山元たけしの あの日その時、そしてこれから


日本共産党 前大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります
by takeshi_yamagen
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わが青春の石橋17 北小の榎

 09.10.31    
「なんや、この学校は?」
 わが母校北豊島小学校を初めて訪れた人が、その校庭を眺めて驚かれることがよくあった。校庭のほぼ中心に大きな榎の木があったからだ。子ども達にとっては見慣れた風景だったが、確かに知らない人から見れば奇異に映ったかもしれない。
 この榎、運動会で直線コースを取る時などは邪魔になることもあったようなのだが、夏の体育の授業の時などは、ちょっと疲れを癒すのにちょうどよい木陰をつくってくれていたことが、今でも思い出される(さすがに登っていこうとする子はいなかったが…)。
 このように、子ども達に愛された、北小のシンボルとも言える榎だったが、10年ほど前ついに切り倒されてしまった。聞けば腐朽が進んで危険な状態になっていたとのこと。
 学校時代の風景がまた一つ消えてしまったのは、やはり寂しい。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-31 02:32 | わが青春の石橋

市長与党が共産党の質問をいかに恐れているか ー決算委員会を終えてー ②

 09.10.29              
 議員の発言権は保障されなければならないことを確認したうえで、彼らの言い分を少し検討してみましょう。  
 まず、彼らは質問時間が長いことを、さも議事進行の妨害であるかのように描き出します。しかし、質問時間が長いのはしっかり審査しようという姿勢の表われ。とりわけ一般会計だけでも300億円を超える市民の血税がちゃんと使われていたのか審査し、今後の市政に生かしていく委員会ですから、時間がかかるのは当たり前ではないでしょうか。終了が夜遅くなる云々というのなら、二日に分けるなどの工夫をしていけばいいだけの話です。    
 また、「こんなこと、委員会で聞かんでも、担当者に会いにいったら教えてくれるやないか」という批判もありました。なるほど、教えてくれるでしょうし、実際質問前に担当課に足を運ぶことはよくあります。しかし、その場限りの立ち話の類と、議事録に残る議会での発言とでは責任の重みが違うことは、ちょっと考えればわかることですね。
 彼らが、市民の声に依拠した共産党の質問をいかに恐れているか、再認識した決算委員会でした。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-29 06:03 | 池田市議会 ここだけの話

市長与党が共産党の質問をいかに恐れているか ー決算委員会を終えてー

 09.10.29              
 23日から始まった2008(平成20)年度決算委員会が昨日終わりました。 
 今回の決算委員会で気になったのは市長与党議員の共産党議員の質問に対する執拗な妨害です。
 26日の厚生関係でもその兆しはあったのですが、27日の文教・病院関係の質疑ではさらにエスカレート。「一人の質問時間が長すぎる」という声が出て、わが党の難波議員の質問を大声で妨害する野次が飛び交い、質問や答弁の声が聞こえなくなる中、なんと委員長(公明党)が難波議員の質問を打ち切り、議員の質問権を封殺するという暴挙に出ました。委員長は委員会の議事進行をはかり、委員会における議員の質問権を保障するという役割があるわけで、その役割を彼は自ら放棄してしまったわけです。なお、この委員長は、昨年度、総務委員長を務めていた時も私の質問をしきりに妨害した人物であることも付け加えておかねばなりません(09/3/26付ブログ参照)。
 さらに共産党の議員の質問封殺の動きは、総務関係を審議した昨日の決算委員会でも続きました。
 今度は自民党の議員です。「質問は1時間で終われ」など、私の質問に干渉する不規則発言を繰り返し、最後は「頭悪いなぁ」とまで言われてしまいました。どうも私の質問が的を射たものであったことがかなり気に障られたようです(!?)。 
 ところで、彼の「人格否定発言」を聞いて思ったのは、他人を罵倒して自らを押し出す…、そんな人生だけは送りたくないなぁ、ということ。いい反面教師になってくださいました。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-29 05:45 | 池田市議会 ここだけの話

やっかみではなく、クライマックスシリーズには反対です

 09.10.25
 クライマックスシリーズ(CS)は日本ハムと巨人が優勝し、今年のプロ野球も日本シリーズを残すのみとなりました。
 ところで、このCS制度、私は反対です。
 まず、冗長。本番のペナントレースが終わって2週間、10試合ほどあって、さらに日本シリーズですから、日本シリーズがおまけのように思えてきます。少なくとも私の中では昔のような日本シリーズに対するわくわく感が最近は失せてしまっています。
 そして、なによりも、今年はともかく、やはり1等賞にならなかったチームが日本シリーズに出場可能な制度自体が、スポーツマンシップと矛盾すると思えるのです。1等賞どころか、今年のヤクルトのようにペナントレースで半分も勝てなかったチームすら日本シリーズに出場する場合もあるわけです。そうなると全く興ざめ。1等賞になったチームがプレーオフで激突するかつてのパリーグの前期・後期制の方がまだましです。
 CS制度は消化試合を少なくするためとの意見もありますが、タイトルのかかった選手や普段あまり出場機会のない選手が、試合の勝敗をあまり気にすることなくのびのびがんばったりして、消化試合もそれはそれで結構楽しんでいたものです。
 私の意見は原則論すぎると言われるかもしれません。
 しかし、今回巨人や中日のCSの観客数が伸びなかったのも、私のようにCSに対して一種の胡散臭さを感じている方が多いことの反映だとみているのですが、いかがでしょう。主役の選手の皆さんの本音も聞いてみたいところです。
 なお、私見が在阪某球団がCSに出場できなかったことに対するやっかみでないことだけは、最後に付け加えておきます。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-25 10:25

顔も覚えず、大きな顔はできません

 09.10.24
 先日、ある市の行事に参加した時、挨拶をしてくださる男性がいらっしゃいました。しかし、どなたか思い出せず、「市会議員をしております山元です」ととりあえず名刺を差し出すと、相手は少々怪訝そうな顔をされました。しばらくおいてから、その男性が毎週のように顔を合わしている市の職員のTさんであることに気付きました。その場に来ておられるとは思いもよらなかったのと、市役所内と違い、大変ラフな恰好をされていたのでわからなかったのです(今となっては言い訳にしかなりませんが…)。
 また、あるお宅を訪問して出てこられた御婦人が、かかりつけの医院で働く看護婦のKさんであることに気付かなかったこともあります。Kさんは、私の頭の中では白衣のイメージしかなかったのです(これも言い訳)。
 議員仲間にその話をすると、相手から挨拶されてどこのどなたかわからないことはよくあるというのでちょっと安心しました(もっとも、あんたの例はひどいなぁ、とも言われましたが…)。
 市民の皆さんの顔と名前をしっかり覚えるよう、今後とも努力していきますので、挨拶された際に、私がぎこちない動きをした時はあまり深く追究しないで(!?)、しばらくは暖かく見守ってやってください。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-24 05:16 | 建声元語 ―よもやま話―

町田は大きな町だ ーキーワードは乗り換えと一極集中?ー 

 09.10.23
 今回の視察では東京都町田市で一泊しました。初めて訪れたこの町田市、驚いたのはその人の多さ。駅前は人と触れずに歩くのが困難なくらいです。垣田千恵子委員長と「祭みたいやなぁ」「これは100万都市の人出やで」などと思わず話しあってしまいました(町田市の実際の人口は40万人です)。
 改めて町田市の地図を広げて考えてみると、町田は横浜から続くJR横浜線と新宿から続く小田急線の交差する町。東京と横浜の双方からの乗換客は一旦町田で電車を降りねばなりません。また、市の中心付近に位置するのはこのJRと小田急の両町田駅だけで、勢い商業施設も市役所をはじめとした公共施設も同駅周辺に集中してしまっているようです。そこが、官庁は岡町、商業は庄内、バスターミナルは豊中、鉄道の乗り換えは蛍池・千里中央といた具合に同じ40万都市でありながら、駅ごとの「役割分担」がなんとなくできている豊中市などと大きく違う点ではないでしょうか。
 そんなこんなで町田の駅前は今日も人で溢れかえっているのです。 
 初めての町で感じたことを、地政学的にあれこれ分析するのは結構おもしろいものですね。 
 
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by takeshi_yamagen | 2009-10-23 02:25

市民参加と代表性 ー狛江市の総合計画に学ぶー

 09.10.22
c0133503_181936.jpg 地方自治体は、今後10年、20年の市政のあり方を示した総合計画を作成します。池田市でも2011年度からの第6次総合計画を作成中です。
 さて、20日に訪れたのは東京都狛江市。同市では池田市に1年先立つ形で2010年度から始まる第3次基本構想の作成が進められています。
 市民参加で基本構想つくり
 お話を伺って大変参考になったのはその作成段階では学識経験者や行政関係者のみならず、市民の参加を大変重視していることです。
 市民フォーラムの開催、パブリックコメントの設置はもちろんのこと、基本構想の元になる基本計画の策定に到る審議会や、その分科会など各段階で市民参加を進めています。その委員の募集も、自ら応募してきた方(公募市民委員)以外に、無作為抽出した市民に案内を送ってまでして応募を呼びかけているという念の入れよう(一般市民委員)。小中学生の意見も大いに参考にしているとのことでした。
 このように市民参加の重視は、基本構想の作成のみならず狛江市政を貫く基本姿勢のようでしたが、参加する市民が固定化してしまう傾向がある、自らの意見が通らないと「市の市民参加は不十分」といった主張をする人がいる、などといった苦労話も伺いました。
 しかし、狛江市の評価できることは、たとえ意見が衝突することがあったとしても、市民との話し合いを粘り強く繰り返されたことです。その結果、「市に言うだけでなく自分たちも動こう」という機運が生まれ、基本計画作成の過程でも市民が無報酬で自主的に審議会を開いてくれるまでになったという話は感動的ですらありました。
 代表性の有無
 市民参加とともに狛江市から学ぶべきだと感じたことは、代表性を重視している点です。審議会その他での市民の意見はそのままでは決して市民全体の意見とはなり得ず、それが市民に選ばれた、つまり代表性を有する市長や市議会議員の判断との間にある決定的な違いであるとの認識です。平たく言えば、市政の様々な局面で市民の参加を積極的に行い、市側も十分耳を傾ける、しかし、最終的な判断は市当局と市議会が行うということ。
 この狛江市の原則を踏まえた柔軟な市政運営は、池田市の地域分権制度を考える上でも大変参考になるのではないでしょうか。
 なお、狛江市は絵手紙発祥の地です(写真)。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-22 11:50 | 園芸高校と総合計画

鎌倉市の防災行政

 09.10.20c0133503_16191347.jpg
 19、20日と総務常任委員会の行政視察で神奈川県鎌倉市と東京都狛江市を訪ねました。
 19日は鎌倉市役所へ。視察のテーマは同市の防災システムです。
 市の担当者の方から防災時の情報を瞬時に放送で市民に伝える防災行政用無線局を市内に128基設置し、さらに市民の携帯電話に直接メールで配信するシステム(鎌倉市防災・安全情報提供システム)を進めている、などといったお話を伺いました。
 同時に、出水時は河川の氾濫よりも下水の溢水の方が心配なのだが、それは構造的な問題なので、すぐには解決できない、防災行政への自治会の協力の度合いが地域によって温度差がある、さらには鎌倉市防災・安全情報提供システムが2%の普及率にとどまっている、などといった問題点も多いとのことでした。
 また、海辺のビルなどに津波発生時の避難場所として開放してもらう施策を進めているが、オートロックのマンションの普及もあって、なかなか思うようには進んでいないといった海に面する都市ならではの悩みも印象に残りました。 
 ところで、当日頂いた鎌倉市の防災マップ、これがなかなかの優れもの(写真)。避難先はもちろんのこと、災害時の給水車の出動地点、臨時ヘリポート、さらには土石流災害の危険地域では、その押し寄せる方向まで細かい矢印で記されています。災害時の基本的な情報を一目で知り得ることができ、今後の参考になります。
 折しも鎌倉は秋の観光シーズンの真っ盛り。駅前は行楽を楽しむ人でいっぱいでした。鎌倉市の場合、そんな観光客をも視野に入れて災害時の対策を考えねばならないわけで、担当者の御苦労が推測されました。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-20 22:45

広大な敷地、緑が目にしみます ー府立園芸高校を歩いてー

 09.10.19c0133503_18143371.jpg
 細河地域への移転誘致を求める陳情が出された府立園芸高校、先日久しぶりに伺う機会がありました。
 校内を歩いて改めて感じたのは、甲子園球場三つ分というその広さ。南は北中(豊島北1丁目)前から北は宇保団地(八王寺2丁目)南側まで続く敷地の中には小川(江原川)や池、鬱蒼とした森が点在し、その中ほどには国道まで走っています。市内南部市街地では唯一の大規模延焼火災時の避難先(広域避難地)となっているのも頷けます。
 ひとたび、その校内の森に入るとひんやりとした心地よい風が肌をかすめて吹き抜けていきます。さらにこの広大な園芸高校の約7倍の面積の緑が池田市内からこの10年間で消えてしまった、そのことの重大さも実感できました。
 市長は園芸高校の移転が実現すれば、その跡地で住宅開発を進めたいとの希望を9月議会で表明しました。しかし、大規模災害時に市民はどこに避難すればよいのか、地球温暖化阻止のために誰もが力を合わせなければならない時に、これ以上市内の緑を奪ってしまっていいのか、その跡地利用には、あまりにも問題が多すぎることを、現地で改めて痛感した次第。
 昨日のブログでも触れましたが、なにか問題がおこれば、現場に足を運んで話を聞き、目で見て、肌で感じてイメージをかきたてることが大事であることを、今さらながら思い知った散策でした。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-19 00:26 | 園芸高校と総合計画

近藤義郎先生が亡くなられました

 09.10.18
 史的唯物論の立場から戦後の考古学をリードしてこられた岡山大学名誉教授近藤義郎先生が今春亡くなられていたとの報道がありました。
 私が初めて近藤先生をお見かけしたのは、1980年秋に母校関西大学で開催された考古学協会の大会でのことでした。その冒頭の挨拶で「弥生時代の研究で重要なことは…」と話し始められた先生は、「それぞれが自分の弥生時代のイメージをもつことです」と続けられました。極めて学術的な難しい話をされると思っていた私は、そのやや意外な言葉に拍子抜けしたことを覚えています。
 しかし、まずイメージを持つということは、別に弥生時代、いや歴史の研究に限らず、どんな仕事をするにあたっても大変重要であること、そのためにはできる限り現場に出向くこと、先生の発言の意味がその後の人生で徐々にではありますが、分かってきました。それは市議会議員という仕事も例外ではありません。
 また、楯築墳丘墓(岡山県倉敷市)の発掘調査の見学に訪れた時には、見ず知らずの私を「昼食を食べに行こう」と誘っていただき、岡大の学生さんも交えて近くの食堂で食事をご一緒させていただく機会に恵まれました。おそらく一言二言はお話したとは思うのですが、当方は大先生の前で緊張していたからか、その内容は全く覚えていません。 
 ただ、ヘビースモーカーだった先生は、敗戦直後の京大生時代、食糧難も困ったが煙草がないのがもっと苦痛で、百万遍でやっと手に入れた時は嬉しかったなぁ、とおっしゃっていたことが妙に記憶に残っています。近藤先生と身近にお話したのは、結局その時が最初で最後になってしまいました。
 感銘を受けた論文など、あげればきりがないのですが、今はただご冥福をお祈りするのみです。
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by takeshi_yamagen | 2009-10-18 08:23 | 墓碑銘 ー送ることばー