山元たけしの あの日その時、そしてこれから


日本共産党 前大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります
by takeshi_yamagen
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新型インフル警報レベル フェーズ5に引き上げ、今すべきことは?

 09.4.30
 WHOが本日午前5時(日本時間)、新型インフルエンザの警報レベルをフェーズ5に引き上げました。
 今すべきことは?
・手洗い、うがいの励行
・外出時のマスク着用 (玄関前にビニール袋を吊り下げておいて、一度使用したら必ず密閉して捨てる)
・食糧・水などの備蓄
・常備薬の補填(少しくらい薬が残っていても、かかりつけ医に申し出て1か月分くらい処方してもらいましょう)

 池田市が新型インフルエンザ対策本部を設置  
 30日午後、池田市は市長を本部長とする「新型インフルエンザ対策本部」を設置しました。当面、情報の収集と、国内発生時の準備、市民への周知徹底、発熱外来の準備などを行なうとのこと。
 なお、相談窓口は以下のとおりです。

 大阪府電話相談窓口
  電話番号 06-6944-6791 【専用回線】
  受付時間 24時間対応
  大阪府健康医療部保健医療室地域保健感染症課

 池田保健所電話相談窓口
  電話番号 072-751-2990
  受付時間 午前9時~午後6時まで

 池田市電話相談窓口
  電話番号 072-754-6034
  池田市保健福祉総合センター内 健康増進課受付時間午前8時45分~午後5時45分

 厚生労働省
  電話番号  03-3501-9031
  受付時間  午前9時~

 日本共産党池田市議団として対策本部を設置
 30日午前10時、日本共産党池田市会議員団は緊急に会議を開き、議員団としても「対策本部」を設置することにしました。
 早速、玉手市長公室長、桝野次長、高橋危機担当官に緊急の申し入れを行ない、池田市の対策について聞き取りを行ないました。
 議員団が設置した対策本部でも当面、情報をいち早くお知らせすることや市民のおかれている現状についての情報の収集をおこない、池田市の対策本部と連携をとりながら対策をとっていきます。

 あわてて病院へ行かないで!!
 池田市は、保健福祉総合センターで「発熱外来」に備えるとしています。
 熱がでたり、体の節々が痛いなど新型インフルエンザの疑いを持った場合は「電話相談窓口」へ電話で相談をしてください。あわてて病院へ行っては、感染を拡大することになりかねません。電話相談の上、保健福祉総合センターに設置する発熱外来へ行ってください。
 あわてず冷静に行動しましょう。
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by takeshi_yamagen | 2009-04-30 18:03 | 新型インフルエンザ情報

メーデー前夜祭に参加しました

 09.4.29c0133503_11383215.jpg
 27日夜は石橋会館で開催された豊能地区メーデー前夜祭にお邪魔。50人近い参加者を前に、この間の池田市議会を中心とした労働者の生活と雇用を守る戦いについて報告させていただきました。続いて報告があった各地の粘り強い闘争にはいつもながら励まされます。
 ところで、今回の前夜祭には解雇撤回を求めて戦う中国人のZさんも参加、まさに海を隔てかいな結びゆく前夜祭に。当然、最後は「インターナショナル」の大合唱、参加者一同決意を固めあいました。
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by takeshi_yamagen | 2009-04-29 01:01

獣も魚も鳥たちも、能勢ではまだまだ元気です

 09.4.27
 この能勢の選挙。私も少しお手伝いで行きましたが、町政や選挙以外の事務所の話題はやはり能勢の大自然のこと。「初めてキツネの親子を見た」「夜、車のライトの前に大きなイノシシが出てきて、危うく轢きそうになった」等々…。
 ケモノだけではありません。
 集落にビラまきなどでお邪魔すると、ちょっとした溝にもフナやオイカワらしき魚が群れ、よく見るとイモリも結構います。やや上流の清水ではサワガニも石の間から顔を見せていました。さらにドジョウの生息地も二箇所ほど発見、捕まえようと手を伸ばすとすばやく泥の中に逃げられてしまいました。
 どれもこれも池田では姿を消してしまったか、少なくなっている小動物ばかり。当然それらを狙うシラサギやゴイサギ、トンビなど、鳥たちの姿もあちこちで見かけました。
 選挙でともにがんばった地元出身のK島君によると、農薬の使用が少なくなって、ほ場整備も一段落したからか、また魚やカエルが増えているように思う、とのこと。嬉しい限りです。
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by takeshi_yamagen | 2009-04-27 12:29

高木のりおさんが当選!能勢の共産党の議席を守り抜きました

 09.4.27c0133503_21372984.jpg
 26日、能勢町議会議員選挙で日本共産党の高木のりおさんが初当選。共産党の議席を守り抜きました。高木さんは若い頃は労働組合で職場の要求実現の先頭に立ち、その後は池田民主商工会会長として業者の利益を守って奮闘し、能勢に転居後は地元宿野地区の高圧送電線問題解決に奔走されてきた方です。
 この労働運動、業者運動、さらには住民運動での経験を生かして、今度の活躍の場は能勢町議会、がんばってください。
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by takeshi_yamagen | 2009-04-27 12:23

わが青春の石橋15 新しい小学校で柵越えホームラン

 09.4.27
 そのカルピス池。埋め立てられて小学校ができるらしい。
 学校が近くなっていい、と思う反面、北豊島小学校の友だちともうすぐお別れかぁ、との思いも拭いがたく、結構複雑な心境だったことを覚えている。
 ところが、新しくできる石橋南小学校は新4年生までを受け入れて開校するとのことで、結局新5年生となる私たちは引き続き20分かけて北豊島小学校に通うことになった(つまり、私たちが石橋に住む北豊島小学校の最後の卒業生となったわけである)。
 そんなこんなで、私は石橋南小学校の校舎で学んだ経験はないのだが、その校庭は毎日のように草野球で使わせてもらっていた。
 ある日、ジャストミートした私の打球は、田淵幸一を彷彿とさせる大きな放物線を描きながらそのまま外野の後のプールに吸い込まれ、プールサイドで大きく跳ねた。おそらく生涯で唯一となるであろう柵越え本塁打、私は小躍りしながらダイヤモンドを回った。センターを守っていた友人のK田君の所在なげな姿を、今でもはっきり覚えている。 
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by takeshi_yamagen | 2009-04-27 12:21 | わが青春の石橋

わが青春の石橋14 カルピス池

 09.4.19  c0133503_13301262.jpg               
 現在の石橋南小学校の一画は、1972年に学校が開校するまでは南北に長い結構大きな池だった。正式名称は「前池」と言ったらしいのだが、かつてカルピスの大きな看板が堤の上に立てられていたことから、皆「カルピス池」と呼んでいて、正式名称で呼ぶ人は、私の知る限り誰もいなかった。
 さて、このカルピス池。まわりの堤は傾斜が急だったので水辺に降りることができず、子どもたちにとって身近なわりにはおもしろくない池だった。しかし、潜って次にどこから顔を出すか、なんて考えながらカイツブリらしい水鳥を観察していたことを覚えているから、子どもたちはそれなりに自分たちの遊びにこの池を取り入れていたのであろう。 
 また、今は全く涸れてしまったが、池のすぐ北側の溝は私が小学生の頃までは結構水量があり、そこに設けられていた小さな堰の淀みにはミジンコが無数に発生していた。私は専ら飼っていたカメのえさ用にすくって持って帰ったが、石橋商店街のペットショップに持ち込んで小遣い稼ぎをしていた子もいたようだ。御近所のMさんに伺うと、もっと以前はホタルが乱舞することもあったとのこと。
 ところで、ひとつ疑問に思うのはこの池の正式名称である「前池」の由来。一体何の「前」だったのだろうか。御存知の方おられたら御教示ください。

 
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by takeshi_yamagen | 2009-04-19 22:09 | わが青春の石橋

母の友だち

 09.4.17c0133503_13334743.jpg                 
 もうひとつだけ、母の話をさせてください。 
 母の死去を先月30日にブログに書いたところ、数人の方からお悔やみのメールを頂戴しました。そこには前の職場の上司や、しばらく会っていない小中学校時代の友人など、思いがけない人の名前もあり、恐縮の極みです。また、中学時代の恩師の先生からは丁寧なお手紙を頂戴し、先生が母と学校で会われた際の思い出を教えていただきました。その後も「新聞の死亡記事を見ました」「お母さんには本当によくしていただいたのよ」と幾人もの人が話しかけてきてくださいました。皆さん、本当にありがとうございます。
 お話を聞いて改めて思うのは、母は友だちが特に多かったというわけではないのですが、決して友だちをわけ隔てしなかったということ。相手の家柄や職業、学歴、支持政党などお構いなし、様々な理由でまわりから少し疎ましく思われていた人とも母は結構なかよしでした。また、自分から友人関係を絶つようなこともなかったようです。
 そんな母の性格がふわっとした安心感を醸し出していたからでしょうか、知り合いの子をしばらく預かることがちょくちょくありました。学校から帰ると知らない子が家の中を走り回っていて、驚く私に「ちょっと忙しいから見といてくれへんて、○○さんから言われたんや。かわいい子やろ」と嬉しそうに話していたことが思い出されます。
 説教するようなことは一度もなかったけれど、母は態度で人との付き合い方の基本を教えてくれました。
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by takeshi_yamagen | 2009-04-17 12:30 | 山元のすべらない話

母は笑って手招きしてくれました

 09.4.16                 
 親不孝の極みとはこのことでしょうか。
 近年はともかく、最も母を困らせ、そして最も母に世話になった私の幼少期や小学校時代の母の姿を、ほとんど思い出せないのです。母は決して社交的な人間ではなく、ずっと専業主婦で家にいたから、料理をつくる母、掃除をする母、そして洗濯をする母の姿は、日常生活で毎日繰り返される、あまりにありふれたものだったので、記憶のひだに残らなかったのでしょうか。
 ただ、小学校の最初の登校日の一瞬をなぜか鮮明に覚えています。
 重いランドセルを背負って一人帰路を急いでいた私は、通学路の向こう側からにこにこと笑って手招きしながら、足早に歩み寄ってくる母の姿を見つけました。学校が遠かったこともあって、母としても心配だったのでしょう。そう言えば、道で親しい人に出会うと挨拶代わりに軽く一度手招きするのが母の癖でした。
「学校どうだった?」などと母は私に聞いたはずですが、そのあたりの会話は記憶に残っていません。実は不安と緊張でいっぱいだったのに、私は「大丈夫だよ」なんて強がった返事をしたかもしれません。
 最近、石橋の街でおかっぱ頭の小柄なお年寄りを見かけて、はっとする時があります。しかし、その誰一人として笑って手招きはしてくれません。
 あぁ、母さん、やはりもうあなたはいないんですね。 
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by takeshi_yamagen | 2009-04-16 16:01 | 山元のすべらない話

やはり少人数学級の拡大は切実な要求です

 09.4.15                 
 今春中学3年、受験生になった息子。生徒が少し増えた関係で、彼の学年のクラス数が3から4になりました。
 40人が基準のクラス編成なので、生徒数が120人を少しだけ切っていた昨年までは1クラスほとんど40人だったのが、今回30人から31人となったわけです。
 しかし、私たちが要求している35人学級を中学校まで拡大したならば、昨年でも4クラス、30人学級ならば今年は5クラス(1クラス24人)となるわけです。1クラス40人の頃のぎゅうぎゅう詰め状態を知っているだけに、先生方がきめ細かい教育を行ううえで少人数学級の拡大は切実であることを実感しています。
 とにかく、これでうちの息子も少しは成績が伸びてくれればいいのですが、「クラス増えたな」と話をふっても「そやな」というだけで、本人は関心なさげです。

 
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by takeshi_yamagen | 2009-04-15 17:37

蘇州市の市長さんとお会いしました

 09.4.13 c0133503_16564249.jpg                
 午後、池田市の姉妹都市である中国蘇州市の閻立(イェン・リュウ)人民政府市長を始めとした9人の代表団が市役所を表敬訪問され、市役所3階議会会議室で御挨拶を交わすことになり、私もお邪魔しました。
 日程表を拝見すると、日本では大阪、名古屋、東京と移動され、その後オーストラリア、ニュージーランドを回って24日帰国の強行軍。企業誘致が目的のようで、各地で企業訪問が組み込まれており、閻市長の挨拶も経済問題に主眼が置かれていました。市長が先頭に立っての精力的な誘致活動に、中国の急速な経済発展のエネルギーを垣間見ることができました。
 結局、市長とは「1993年に蘇州に行ったことがあります」「そうですか、またぜひお越しください」など二言三言交わしただけでしたが、私と同い年の若い市長には大変親近感がもてました(写真は市役所玄関前で池小児童の歓迎を受ける閻市長)。
 大家、請在池田過得愉快吧!(皆さん、池田で楽しくお過ごしください)
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by takeshi_yamagen | 2009-04-13 16:55 | 池田市議会 ここだけの話