくりに今後も努力していきたいと思います。
by takeshi_yamagen | 2017-06-11 20:28 | 墓碑銘 ー送ることばー

さようなら、菅井えりさん

 箕面高校の同級生の歌手菅井えりさんの逝去から十日余りたちました。年末年始に思ったことを少ししたためてみました。

            菅井えりさんへ

始まりはおよそ四十年前―、大阪府立箕面高校。
何十回となく、間違いなく会っていました。
一度ならず、なにかの拍子に袖触れ合うこともあったかもしれません。
そう、廊下で、体育館で、そして校庭で…。
でもただの一度も、面と向かって話すことはありませんでしたね。
二回目は昨年十月―、FB。
わずか二言三言、メッセージ欄でやりとりを交わしましたね。それがあなたとの最初で最後の「会話」になってしまいました。
そう、たった二回だけ。長く大きな楕円を描く二人の人生の軌道が重なりあったのは…。
だから一たび、逝去の報に接しても私は号泣することはありませんでした。
追悼のこの一文を書くことすら「お前にそんな資格があるのか」との謗りを受けるかもしれません。
でも一回も互いの人生の軌道が重ならない人のほうが圧倒的に多いわけですから、これってやっぱり得がたいご縁だったんだと、今、確信するに到りました。

音楽への造詣ほとんどゼロの私だけども、あなたの歌声を生で聴きたかった。
音符の読めない私だけれども、熱く音楽について語るあなたの姿に触れたかった。
そしてあなたとまったく違う世界で生きてきた人間だからこそ、あなたの創作意欲をいくばくなりともかきたてる新鮮な話の一つや二つはできたのではないか―、それは私の思い上がりでしょうか。

今、此岸に残されたものにできることは、
いのち続く限り、あなたのことを忘れないこと、
いのち続く限り、精一杯に、楽しく生きること、
そしてあなたの楽曲を折にふれ聴かせてもらうこと―、そう、いのち続く限り…。
あまりにありふれた結論ですが、私は心からそう思っています。

そんなこんなを考えているうちに、十日余りが過ぎました。
胸の奥から染み出す悲しみに静かに浸りながら、私はこの一文をしたためています。
さようなら、菅井えりさん。やすらかにお眠りください。
                     (菅井さんの五十六回目の誕生日に)
 
by takeshi_yamagen | 2017-01-06 10:04 | 墓碑銘 ー送ることばー

日本共産党 大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります


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