山元たけしの あの日その時、そしてこれから


日本共産党 前大阪・池田市会議員  山元たけしの日々の活動を綴ります
by takeshi_yamagen
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明日はいよいよ…

 07.9.26
 明日はいよいよ21日付ブログでお知らせした、生まれて初めての一般質問。今、質問原稿を校正している最中です。作業を進めるうちに、議員にとって、一般質問とは大変やりがいのある場であると同時に、議員の力量の試される大変怖い場でもあることがだんだんわかってきました。やはり少し緊張しています。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-26 18:35 | 池田市議会 ここだけの話

ひよこ共同保育所

 07.9.23
 皆さんは共同保育所を御存知でしょうか。保育行政の不備、特に産休あけからの保育をほとんど行っていない中で、やむにやまれず地域の親御さん、中でも働くお母さんが中心となってつくられた保育所のことです。
 さて、私たち夫婦は12年前、市内此花区に住んでいました。もうすぐ子どもができるというのに、産休あけから子どもを見てくれる保育所がなく困っていたところ、知人から区内のひよこ共同保育所(栗田ベビーセンター)を紹介され、さっそくお世話になることにしました。
 普通の木造住宅の1階を間借りしているだけの、そのあまりにこじんまりした保育所に初めて子どもを連れて行ったときは、「本当に大丈夫かな」と思ったのですが、アレルギーはもちろんのこと、添加物の有無にまで配慮した食事など、きめ細かい保育をしてくださっていることがすぐにわかり、その心配は吹き飛びました。また、保育士と父母が対等の立場で話し合える雰囲気があり、親同士もすぐなかよしに。いろいろ勉強にもなりました。
  しかし、保育所の財政は、11年前から市の補助金が出るようになったとはいえ大変厳しく、保育士の給料の遅配はしょっちゅう、一時は借金が200万円にもふくらみ、閉所寸前までいったこともあったようです。だから、利益が出そうなものなら、ししゃも、年末のもちからバレンタインのチョコレート、さらには黒真珠のネックレスまで、1年中絶えずなにか売り歩いていました。ちなみにバザーは毎月の「定例行事」でした。
 さて、このように幾多の危機を乗り越え、今年27年目を迎えたひよこ共同保育所ですが、5年ほど前から認可保育所、つまり市から正式に認められた「普通の保育所」をめざす運動を進めてきていました。そして、先日ようやくそのめどがつきそうだとの連絡があり、昨日その報告を聞きにいってきました。
 資金のことなどまだまだ問題は多いようですが、私も含めて、かつてひよこ共保に子どもを預けていた親、現在預けている親、さらには保育士などみんなが力を合わせて共同保育所時代同様、家庭的でなんでも話し合える雰囲気あふれる認可保育所の実現をめざしていくことになりました。私も池田の地から微力まがら協力していく決意です。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-23 17:24

市民の思いを胸に、一般質問に臨みます

 07.9.21
 今朝、議会事務局に一般質問発言通告用紙を出してきました。
 一般質問とは各議員がその問題意識に基づいて自由に質問する場で、自らの公約や市民の声を直接市当局にぶつけることができる大変重要な機会でもあるわけです。以下、その要旨。
 図書館、地下道、北門開放、ごみ指定袋販売店…、問題山積の空港地域!?
 まず、市役所から遠く、その域内に公共施設がほとんどないという空港地域こそ行政の特別の目配りが必要であるとの立場から市長の見解をただした上で、空港地域の住民が豊中市立蛍池図書館の書籍を借りることができるように豊中市と協議して実現に向けて努力すべきであると迫ります。
 次に、空港1丁目の地下道について、学童が通学で利用するにもかかわらず、暗くて狭いため、防犯上問題が多いこと、車道部分はその南側出口で道幅が急に狭まり、車と歩行者の接触事故が懸念されていることを取り上げ、改善を訴えます。同時に、空港北門の相互通行化については、犯罪の増加を懸念する声もあり、地元住民の十分な納得が必要であることを強調します。
 また、空港1丁目にはごみ指定袋を購入する店がなく、住民の皆さんが苦労されている現状を紹介し、住民が利用しやすいところに新たな販売店を指定するよう要求します。
 池田城は保存すべき
 先日、池田城跡より池田氏滅亡後、織田信長が掘った可能性がある堀などの遺構が検出されました。池田城の終末についてはよく分かっていなかっただけに貴重な成果です。今後、その保存・公開に向けて努力すべきであると迫ります。
 石橋駅のバリアフリー化事業の進捗は? 
 石橋駅のエレベーター設置を始めとしたバリアフリー化事業については、今年度に仮設工事が行われるとのこと(6月議会における市長答弁)。しかし、その後の具体化については情報がなく、駅周辺の方より不安の声が出ています。
 工期をはじめとした詳細な内容を明らかにし、地元の方に十分な説明をするよう要求します。
 市営石橋住宅の建て替えについて
 老朽化が進む市営石橋住宅(石橋4丁目)建て替えについては、住民の声を尊重すべきであることを指摘し、今後の予定について説明を求めます。
 上記の質問に関して御意見がございましたら、山元までお寄せ下さい。なお、山元の質問は、9月27日(木)午後1時ごろからの予定です。お誘いあわせの上、どうか議会傍聴におこし下さい。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-21 16:37 | 市 議 会 日 誌

議会の自殺行為は認められない

 07.9.16
 市長の専決処分の拡大を図る条例案が自民同友会と公明党によって提出されようとしています。
 専決とは市長が議会にかけなくても処理できる権限で、それをもっと広げるというものです。そしてその内容も公共料金を払わない市民を裁判に訴えられるようにしようという、市民生活に直接関係するものだけに看過するわけにはいきません。
 そもそも、私たち議員は議会で市のやろうとしていることをチェックする役割を持っています。例えば今回のような公共料金の滞納者に対する処分についても、事情をよく調べ処分が妥当かどうか審議をするわけですが、こういったことを市長の判断で議会にかけずとも実行できるようにしたいと言うわけです。
 地方自治法180条では専決処分の対象は「軽易な事項」に限っています。ですからその拡大について慎重でなければいけません。払う能力があるのに払わない滞納者に適切な対応をすることは反対しませんが、議会は年4回も開かれるわけだからその都度議会で図ってからでもなんら不都合はないと思うのですがいかがでしょう。
 また、6月に日本共産党などの反対を押し切って幼稚園の入園料、保育料の値上げを可決したように、議会が公共料金の値上げは認めておきながら、その公共料金が払えなくなったときは「われ関せず」というのでは、市民に対してこれほど不誠実な態度はないと言わざるを得ません。
 いずれにせよ、議会をないがしろにする今回の条例案に対して議員一人一人がどのような態度をとるかが鋭く問われます。9月28日午後の本会議でこの条例案は審議されることになりそうです。多くの市民の方が傍聴に来られることを強くお訴えします。 
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-17 16:10 | 市 議 会 日 誌

過去を偽る者、未来をつくる者

 07.9.15
 昨年、息子(当時小学校6年生)の社会科の教科書を見て本当に驚いたことがあります。歴史の始まりが縄文時代からで、その前の旧石器時代の記述が全くなかったからです。しかし、事態はそれにとどまらず、縄文時代すら消えた教科書があると聞くに及んで、議員になるまで歴史教育(特に原始、古代史)の一端に関わってきた者として、決して見過ごすわけにはいかなくなり、調べてみました。
 すると、2002年から実施されている現行の文部科学省の「学習指導要領」に突き当たりました。そこでは、「我が国の歴史を学習する際に調べる具体的な対象として…農耕の始まり、古墳について調べ、大和朝廷による国土の統一の様子が分かること…」と定め、ご丁寧にその実施にあたっては「示された歴史事象の範囲にとどめ、それ以外のものは取り扱わないようにする」とまであります。要は農耕の始まった弥生時代より古い時代は教えることはまかりならん、ということですね。
 ではなぜ旧石器・縄文時代を教科書から削ることが問題なのか。私なりに考えてみると以下の3点くらいにまとめられると思います。
 まず、旧石器・縄文時代を削るということは30,000~40,000年の日本列島における人類の歴史のうちわずか2,500年分しか教えないことになるからです。
 また、縄文人が、山や海、川の幸をほどよく採取し、時には植物の栽培も取り入れながら食料資源が枯渇しないように生活していたことは学界の常識といってよく、そこに現代の日本人の山や川など自然界のあらゆるところに神が存在するという多神教的な考え方の起源があるという考え方も示されています。少なくとも縄文時代と弥生時代を切り離して考えると、現在の日本人を総合的に考えることはできなくなってしまうというのが第二の理由です。
 さらに農耕の始まりの重視についての問題です。日本列島の中央部で弥生時代が始まった後も北海道と南西諸島では、続縄文時代、後期貝塚時代という農耕に依拠しない時代が長く続いたし、東北北部は弥生時代に稲作が伝来したけれども、定着しなかったことが明らかになっています。農耕の始まりだけを重視することは、日本列島各地の多様な文化を切り捨てることに他ならないのです。
 ところで、小学校教科書から旧石器・縄文時代の記述が大幅に削減されるようになったのは、神話教育、天皇への敬愛の念、国旗・国家の尊重が示された1989年版の学習指導要領からであったことからも窺えるように、この動きが、日本の歴史を天皇中心に描き、小学校の段階から国民の意識統合を図ろうとしたものであること間違いありません。安倍首相の戦後レジームの否定もその延長線上にあることは言うまでもないですね。 
 しかし、国民はただちに反撃に出ました。日本考古学協会は昨秋、小学校の歴史教科書への旧石器・縄文時代の復活を要望する声明を出し、12日付『朝日新聞』朝刊によると、文部科学省も「基本的な知識のない子どもが増えている」との批判が出たため、「農耕の始まり以前の内容についても取り上げる…」などを盛り込んだ新しい学習指導要領の素案を作らざるを得ないところまで追い詰められました。
 翻って、沖縄では太平洋戦争末期の「集団自決」への日本軍の強制に関する記述を教科書から削る文部科学省検定に対して、県内のすべての自治体が撤回を求める意見書をあげるなど、県民あげての反対運動が広がっています。
 参院選での自民党の大敗の原因についても、安倍首相のかかげる「戦後レジームの否定」「美しい国」のもつ歴史認識の「うさんくささ」を国民が敏感に感じ取ったことが大きいと思います。
 過去を偽る者たちは、未来をつくる者に裁かれる、これが私の確信です。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-16 15:07 | 歴 史 夜 話

1社で「競争」!?

 07.9.14
 9月11日からいよいよ9月議会が始まりました。
 議案中の入札結果の中に、複数の業者が入札参加を申し込んでおきながら、辞退が相次ぎ、結局1社での入札となり、しかもその落札額が予定価格とほとんど同じという例が、2件ありました。 
 市側は、建築資材が高騰する中、業者も積算して予定価格と折り合わなかった結果の辞退であると釈明していました。たとえそれが事実であったとしても、やはり参加業者1社の「競争」入札は納税者である市民の目からみて十分納得がいくものではないでしょう。
 本会議、土木委員会での道理ある日本共産党議員の追及に、市側も「検討します」と答弁せざるを得ませんでした。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-14 12:59 | 市 議 会 日 誌

正直な安倍首相

 07.9.13
 突然の安倍首相の辞任。いろいろな人がいろいろな論評をしています。私も驚きはしましたが、選挙で国民からNOを突きつけられてもやめなかったのに、アメリカとの「国際公約」を守れそうにないからやめるというのは、自民党、公明党がどっちを向いて政治をしているか、図らずも明らかにしてくれたと思います。その意味では大変「正直な」退任劇であったといえるでしょう。
 そこで思い出したのは東大阪市政のこと。わずか1年で無駄な公共事業や同和関係の職員を削り、介護保険制度を府下トップクラスに引き上げるなど、市民本位の市政を続けてきた長尾市長に不信任を突きつけた自民党と公明党。彼らの眼中にあるのは「共産党員市長憎し」だけで、市民がないのは安倍さんと一緒。選挙で自民、公明両党に再び厳しい審判を下さなければなりませんね。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-13 19:15 | 建声元語 ―よもやま話―

老人保健高額医療費、負担限度額…?

 07.9.7
 先日、老人保健高額医療費の支給明細がよくわからないから教えてくれという依頼を石橋のAさんから受けました。
 さっそく市の担当課にいって話を聞くと、同医療費の自己負担限度額(44,400円)は個人ではなく世帯に支給されるため、Aさんの場合、治療を受けておられた奥さんの分が引かれて実際は41,931円であったことと、すでに窓口で払っていた44,400円を記入する欄が明細になかったことが、計算の根拠をわかりにくくしていた原因でした。私としてもいい勉強になりました。次からはもう少し要領よくお世話させてもらえそうです。
 ところで、来年4月から後期高齢者医療制度が実施されると、この老人保健高額医療費制度も大きく影響を受けることが予想されます。これ以上の高齢者への負担増をくいとめるため頑張らねばなりません。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-07 15:29 | 建声元語 ―よもやま話―

この夏の言葉から②

 07.9.4
 「よかったですねぇ、私は民主、妻はおたくにいれましたよ」
 御近所のAさんが、偶然お宅の前でお会いしたときにおっしゃった言葉です。正直言って他の党に投票されたことをこんなにうれしそうに言われたのは初めて。少し戸惑ってしまいました。しかし、よく考えてみると、その声の背景には自民党、公明党の政治を変えたいという思いと、そのために共産党にも民主党にもがんばってもらいたいという期待が込められているわけですね。その変革への期待を受けとめて9月議会に臨んでいきます!
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-04 20:38

この夏の言葉から

 07.9.3
 子ども達はいよいよ今日から新学期、息子も元気よく?登校していきました。私たち議員も明日から9月議会、子ども達に負けずに頑張らねばなりません。
 さてこの夏伺った印象深い言葉から。
 
  「三つの社会を生きてきて、私は共産党を選びます」
 先日も書きましたが、私はこの夏四国を旅しました。高知で何気なく入った中華料理屋のご主人は1942年にお父さんの赴任先の上海に生まれ、1965年に帰国された方で、うれしいことに日本共産党を日頃から支持して下さっているとのことでした。
 私が特に興味のある国共内戦時代のことを伺うと、「国民党は腐敗していました。ただで映画館に入ったり、賄賂を公然と受け取ったり、子供心に(国民党は)負けると思いましたね」とおっしゃった上で、「共産党は貧しい農村出身の兵隊でした。だって、当時上海には水洗トイレがあったんですが、農村出身の彼らは知らずにその水で米を研いでましたね。貧しいけれど彼らは清潔でした。絶対に市民の物に手を出すことはなかったです」と評価されていました。
 さらに加えて「帰国後知った日本の共産党も、ぶれずに国民のために頑張っていることを知りました」とも。
 最後に「私は植民地の中国、社会主義の中国、そして資本主義の日本を生きてきました。毛沢東の誤りも知っているし、日本の戦後資本主義の発展も評価します。それでも、最後まで民衆を裏切らないのは共産党である、というのが三つの社会を生きてきた私の結論です」ときっぱり。
 さらに「今度の選挙、春名さんを国会に送れなかったけど、全然気を落とすことはありません。国民はちゃんと見てますよ」と、うれしい言葉を頂戴しました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-03 11:46 | 日本共産党はこんな政党です

皆さん、ご苦労様でした

 07.9.1c0133503_11343997.jpg 
 ちょっと遅れましたが昨日参議院選挙の報告会を開きました。熊取町から来て頂いたミュージシャン立花正治さん(実は以前の職場の仲間です)の弾き語り(写真)で始まった会は、まず最初に私から今度の選挙のお礼を述べるとともに、今度の選挙で自民、公明が大敗し、国民が新たな政治を積極的に模索するちょっとわくわくする時代に入ったことを、この間の池田の共産党が得票で前進していることも交えて報告させていただきました。
 また、参加者に参議院選挙の感想、共産党への思いを語って頂きました。後援会の大舟さん(元市会議員)からは、統一地方選と参議院選挙では今まで共産党に全く縁がない方にまで支持をお願いしてまわったこと、軍隊時代、毎日深夜に集まって真面目に話し合う3人のグループがあったが、今から思うと共産主義者のグループのようであったことなど、興味深いエピソードを伺いました。
 最後はみんなで「がんばろう」を合唱。ちょっぴりお酒も入って、みんなの思いがひとつになった楽しい会でした。お料理を作って頂いた方をはじめ、お手伝い下さった皆さんありがとうございました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-09-03 11:35 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

朝の豪雨

 07.8.31c0133503_10223661.jpg
 朝、そろそろ市役所に向かおうとしている時、突然バケツをひっくり返したような豪雨。石橋商店街の中を流れる今井川が溢れるのでは、とあわてて飛び出しました。幸いちょっと水かさが増えていた程度で、周辺も変わった様子がなく、まもなく雨もやみました(写真)。一安心。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-31 10:24 | イシバシ NOW

神を信じる者も、信じない者も…

 07.8.30
 昨日、市内に住むクリスチャンのAさんのお宅を訪問しました。以前から共産党に好感を持ってくださっている方で、しばらく体を壊しておられると伺っていたのですが、元気そうな御様子で安心しました。今度の選挙に関しては「自民党はこれだけ負ければ、さすがに改憲は露骨に言えないでしょうね。これは成果だと思います」と評価しておられました。また、赤旗日曜版の購読をお勧めしたところ、「寄って立つイデオロギーは違うけれども、しばらく読んでみましょう」と快諾していただき、うれしい限りです。
 ところで、明日(31日)午後7時より住吉会館にて日本共産党石橋支部主催の「参議院選挙報告会」を開催いたします。私もお話させていただきます。どうかお誘いあわせのうえご参集ください。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-30 13:44 | 日本共産党はこんな政党です

池田城落城、後日譚…。

 07.8.28
 池田文庫のすぐ北側で行われている池田城跡発掘調査現場の視察に同僚議員と行き、市教委の中西さんから説明していただきました。
 今回の調査地では、池田氏滅亡後、荒木村重の有岡城(伊丹)攻めのために織田信長が城を改変した際の堀跡、土塁等の遺構が検出されました。池田城の終わりはよくわかっていなかっただけに貴重な成果です。
 ところで、今回は(他の人が)遺跡を掘っているところを見学しましたが、つい半年前まで、私は(財)大阪府文化財センターに勤務、つまり掘る側の人間だったわけです。偶然、当時お世話になった作業員の方々と再会、「肥えたんちゃう?」「文化財がんばってください」等々、激励の言葉をいただきました。ありがたいことです。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-28 17:00 | 歴 史 夜 話

わくわく、どきどきの川あそび

 c0133503_16534810.jpg07.8.27
 一昨日(25日)、私の事務所の近くの箕面川で、御近所の方と川遊びを行いました。
 さっそく水に飛び込んだ子どもたち、無数に泳ぎ回る魚(オイカワ)を捕らえようと網を振り回すも、逆に魚に振り回されているといった感じ。川岸の草むらを網で突付いても網に入るのは1㎝ほどの稚魚ばかりでした。
 オイカワの成魚つかみをあきらめた彼ら、今度は石で囲って作った「いけす」で捕まえたオタマc0133503_165624.jpgジャクシやザリガニを飼い始めました。さぁ、そこにMさんが、釣り上げたばかりの甲羅の幅が10㎝もあるモクズガニを持ってきて、皆、大興奮!さっそくザリガニと対戦させていました(写真右)。
 そんなこんなで疲れた体を川原に投げ出していると、今度はその眼の前をカワトンボが茶褐色の羽根をひらひらさせながら横切り、アヒルの一団がのんびり上流に移動していきました。
 まさに驚きと興奮の中であっという間に3時間が過ぎていきました。c0133503_16543167.jpg  
 なお当日は川原のゴミ拾いも行いました。ゴミは前々日の雷雨でかなり下流に流されてしまっていましたが、それでもビニール袋で5個ほどになりました。結構汚れているものですね。
 川遊び開催にあたって御協力いただいた皆さん本当にありがとうございました。
 最後に参加した子供たちの感想から…。
「とても楽しかったです。来年はあるのかな。今度は友だちつれて来たいです」(なつみちゃん)
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-27 17:22 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

四国紀行② 四万十の清き流れに思う

 c0133503_14494441.jpg07.8.24
 JR予土線を乗り継いで、蛇行する四万十川を右に左に眺めながら、山あいの四万十市(旧西土佐村)江川崎駅に到着、さらに四万十川の支流藤ノ川川に沿ってレンタサイクルでしばらく走り、たどり着いた寿荘がその日の宿。元営林署の保養所だったというこの一軒宿の奥さん芝清子さんは東京の御出身で、その後神戸の地震に遭われて、御主人の故郷である当地に来られたとのことでした。道理で標準語を話され、垢抜けた雰囲気の方でした。
 芝さんがおっしゃるには、高知に来た当初は、列車は3時間に1本、テレビはNHK以外は民放1局という東京や神戸とは全く違う環境に寂しい思いをしたとのことでしたが、見たところ御主人よりも元気に宿を切り盛りされておられるように思えました!?高知という土地は出身地を問わず女性を強くするようです。ただし、お酒はさほど飲まれないとのことでしたが…。夕食は京都の貴船あたりを髣髴とさせる風情漂う川床で、テナガエビ、アマゴをはじめとした四万十の幸を頂戴しました。
 さて、翌日(19日)は四万十川で生まれて初めてカヌーに挑戦しました(写真)。
 インストラクターは地元出身の芝藤由佳理さん。パドル(櫂)さばきも滑らかに、すぅいすい、と川面を移動されます。最初はうまくできるかと思っていた参加者も、要所を押さえた彼女の講習に、すぐに小学生も含めて全員がほとんど自由に川中を動き回れるまでになりました。カヌーの魅力は、目の高さと水面の距離が近く、より水を身近に感じられることにあるといわれますが、確かにその通り、川面を滑るように吹く風が頬に心地いい。同時に水面に近いということは、川底にも近いということ。小石やテナガエビを捕る筒状の仕掛けなどが、本当に手に取るように見えました。
 カヌーイストの野田知佑さんだったと思いますが、戦後の日本で絶滅しかかっているもののひとつに川ガキをあげておられました。川ガキとは、それこそ時間も忘れて一日中魚とりや飛び込みなどをして、川で遊ぶ子どものことですが(私もその1人でした)、少なくとも四万十川では大人も子どももいつのまにか川ガキにされてしまうようです。
 翻って大阪の子どもたち。大阪の川は汚くて遊ぶことができない、だから川で遊ぶ子もいないとよく言われます。私もそう思っていた1人です。しかし、大阪の郊外の浅くて、魚もいて、川遊びにもってこいの川にも川ガキがいないことが多く、ずっと不思議に思っていました。そして、どうやらその主な原因が川を過度に危険視する大人側にあることに気づいたのはごく最近のことです。大人が子どもを川から遠ざけていたのです。
 その点で参考になったのは、今回のカヌー講習で、子どもたちにもライフジャッケットをつけて四万十川の本流を歩いて渡らせてみて、緩やかに見える流れも実際は思ったより速く、すぐに流されてしまうことを体験させてくれたことです。
 川には危険がある、そのとおりです。しかし、子どもを川から遠ざけてしまっては、その危険を教えることもできないのではないでしょうか。そしてなによりも川の持つその限りない魅力を感じる機会を奪ってしまうのが残念でなりません。少なくとも「川に近づかないいい子」を作るだけでは何一つ前向きなことは出てこないでしょう。
 川原に下りて、水の恐ろしさを学び、川面に網を走らせ、飛び跳ねる魚たちに心躍らせ、川底に足を踏み入れ、清流の心地よさを感じとる、そんな川ガキを絶滅から救い、川ガキがあふれる街をつくりたい。ため息が出るくらい透き通った四万十川に一人浮かんで、青い空のてっぺんを眺めながら、そんなことばかり考えていました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-24 18:04 | 日本たびたびまた旅日記

四国紀行① 自由民権運動と山原健二郎

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 07.8.22
 春から選挙で走り続けて、久々に18日からまとまった休みが取れました。すると騒ぎ出すのがほとんど放浪癖に近い私の旅のムシ。今回は四国に行ってきました。経路はまず高知市に入り、四万十川、土佐清水、宿毛、宇和島、松山と列車とレンタカー、そして一部レンタサイクルを乗り継いで回り、フェリーで21日の朝、帰阪した次第(3泊3日)。えっ、なぜ四国かって?理由は簡単、四国の西部へは行ったことがなかったからです。
 高知市でまず向かったのが高知市立自由民権記念館(写真)。事前に列品解説をお願いしていたところ、対応してくださったのは上野麻衣さんとおっしゃる、小柄ながら、大きな瞳としまった目尻に芯の強さを窺わせるお嬢さんでした。「板垣退助は岐阜で遭難後外遊したので地元ではあまり人気がありません」「坂本龍馬は高知の偉人ですが、他地域の方が思われるほどではないかもしれないですね」といった「地元ネタ」を交えた的確な解説は見事。高知の自由と民主主義の伝統がよく理解できました。
 驚いたのは、高知市内には往時、町内会ぐらいの単位で政治結社があったということ。ほとんど寄り合いの乗りで、やれ国会だ、やれ憲法だ、と酒を酌み交わしながら天下国家が議論されていたようです。翻って池田市では小学校区単位で地域の要求を実現しようとする地域分権推進協議会が動き出しました。果たしてそんな民主的な雰囲気のもとで進められるか、心配です。
 余談ながら、この館に限らず各地の博物館、美術館では、近年入館者への列品解説に力を入れているので、趣旨と所要時間を告げて気軽にお願いすればいいでしょう。
 余談ついでにもう一つ。高知といえば酒。かつて土佐に入った山内の殿様が地元出身の家臣達に「1升飲める者、前に出ろ」と命じたところ誰も出ない。「では2升飲める者は」と改めて問うと皆名乗り出たという話を聞いたことがあります。その理屈でいくならば高知で「少々飲める」は「升々」つまり2升飲めるの意ともとれないこともありません。別れ際に上野さんに「お酒はどうですか」と聞くと「そこそこはいけます」とのこと。これも後で考えると「そこそこ」は「底々」で、1升瓶を2本、底まで飲めるということだったのかも知れません。
 ところで、2004年に亡くなった山原健二郎さんの資料室が昨年開設されたことを自由民権記念館の人に教えてもらいました。山原さんといえば党派を超えて人気のあった四国初の日本共産党の国会議員、さっそく行ってみることに。着いたところは龍馬生誕の地に程近い日本共産党高知県委員会、その2階が資料室でした。対応してくださったのは、元高校教師で、党の高知地区委員をしておられるKさん。「まだ遺品を整理中の段階で、展示も不十分です」と恐縮されていました。確かにまだ雑然とした観はありましたが、それだけに実際にアルバムなどもガラス越しではなく手にとって見ることができたのはうれしい限り。またそれ以上にうれしかったのは、山原さんが生前描かれた色紙をいただいたことです。池田市議会議員団の控室に飾ってあるので、ごらんになりたい方はお越しください。ちなみに山原さんは1920年生まれですから、お若い頃はまだまわりに実際自由民権運動に参加された方も多かったことと思います。土佐の伝統が山原さんを育てたのでしょうね。
 市内では高知城や龍馬ゆかりの地、あるいは牧野富太郎記念館なども回りたかったのですが、時間がなく断念。15時19分発の特急南風11号に乗り込んでさらに西へと向かいました。
 
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-23 15:35 | 日本たびたびまた旅日記

今朝のできごと

 07.8.17
 今朝、阪急石橋駅西口で、駅に向かっていた御婦人が、貧血で前につんのめるように転倒。私や若いサラリーマン、周辺の店の人など、たまたま居合わせた人間が御婦人のまわりに集まると同時に、本人を抱きかかえて様子を聞く、携帯電話で救急車を呼ぶ、イスを持って来て本人を座らせる、湯呑みに水を入れて持ってくる等々、いつの間にか誰もが彼女のために自らができることを始めていました。さらに救急車が到着した時には誰もが「この猛暑の中、出て行くのは危険や。悪いこと言わんから(救急車の)お世話になっとき」と、そのまま電車に乗ろうとしていた御婦人をやさしく諭し、結局彼女は病院に運ばれていきました。
 殺伐とした話題が多い昨今、ほとんど見ず知らずの者同士が助け合う姿に、私はちょっとした感動すら覚えていました。
 2007年の夏の朝、また少し石橋の街と人が好きになりました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-17 17:10 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

新しい時代の予感! 参議院選挙の結果から

07.8.16
 少し遅くなりましたが参議院選挙のご報告。
 今回の選挙、日本共産党は「ストップ庶民増税」「憲法9条守れ」を掲げて元気いっぱいがんばりましたが、政府自民党、公明党への批判票は民主党に集中し、残念ながら日本共産党は2議席の後退。山下よしき(比例区)の当選は勝ち取りましたが、宮本たけしの再選はなりませんでした。
 この選挙結果に直後は私も少し元気をなくしかけましたが、よく見ると比例代表区は、全国的に前々回、前回より得票を増やしています。池田でも国政選挙の票数がここしばらく4千票代であったのが、今回の宮本たけし票はなんと6,249!一時は2千あった公明党との票差も五百に縮まりました。今春の府会選挙(5,427票)、市会選挙(6,080票)から続く得票増、そして反転攻勢のうねりに確信を持つべきでしょう。
 民主党は大勝した結果、テロ特措法延長反対など今までにない積極的な姿勢を見せつつあります。c0133503_1559575.jpgまた、自民、公明両党が年金受給条件を現行の25年から10年に引き下げるわが党の提起に対し、「検討する」と約束したのも注目すべき変化です。
 こう見てくると、今度の選挙結果はなにか新しい時代を予感させて、ちょっとわくわくしてきました。自公の巻き返しを許さず、それが国民にとってよりよい時代になるように、私もがんばります。引き続くご支援のほど、どうかよろしくお願いします。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-16 15:36 | 日本共産党はこんな政党です

終戦記念日

 07.8.15
 昨日(14日)は月二回の法律相談の日で、藤木邦顕弁護士に来ていただきました。相談に来られた方は三人で、その相談事項はサラ金からの借金、詐欺商法などで、やはり今の世相を色濃く反映しています。皆さんにとっていい方向に話が進むようにと願うばかりです。
 ところで、私自身は税金や年金の細かい知識はほとんどなく、当選直後は「市民の方から年金や国民健康保険の相談が来たらどうしよう」と正直不安でした。しかし、先輩の共産党議員や民主商工会出身の藤原議員、あるいは今回のように弁護士の方の力を借りて、そして自らも勉強して、なんとかお世話させていただいています。なにか困難があれば集団の力で解決していく。それが共産党のいいところですね。
 さて、今日は62回目の終戦記念日。この間テレビでも戦争に関する特別番組が放送されていましたが、私が印象に残ったのはやはりドラマ「はだしのゲン」。戦争中とはいえ賑やかで明るい中岡家がたった一発の原子爆弾で壊滅。国家の始めた戦争で泣くのは一般の庶民であることを改めて思い知らされました。ゲン役の小林廉君、ゲンの弟役の今井悠貴君の自然な演技と広島弁が光っていました。
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# by takeshi_yamagen | 2007-08-15 15:32 | 建声元語 ―よもやま話―