07.12.28
 21日に12月議会が終わりました、いや、終わっています。
 しかしその後も、共産党の大阪府大会への出席、知事選の宣伝、年末の諸々の集金、さらには予算要望書作成にあたり市民の皆さんの意見を伺いに行ったりと、結構忙しく、本来ならばすぐに議会の結果を報告しなければならないのですが、結局私の一般質問の一部しかブログでは紹介できなかった次第。後日、池田市民の皆さんには『議会報告』の形でお配りすることになると思います。どうかそちらをご覧ください。なお、より早くお知りになりたい方は同僚の垣田ちえ子、藤原みち子両議員が詳細にブログに記しておりますので、まずそちらを覗いてみてくださるようお願いします(ちょっとずるいかな?)。
 そして今日は御用納め。朝は池田民主商工会の対市交渉、午後は1時半からは議員団全員で市長に予算要望、控室に戻って部屋の掃除、訪ねて来られた市の幹部職員の方々との年末のご挨拶と続き、5時半からは大雨の中、石橋駅西口で明るい民主府政をつくる会の宣伝に参加し、帰宅。これで今日は終わりと思っていたら、Aさんから「事務所の鍵がつぶれた」との電話があり、二人で雨中の修理となりました。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-30 13:28

 07.12.22 
 19日付ブログでもお知らせしましたが、20日の一般質問で、池田市における水辺の利用、箕面川の親水公園について、市長の見解を質したところ、「河原へ降りる階段の設置などを(河川管理者である)大阪府に申し入れていきます」と答弁されました。箕面川の公園化への第一歩を踏み出したといえるのではないでしょうか。市民の皆さんの御意見どうかお聞かせください。
 以下少し長くなりますが、私の質問を掲載します(一部修正)。

水辺は憩いの場、街づくりの場、そして子どもたちの感動の場
 水辺は、人々の心なごむ精神的な憩いの場であることは、言うまでもありません。市内においては、石橋小学校区で、箕面川の定期的清掃が行なわれるなど、川を中心とした市民の方々の運動が地道に行われています。
 同時に私が強調したいことは、子どもたちの成長面、教育面における水辺の重要性です。
 池田市内の川や池では、一箇所で、アメリカザリガニ、ヌマエビなどの甲殻類、トンボ類を中心とする昆虫、コイ、オイカワなどの魚類、カエル、クサガメを始めとした両生類・爬虫類、さらにはシラサギなどの鳥類といった動物たち、そして、アシやガマ、ヒシなどの植物など、多様な動植物を観察することができます。
 子どもたちは、これら小動物との出会いをとおして、様々な感動を体験するわけです。その感動が、学校教育における確かな学力にも繋がっていくと思うわけです。例えば、理科で食物連鎖や食物ピラミッドを習う際にも、川や池が身近であった子どもは実体験からして、そのしくみを理解できるでしょうし、ヘビがカエルをのみこんだり、鳥たちが魚をついばむ場面を目撃したことのある子どもなら、そのときの驚き、感動を思い起こしながら授業を受けることができるでしょう。そしてそれが、新たな問題意識、知的好奇心、学習意欲に繋がっていくことは間違いありません。
 水辺での経験、感動はそれ自体目で見えたり、点数で計れるものではありません。しかし、それがテストの点数などの「見える学力」の豊かな基盤となっていくことは間違いありません。 ノーベル化学賞を受賞した白川秀樹さんは、子どもの頃の、小川や田んぼ、山での動植物との出会いが理科が好きになったきっかけと述べられ、「子どもたちの理科離れが心配されているが、子どもたちの多くは生来理科好きで科学に十分興味を持っている。それを伸ばすのは大人の責任である」と言われています。私たちは今その責任を果たすべきであろうと考えます。
 以上のように池や川は、本来の農業用水の供給源ということ以外に市民に精神的なやすらぎを与えるという点でも、まちづくりの核になりうるという点でも、そして子どもたちの成長面、教育面でも大変重要な位置付けを占めていると考えます。
 池田市の池沼や河川をまちづくりに今後どのように活かしていかれるのか、見解を伺います。

箕面川に親水公園を
 溜め池や田んぼがほとんどなくなった今、猪名川や五月山に接していない石橋・豊島地域の子どもたちにとって箕面川はまとまった自然に触れることのできるほとんど唯一の場となってしまいました。 私はこの夏、地域の方と、住吉1丁目の箕面川で川遊びを楽しみました。子どもたちは目の前に次々現れるザリガニやトンボ、オイカワなどに大喜びし、時間を忘れて遊んでいました。皆、異口同音に「また来たい。今度はいつするの」「今度は友達つれてくるよ」と目を輝かせて言ってくれたのが印象的でした(8/24.27付ブログ参照)。
 同時に私が驚いたのは、もうこのあたりではいなくなったと思っていたシマヘビを見かけたことと、本来河口付近に棲息するモクズガニを捕まえたことです。私たちが思う以上に箕面川にはまだ豊かな自然が残っていることを認識すると同時に、この豊かな自然に子どもたちができるだけ恒常的に触れるようにすることが大変重要であると改めて思いました。
 
川を市民に取り戻そう
 実は市民生活や教育への川の活用は、なにも私だけが言っているわけでは決してありません。
 千里川では、豊中市箕輪と野畑、さらには箕面市萱野に子どもたちが川で遊べる親水公園があります。箕面川でも箕面市桜に親水公園が設けられ市民の憩いの場となっています。国土交通省の淀川水系河川整備計画原案では「地域住民の方々に河川への関心を高めるために、都市域のコミュニティー空間として、身近な自然を楽しめ、川と街の一体感が体現できるような河川整備を行う」、さらには「環境教育を推進する場という観点等も含めて「川でなければできない利用、川に活かされた利用」を基本とする」とうたっています。新聞報道によると、東京都も多摩地区36の河川をできるだけかつての状態に戻す方針を固めたとあります。まさにかつてのように人を川から遠ざけるのではなく、川を積極的に街つくりと教育に生かすというのが、押し留めることのできない社会の趨勢となっているわけです。 
 以上の点から、私は箕面川に子どもたちが安心して川遊びができる親水公園のような場を作っていくことが大変重要になってくると考えるものであります。今後の箕面川の整備計画について市の見解を伺います。

池田を水の街、川ガキのあふれる街に
 池田は文字通り、池と田、すなわち古来より水に恵まれた街です。この街を水辺で遊ぶ子ども、いわゆる「川ガキ」があふれる街にしたい、その思いを改めて申し述べて質問を終わります。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-22 16:39 | 市 議 会 日 誌

 07.12.19
 いよいよ明日は、12月議会の一般質問です。私は以下の点について質問します。

 箕面川を市民の憩いと感動の場にc0133503_13474259.jpg
 池田市民にとって、水辺は人々の心なごむ精神的な憩いの場であると同時に、子どもたちの成長、教育にとっても大変重要です。
 水辺に生きる小動物との出会いなどの経験は、学校教育における確かな学力にも繋がっていきます。例えば、鳥たちが魚をついばむ場面を目撃したことのある子どもたちなら、きっとその時の驚き、感動を思い起こしながら理科の環境や食物連鎖の授業を受けることができるでしょう。そしてそれが、彼らの新たな問題意識、知的好奇心、学習意欲に繋がっていくことは間違いありません。水辺での経験、感動はそれ自体目で見えたり、点数で計れるものではありませんが、学校教育の「見える学力」の豊かな基盤となっているのです。
  猪名川や五月山に接していない石橋・豊島地域の子どもたちにとって箕面川はまとまった自然に触れることのできるほとんど唯一の場です(写真)。親水公園などその整備を望みます。
 空港地域の図書館、健康診断のこと
 空港地域の多くの住民の方々が豊中市立蛍池図書館の図書を借りたいという強い要望をお持ちであることを先に指摘したところ、市は豊中市との協議を約束されました。その後の協議の進捗状況を聞きます。
 また、空港をはじめとした隣接市との市境付近に住んでいる市民の中には、隣接市内にある医院をかかりつけ医としている人が多くいます。そういったお医者さんでも健康検診が受けられるようにするため、住民健康診査実施医療機関の指定範囲をその隣接市にも拡大するよう迫ります。
 命の綱、生活保護基準の引き下げは許さない
 政府は「生活扶助基準に関する検討会」の報告を受けて、生活保護基準を引き下げようとしています。それでなくとも低い生活保護の生活扶助基準を引き下げることは、憲法25条で保障された生存権すら脅かすものであり、許されるものではありません。市長の見解をただします。

 私の一般質問は、明日20日の午後になると思います。是非傍聴にお越し下さい。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-19 13:40 | 市 議 会 日 誌

小林家と山元家

 07.12.18 
 16日に紹介した三浦綾子『母』の巻末の年表を読んでいて、小林家と山元家にちょっと不思議な偶然があることに気づきました。
 そこには、多喜二が殺されたのが1933(昭和8)年2月20日、多喜二のお母さんセキさんが亡くなったのが1961(昭和36)年5月10日とあります。一方、山元家ですが、私の母親は1933年1月14日生まれ、そして私が1961年5月2日生まれです。つまり、私の母は、多喜二と1ヶ月だけ、私はセキさんと1週間だけ、この世で生をともにしたことになります。
 しかし、その世代が逆転していることだけは、私たちは決して忘れてはなりません。 
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-18 14:02 | 山元家の人々

 07.12.16
c0133503_113842.jpg 同僚の藤原議員が15日付ブログで小林多喜二の『蟹工船』を紹介されていました。別に張り合うわけではありませんが(!?)、私は三浦綾子の『母』(角川文庫)をお勧めします。
 
 この小説は、多喜二の母の生涯を描いたものです。
 「ほれ!多喜二!もう一度立って見せねか!みんなのために、もう一度立って見せねか!」虐殺された息子の遺体に泣きすがる母。
 「わだしは小説を書くことが、あんなにおっかないことだとは思ってもみなかった。あの多喜二が小説書いて(警察に)殺されるなんて…」「秋田にいた時、駐在さんは貧乏人のわだしに飴ばくれたりして、可愛がってくれたもんだ。…警察は貧乏人の味方だと、心の底で思っていたのに…」純粋に社会の本質を見据えようとする母。
 「多喜二、苦しかったべな」「多喜二、わだしはお前を生んで、悪いことしたんだべか」自責の念に苦しむ母。
 「そうだなあ、多喜二の入っていた党だからなあ。貧乏人のことを考える党だからなあ…」晩年共産党の隊列に加わった母。
 一読、お勧めしますが、絶対に電車の中では読まないで下さい。私のようにぼろぼろ泣いてしまい、まわりの客に不審がられますから…。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-16 11:06 | 山元のすべらない話

命は譲歩を待てない

 07.12.15
 汚染された血液製剤でC型肝炎に感染した患者らが、国と製薬会社を訴えている薬害肝炎訴訟の控訴審で、大阪高裁は13日和解骨子案を提示しました。救済範囲を狭め、命に線引きをするこの和解案には憤りを禁じえません。原告側が拒否するのは当然です。特に私が強い怒りを感じたのは文面の「(原告側の要求は)被告らの格段の譲歩のない限り、和解骨子案として提示しないことにした」という部分。まるで患者側が無理難題を押し付けているような言い方です。
「私はもう肝臓がんまで進行しました。どうか私の命を助けてください」(匿名で九州訴訟に加わった原告番号22番の女性 14日付しんぶん『赤旗』)と首相官邸前で叫んだ患者に、裁判所は国と製薬会社の「格段の譲歩」を待て、というのでしょうか。
 患者にはそんな時間はありません。福田首相と枡添厚生労働相は早急に患者の全員救済を決断すべきです、いや決断しなければいけません。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-15 11:22

 07.12.14
 豊島北のMさんは、戦後、此花区の日立造船で中間管理職をされていた御様子。
「(職場の)共産党にはいつも突き上げられていました。帰国したシベリア抑留組がソ連の悪口を言い出してから、共産党は急速に元気がなくなりましたね…、まぁ、いろいろあったけど、今は共産党を支持しますよ」
 同じく豊島北のNさん。
「ずっと見てきたけど、やっぱりぶれないのは共産党だけ。しかし、僕が(共産党の)支持以上の立場にたたないのは共産主義を支持しないから」
 そして、小学校時代お世話になったH先生。 
「社会党一党支持の組合で活動し、共産党とケンカもしてきた。しかし今は共産党しかないと思っている」
 最近、気づいたのは、このように概ね70、80歳代のお年寄りの方が、各々の人生と重ねて日本共産党への思いを語ってくださることです。もちろん現在わが党を支持してくださっている方ばかりではありませんが、大変うれしくもあり、勉強にもなります。
 よく考えると、日本共産党が新しい綱領を決定し(1961年)、本格的な前進を開始した60年代、70年代が、この年代の方々の社会での活躍期と重なるわけで、人生の節々で共産党との関わりがあったようですね。これが、もう一世代上の明治生まれの方では、共産党との関わりが薄く、こうはいかなかったでしょう。
 なお、Mさんには「(シベリア抑留も含めて)ソ連の横暴と戦ってきたのが日本共産党です。どっちが正しかったかは歴史が証明しましたね」とお話しました。
 また、Nさんには「大資本家の利潤第一の社会では、格差の拡大や戦争が避けられないこと、やがて人類は人が人を搾取したり、支配したりすることのない社会-共産主義の社会ですね-へと前進していくこと、そこに確信があるからこそ、いつもぶれずにがんばれるんです」とお答えさせていただきました。
 皆さんとそんな会話ができるのも、日本共産党が、ひとつの名前で、正しい綱領のもとでがんばってきたからこそ、ですね。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-13 18:42 | 日本共産党はこんな政党です

元史建歴2 最古の記憶

 07.12.13 c0133503_952324.jpg
 薄暗い木造校舎のような建物の中の下足箱が並ぶ一画、私の目の前に子ども-おそらく私よりかかなり年上の女の子-が立っている…、時々思い浮かぶ画像である。ただ、その周辺は芒洋としており、人物も木も背景も黒と白と灰色、しかも前後の行動の記憶が伴わない、全くの静画なのである。この動きが止まり、色も褪せ、その本体すら周辺から混濁しながら消えつつある「白黒写真」が、どうやら私の最古の記憶であるようなのだ。 
 母に聞くと、私が1歳半になるまで住んでいた弁天町の家の近くに、思い当たる建物があったという。しかし、そもそも1歳時の記憶が残るものだろうか、三島由紀夫は産湯のたらいの光る縁を覚えていたらしい、いや、そんなことはありえない、などと時々考える。参考になる記憶をお持ちの方がおられたら是非教えて頂きたい。
 何かの拍子に脳の表面から転げ落ちて、ふっ、と消えてしまいかねない危うい画像ゆえ、忘れたことさえ忘れてしまわないうちに記しておく次第(写真は両親と。背景の石炭が時代を語る私の「三丁目の夕日」写真)。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-13 16:13 | 元 史 建 歴

 07.12.12
 日本共産党は、池田市長寿祝金条例の一部を改正する条例案を提案しました。
 この条例は、長年にわたり社会に貢献してきた高齢者を敬愛し、その長寿を祝福するために長寿祝金を贈呈することを目的としたもので、毎年9月1日を基準日として前年度の9月2日から基準日の9月1日までに満77歳、満88歳、満99歳の誕生日を迎えた人と、満100歳以上の人がその対象者です。
 しかし、現行制度では、基準日である9月1日以後の誕生日、たとえば9月2日に88歳の誕生日を迎えても来年の基準日まで存命しなければもらえないことになります。また、長寿を祝福するための祝金は誕生日に祝ってもらってこそうれしいのであり、誕生日から最大1年近くの期間が経過してから受け取っても「ピンとこない」「あまりうれしくない」という声も多く出ていました。
 そこで、長寿祝金をせめて誕生日の翌月に支給しようというのが今回の提案です。
 今日の厚生常任委員会で審議されたのですが、私が驚いたのは、やれ事務が煩雑になる、やれ基準日というは1年に1回と決まっている、といった手続き論ばかりで、提案者であるわが党の白石啓子議員と厚生委員の藤原美知子議員以外からは、この提案が市民にとってどうなのかという観点からの発言がなかったことです。業を煮やした?藤原議員が「(基準日は年に1度しかないというが)職員給与は1月に1回ではないか。敬老祝金の基準日を月単位にできない理由はない!」と怒りの反論。
 結局、自民同友会、朋友会(民主系)、公明党、無所属議員の反対多数で否決されました。
 私はこの論議を通じて、かつて「レジが混乱するから」といった子供だましの理由で消費税率の引き下げに反対した某政権与党を思い出していました。 

 追伸;厚生常任委員会の委員は松本 眞(委員長 自民同友会)、奥野康俊(副委員長 無所属)、小林一夫(自民同友会)、山田正司(朋友会)、馬坂哲平(公明党)、藤原美知子(日本共産党)です。 
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-12 17:54 | 市 議 会 日 誌

 07.12..9
 書くネタに困った時?折にふれ、私の半生について記していきたいと思います。
                         c0133503_9405310.jpg
 歴史的な国民的大運動60年安保闘争の余韻冷めやまぬ1961(昭和36)年5月2日(火曜日)、私は、大阪市天王寺区の大阪逓信病院で、山元二郎・和子の長男として生まれた。ちなみに出産予定日は3月下旬だったらしく、「あんたは生まれた時からのんびりしてた」は母親の弁、私としてはメーデー(5月1日)を狙ったに過ぎないのですが…(写真は生後70日の私)。
 年表を紐解くと、日本共産党が同年7月27日、8回大会において綱領を確定して前進への礎を築きつつあった一方で、60年安保闘争の国民のエネルギーに脅威を感じた自民党池田内閣が60年10月に「所得倍増計画」を打ち出すとある。つまり、日本共産党、自由民主党の双方が新たな体制を固めつつある、まさに自共対決の原点とでもいう時期に私は産声を上げたわけで、当然その時代背景が私の人生にも大きな影響を与えることになるのだが、当時の私にはそんなことを知る由もなく、ミルクを飲まずにただひたすら母親を困らせることに「専念」していたに過ぎない。
 ちなみに61年生まれの著名人は、牛島和彦、香川伸行、ダイアナ妃、カール・ルイス、ナディア・コマネチ、三谷幸喜、中井貴一、田原俊彦、玉元晃(フィンガーファイブ)、浅野温子、石野真子、ジャガー横田、ついでにいうと競走馬のシンザン。結構個性派ぞろいですね。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-09 13:00 | 元 史 建 歴

 07.12.8
 12月議会が始まりました。以下は、私が7日日本共産党を代表して行った2006(平成18)年度決算への反対討論(大要)です。

 落語みゅーじあむ整備事業、保健福祉総合センター建設事業、知的障害児通園施設の改修、さらには五月丘小学校屋内運動場の改築工事などは、評価するものですが、以下の点で容認できないので本決算に反対します。
 福祉・医療の後退、市民サービスの低下
 小泉内閣以来、すでに1兆4000億円の社会保障費が削減されました。その結果、医療、年金、介護など社会保障のあらゆる分野で、負担増と給付削減が押し付けられ、「医療難民」など社会保障から排除される多くの人を生み出しています。
 また、定率減税廃止による増税で、庶民の負担増は所得税と住民税とを合わせて1兆7000億円にも達し、それに連動して国保料や介護保険料が雪だるま式に大幅値上げとなっています。さらに厚生労働省は生活保護費の方を引き下げまでねらっています(12/2付ブログ参照)。 
 2006年4月に改悪された障害者自立支援法によって、本市においても障害の重い人ほど負担が重くなり、障害者の自立を支援するどころか、妨げる事態となっています。改悪された内容をもとに戻すよう国に求めることと、市独自の援護策が求められます。
 後期高齢者医療制度は医療給付削減を目的につくられた制度であり、すべての人に保険で必要な給付をするという「国民皆保険」を根底から掘り崩すものです。憲法で定められた生存権すら奪う同制度は実施すべきではなく、その設立負担金は認められません(11/5付ブログ参照)。
 生活資金貸付金は貸付限度額を引き下げたことなどで、生活困窮者の増加にもかかわらず、利用者が減少するという矛盾する事態が生じています。市民生活援助という本来の趣旨にたちかえった改善を求めます。給付対象を絞ったことでおむつ給付の委託料が減少していますが、必要とする人すべてに紙おむつが給付されるようにすべきです。保育所調理の民間委託化の実施に伴って、今まで安心で心のこもった手づくりであったおやつがゼリーなどの市販品に変更されたことも見過ごせません。
 なお、市民文化会館の利用制度については、各利用区分の時間数が長いなど、不合理が生じており、改善すべきです。
 池田市の行財政改革
 池田市は、政府の構造改革、規制緩和を先取りする形で進めています。
 平成18年度実施の職員削減、賃金削減、市民負担の増大、人事評価制度の実施、保育所調理の民間委託化の決定などは、市職員の働く意欲を減退させ、市の事業、財産を民間に丸投げするものに他ならず、公共の福祉に供するという自治体本来の役割を放棄するものであり、容認できません。
 特に、人事評価制度については、職員を分断・差別し、上しか見ない職員を作り兼ねないものであります。職員が協力して、明るく生き生きと働くことこそが、充実した市民サービスにつながると考えます。この自治体労働者の本来のありかたと、まったく相容れない人事評価制度を認めるわけにはいきません。
 なお、決算委員会の質疑では全公立保育所の民営化をも示唆する答弁がありました。市の進める行財政改革が、市民サービスの切り捨てを究極まで進めるものであることを改めて示したものと言えます(12/25付ブログ参照)。
 小学校の英語教育
 早期の英語教育については、積極的に推進を求める意見がある一方で、国語教育を重視する立場からの懐疑論、反対論も大きいものがあります。考え方が二分する早期の英語教育の導入にあたっては、慎重を期すべきであると考えます(11/30・12/1付ブログ参照)。
 同和行政・同和教育 
 同和行政にはすでに法的な根拠がなく、大阪府人権協会、池田市人権協会への負担金・補助金の支出、そして人権協会への相談業務委託を続けることを認められません。部落解放同盟池田支部事務所を市の施設から早急に退去させるべきです。同和行政の継続を意図した学力テストと生活調査、同和教育の継続についても見直しが必要と考えます(10/24付ブログ参照)。
 国民保護対策事業
 国民保護法とそれと関連して成立した関連法は、アメリカ軍と自衛隊の共同行動に地方自治体を動員し、そのためには憲法に保障された基本的人権や自由の制限も辞さないなど、真に日本国民を保護するものでないことは明らかであり、決して容認できるものではありません。
 平成18年度海外友好都市提携事業
 友好都市への表敬訪問については質素にすべきであり、6人もの議員が蘇州に行く必要はなく、蘇州郊外の観光地周荘の視察などは海外視察自粛の申し合わせにも反します。今後は市民との交流を主とするなど内容も改めるべきです。
 以上の理由を述べまして本決算に対する反対の討論とします。 
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-08 13:31 | 市 議 会 日 誌

 07.12.3
c0133503_1253318.jpg 太田房江知事が3選不出馬を表明した。赤字まみれの大型開発を推進し、府民サービスを切り捨ててきた現府政の矛盾が一気に吹き出したといえるであろう。同時に今まで知事を支援してきておきながら、「勝てない」とわかると、府民には一言の謝罪もなく切り捨てる自民、公明、民主の責任も問われなければならない。
 しかし、私は思う。8年の「太田房江時代」とは何だったのかと。大阪から公害を一掃し、福祉を飛躍的に拡大した「憲法知事黒田了一」は言うに及ばず、私たちとは政治的立場は違っても「万博の佐藤義詮知事」のように「顔が見える知事」がいたものだが、太田氏に限っては現知事であるにも関わらず「顔」が見えないのだ。もっとも、まさに財界のためにただひたすら奉仕する官僚出身の彼女にしてみれば、「顔が見えないのが顔」であったと言うべきなのかもしれない。
 彼女は「ふう」ちゃんと呼んでほしい、と言っていたようだが、結局、府民の間から「ふう」と消えていく存在でしかなかったようである。まぁ、「日本初の女性知事」として政治史の「トリビア」ネタとしては残るだろうけど…。
 彼女を始めとした1979年以来の大阪府知事から学ぶことはただひとつ、冷たい官僚知事やタレント知事では、府政も府民の生活もよくならないということ。庶民派弁護士梅田章二勝利めざして頑張らねば。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-04 10:05

 07.12.2 c0133503_1552734.gif
 「本当にこれだけですか」
 Aさんの通帳残金451円を見て私は思わず漏らしてしまいました。家賃はおろかその日の食費にもこと欠き、最後に藁をもすがる思いで共産党に電話をかけたとのこと。さっそく生活保護のお世話をさせていただきました。「この間、不安で2時間ほどしか眠れませんでした。これでじっくり休めます」とAさん。一安心です。
 さてその翌日、新聞一面に「生活保護 減額狙う 厚労相が検討表明」(『しんぶん赤旗』12/1付)の文字(写真)。舛添厚生労働大臣によると、低所得世帯より生活保護世帯の収入の方が高い例があるというのがその理由とのこと。巨悪から目をそらさせるため、国民を互いに反目させて分断した上で、全体の水準を下げようとするのは古今東西を問わず権力者がよくやる手です。「介護保険料」そして今度は「後期高齢者保険料」をサラリーマンの給与明細に記載し、さも要介護者や年寄りが社会の邪魔物のようにしようとするのと同じですね。
 それにしても舛添さん、東京大学を出られたわりには、国民のだまし方、姑息で芸がないですね。そんなことがいつまでも通用するとしたら大間違いですよ。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-02 15:55 | 建声元語 ―よもやま話―

 07.12.2 c0133503_15301584.gif
 ①12.7万人 →22.7万人
 ②127,988件→232,451件
 ③9,515億円→4兆3,005億円
 皆さん、この数字がなにを示すかおわかりでしょうか。これは1980年と2006年を比べた①生活保護者数(府内)、②刑法犯認知件数(府内)、③大阪府の借金の変化です。これが共産党を除くオール与党体制が作ってきた大阪の姿であるわけです。パワーポイントを駆使した堀田文一府議の明快な説明に、会場を埋め尽くした110人を超える聴衆から驚きの声があがりました。
 その状態悪化に追い打ちをかけるかのような高校授業料全国最高、老人医療費助成廃止、さらには完売しても750億円の赤字の箕面の滝を枯らす水と緑の健康都市開発事業、同和事業に50億円の予算、シャープへの330億円の補助金…、各界から次々報告される現知事の「罪状」の数々に、聴衆の驚きは次第に憤り、さらには怒りへと変化していきました。
 そして、梅田章二さんが登壇。梅田さんの、今すぐ実施する「七つの緊急200億円プラン」と「元気な大阪をつくる五つの提案」の、淡々とした中に決意のみなぎる一言一句が、聴衆全ての体に染み渡っていきました(写真)。
 勝つ、勝ちたい、いや絶対勝たねば!誰もが決意を固めあったつどいでした。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-02 15:30

 07.12.1
 そんな問題意識から、私はここ10年ほど、外国語教育の本を意識的に読み、様々な人から意見を伺ってきました。以下その抜粋。
「母語で考える力、生きる力をつけること。それこそ、小学校という人間の根っこをつくる時期に大事だ」(英語教育学者 鳥飼玖美子氏)
「母語の太い幹にまとわりつくように外国語の学習はすすむ」(在米日本人児童向け塾経営者 市川力氏)
「まず母国語を格調高くしゃべることが大事なんです」(ロシア語通訳 河島みどり氏)
「日本語を聞いてこの人は通訳に向いているかどうか判断する」(英語通訳 村松増美氏)
「日本語が下手な人は、外国語を身につけられるけれども、その日本語の下手さ加減よりさらに下手にしか身につかない」(ロシア語通訳・エッセイスト 米原万里氏)
「日常のことばについて年中自分で意識して暮らしていると、外国語を獲得するのが非常にやさしくなる。…だから、外国語がよくできる子どもに育てようと思ったら、まず母国語たる「日本語」をこそ、徹底的に意識させて育てるということが肝心であって…」(作家・書誌学者 林望氏)
「家族づれで外国生活をしてきた家庭の子供にしばしば思考力の不安定なものが見受けられるのは、幼児の外国語教育がもし徹底して行われると、どういうことになるかというひとつの警告としてうけうめるべきであろう」(言語学者 外山滋比古氏)
「外国語学習でまず大事なのは文法、そして単語を覚えること」(市内在住のロシア語通訳 居谷民子氏)
 少なくとも、英語学習熱をあおって金もうけに結びつけようとする人を除くと、思想的な立場を問わず(上記の人には、日本共産党のシンパから『産経新聞』「正論」の論客まで含まれています)、ほとんど全ての人が、①まず母語(日本人なら日本語)の学習が大事である、②母語と外国語との対比を経て外国語は上達する、とおしゃっています。
 とは言うものの、英語を何年やっても日本人は英語を話せないではないか、やはりなにか現在の英語教育に問題があるのではないか、という意見もあります。これは学校教育のせいというよりも、本人がどれだけチャレンジ精神、いちびり精神をもっているか、あるいは、どれだけ外国語を使う必要に迫られているか、の問題だと私は思います。私の場合、幸いいちびり精神には恵まれたようで?外国人と話すときはいつも「単語並べたらなんとかなる」の開き直りで臨み、それが功を奏してきたように思います。少なくとも私の回りにいる英語で飯を食っている友人は、必ずしも全てが学生時代英語ができたわけではありません。
 そう考えると、外国語学習は、子どもが日本語を正しく使え、なおかつある程度物事を客観的に比較できる段階になってこそ効果的なのであって、早ければ早い方がいいという意見には私は同意しかねます。というより、早期教育で英語を嫌いにしてしまうリスクの方を心配します。まして公教育への導入は慎重の上にも慎重を期すべきです。
 「超ムズい」「バリきしょい」などを多用し、なにを聞いても「ビミョー」「フツー」で済ます、そんな子どもたちをまずなくすことを、私たち大人は考えるべきではないでしょか。
 「結局、外国語を学ぶということは母国語を豊かにすることであり、母国語を学ぶということは外国語を豊かにすることである」(米原万里氏)
 読者の皆さんのご意見、お聞かせください。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-12-02 15:12 | 建声元語 ―よもやま話―

07.11.30 c0133503_1458503.gif
 池田市では、小学校で今までの総合学習ではなく、独立した教科として英語教育を進めていくとのこと。その背景にはどうも英語教育を始めるのは早ければ早い方がいいとの前提があるようです。私はそういった意見に長い間違和感を感じてきました。
 理由その1。私が小学生だった頃、回りに帰国子女が幾人かいましたが、少なくとも小学校低学年のうちに帰国した子はみごとなまでに英語を忘れてしまっていました。
 理由その2。私自身の経験から。私は中学校にあがるまで全く英語と縁のない家庭に育ちました。したがって中1の頃、英語は全くの落第生。Do you like~をBo you like~にしてみたり(要はbとdを区別してなかったのです)、形容詞に三人称単数のSを付けてみたり、極めつけはSを鏡に映したように左右逆に書いてみたり…、もう散々でした。そんな私でしたが、その後いい先生(北中時代のU先生など)に恵まれたこともあって、一応ものおじせずに英語を話せるまでにはなりました。中学からでも外国語は十分間に合う「実例」になろうかと思います。さらにいうならば、大学から始めた中国語も同じような学習の経過をたどりました。「語学の場合、始める時期はあまり関係ない」というのが私の実感です。
 理由その3。小さいときから学習すれば一流の発音が身につくとの意見があります。その意見に対しては、そもそも日本語を母語とする私たちに果たして流暢な外国語(英語)が必要なのかという根本的な疑問があります。アグネス・チャンさんやイーデス・ハンソンさんをみてください。何十年も日本にいるにも関わらず、母語のアクセントから解放されていません。しかし立派に日本社会で活躍されていますよね。 
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-11-30 17:15 | 建声元語 ―よもやま話―

 07.11.29
 12月の私の主な活動予定をお知らせします(都合により変更となる場合があります)。
12月1日(土)府知事選池田集会(14時半~池田商工会議所にて)
    3日(月)12月議会 議会運営委員会
    6日(木)生活相談(10~12時 住吉1の山元事務所にて)
    7日(金)12月議会 本会議 市議会だより編集委員会
   10日(月)市議会だより編集委員会
   11日(火)土木委員会   
   12日(水)厚生委員会 府知事選勝利 府民大集会(18時~府立体育
     会館)
   13日(木)文教病院委員会 
   14日(金)総務委員会 
   15日(土)年金者組合学習会「後期高齢者医療制度について」(石橋会
     館)
   20日(木)12月議会 本会議 
   27日(木)空港・交通問題調査特別委員会 
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-11-30 17:05

この秋の言葉から②

 07.11.24
 「お父さんが学校に来るのって、どんな意味があるの?」 

 「お父さん、なんで学校に来るの?」
 石中1年の息子が怪訝そうにそう聞いてきました。中学校の運動会にお邪魔する数日前のことです。
私 「……(友人に冷やかされるから来てほしくないのかな?頑強に反対され
  そうだな、どう答えよう…)」
息子「(たたみかけるように)お父さんが学校に来るのって、どんな意味がある
  の?」
私 「そうだなぁ、やっぱり学校の行事に行くと子どもたちの様子がよくわかる
  し、いろいろな人から学校の抱える問題を教えてもらえるでしょ。それに選
  挙の時お父さんを応援してくれはった人は喜んでくれるし、喜んでもらえた
  らお父さんだってやっぱり嬉しいしね」
息子「……」
私 「ただ、あなたがどうしてもいやなら、他の共産党の議員さんに代わっても
  らうことも考えるけど…」
  (しばらくおいて)
息子「うん、じゃあ、来ていいよ」
 彼も彼なりに深く考えていたようです。親の知らないうちに子どもは成長していってるんですね。
 今回は、親バカ話へのお付き合い、ありがとうございました。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-11-24 12:05 | 山元家の人々

 07.11.23 c0133503_13245135.jpg
 21日は茨城県水戸市の子育て支援・多世代交流センター「ワンパーク・ミト」を訪問しました。
 市内一等地に建つ同センターは、訪問前までは、ちょっと性格がつかみにくい施設だな、と思っていたのですが、実際内部を見学させてもらうと、育児相談や緊急の際の一時預かりなどのサービスを行うほか、子育て中の保護者の集いの場(「公園デビュー」の場!?)を提供するなど、要は子育て中のお母さんのより具体的な、そして切実な要求に、物理的にも精神的にも答えようとする施設であることがよくわかりました。職員も、保育士に加えて医師(週2回)、さらには育児相談に応じるための看護士をも配置しているとのこと(ただし正職員は10人中4人だけとのことでしたが…)。なるほど、これほど充実しているのなら、一日平均200人近くの利用があるのもうなずけます。
 さらに同センターは読み聞かせや昔遊びなどのボランティアを市内各保育施設に派遣するなど、市の子育て行政の文字通り中核の役割も担っているとのことでした。
 ただ、宣伝不足もあってか、お年寄りの協力が少なく、「多世代」交流となっていないことや、このような施設を建設している一方で、保育所への待機児が市内にまだ100人以上いることなどが、今後の克服すべき課題であるとの話があり、総合的な保育行政を進めるにあたって随分苦労されている様子が伺えました。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-11-23 13:18 | 市 議 会 日 誌

 07.11.22
 11月20、21日の両日、総務委員会の視察で千葉県柏市と茨城県水戸市に行ってきました。
 柏市では協働事業提案制度について話を伺いました。
 これはNPO団体などを市の市民公益活動団体として登録し、その企画・提案を選考・調整協議を経た上で、市との協働事業として実行していく制度で、今までに外国籍の子どもたちへの日本語学習を支援する活動、老後のさまざまな不安に対する相談事業、さらには子どもの安全教育を行う事業などを実施しているそうです。
 柏市側の説明の後、懇談に入りました。
 「提案を受けながら協働事業化できなかったものにはどういうものがあるのか」という私の質問には、「すでに市の事業として行っているものや、市民全体に理解が得られにくいものは実現しませんでした」との回答があり、また、「自発的な事業とするには最初から人件費や講師料などが高いものもあるように思えるが…」という質問には「そういった声の出た事業もあったが、相手と十分話し合って、互いが納得する形にしています」とのことでした。
 最後に、市側からこの制度は05年度から提案を受け付け、06年度から実施しているが、選考会が2次にわたることなどもあってか、提案団体数、実施事業数ともに減少気味であり、今後の課題となっているとの話がありました。
 なお、柏市は千葉県の北西部に位置する人口38万人の町です。プロサッカーチーム柏レイソルの本拠地であり、都心から30分という地の利もあって市内には若者が多く、駅頭では多くのストリートミュージシャンが連日その成果を披露しており、「東の渋谷」と呼ばれているそうです。
 半日足らずの滞在に過ぎず、あまり迂闊なことは言えませんが、市役所の庁舎やその隣にあった図書館などは40万都市にしてはやや窮屈なように思えました。しっかりした文化財の展示施設などもないとのこと(もっとも図書館は市内に16の分館があるとのことでしたが…)。若者のエネルギーに市がついていけていないのかもしれませんね。
[PR]
# by takeshi_yamagen | 2007-11-22 17:08 | 市 議 会 日 誌