災害復旧よりカジノ優先の松井維新府政 ―平和祭あいさつから②―

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 さてこのようにみなさんが助け合って災害復旧にあたっておられる時に、私が本当に驚いたのは、復旧の陣頭指揮をとってもらわねばならない松井知事が9日からヨーロッパに出かけられたことです。カジノ万博の売り込みが目的だそうです。さすがに批判が大きくて後ろめたい思いがあったのか「今いかなければ関西、大阪は災害に弱い町と言われかねない」と苦しい言い訳をされた。でも僕、それは逆だと思うんですね。だって知事は関空使えないから名古屋の中京国際空港から行かはったんですよ。それだけで災害に弱いって自ら言ってるようなもんじゃないですか。
 松井知事が災害復旧よりもカジノ万博を優先させるのか、それには理由があるんですね。カジノ実施法案の審議の中で実は自民と維新の国会議員にパーティ券購入という形でアメリアのカジノ運営会社から政治献金を受け取っていたことが明らかになりました。だから維新はカジノ業者に頭あがらないわけです。
 私たちは万博そのものに反対しないけど、やっぱり埋立地で開くカジノと一体の万博はよくない。
 松井知事はカジノと万博は別だとよくおっしゃいます。でもそれもおかしい。だって万博のスポンサー企業にアメリカのカジノ運営会社が5社も入ってるんですよ。関係ないはずがないじゃないですか。カジノに鉄道ひこうとしたらさすがに反発が大きい、だから万博を口実にして引いて、万博閉会後もカジノまでそのまま残そうというのが彼らの狙いなわけです。府民の生活よりもカジノ実現に奔走する維新に来年の参院選で厳しい審判をくだそうではありませんか(「そうだ!」の声)。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-18 15:48

台風21号、怖かったですね ―平和祭あいさつから①―

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 9月17日、池田市内で開かれた平和祭での私のあいさつです。
 
 連休の最終日、平和祭に足を運んでいただきありがとうございます。どうか最後まで楽しんでいってくださいね。
 みなさん、4日の台風21号怖かったですね。私も家の中で震えてました(笑)。やっと風が収まって恐る恐る外にでたら、間もなく停電してしまいました。こういう時に力を発揮するのが共産党の草の根の力です。後援会のみなさんと党員がすぐさま市民のみなさんのお困りごと聞いて回りました。そしたら「停電はしゃあないかもしれないけれど、せめてどこかでスマホの充電させてもらえへんかなぁ」という声、あちこちで伺いました。また意外だったのはマンションにお住まいの方からの声です。「ポンプが停電したから水道まで止まってしまった。なんとかして」とおっしゃるわけです。
 チームプレーができるのも共産党のいいところ。翌日の市議会でさっそく市当局にその市民の声を届けたのが、ここにいる3人の市議会議員です。なおマンションの件は市職員の方などから「地表にある水撒きに使う栓は使えるので急場は凌げるよ」と教えていただき、そのことを各マンションにお伝えして回ったところ、そのことご存知ない管理人さん結構おられて大変喜んでいただきました。
 そんなこんなで慌ただしい時間を過ごしたのですが、まだ2次災害の恐れのあるところも多いと思います。お困りのことがありましたらお力添えできることも多いと思いますので、お近くの党員や党議員にお声がけください。どうかよろしくお願い申し上げます。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-18 15:45

浅野さん、ありがとうございました

 18.9.14
 若い頃からお世話になってきた浅野弘樹さん(元府会議員)の訃報を今日の「赤旗」日刊紙で見つけました。10日に亡くなられたとのこと。享年90歳。
 浅野さんからは共産党の旧豊能地区委員会時代に折にふれ党の方針のことから一般常識(例えば電話の受け答えなど)に到るまでさまざまなアドバイスを受けてきました。
 いつぞやの府議選の集会で寸劇をすることになり「浅野やから『忠臣蔵』しよう」と話をすすめていたところ、それを聞いた浅野さんは「最後切腹せなあかんなぁ」と苦笑い(私たちは「忠臣蔵」のストーリー全体に思いが及んでいなかったのです)。あわてて変更した演目がなぜか「遠山の金さん」。全くちぐはぐでお粗末な話ですが、今となっては懐かしい思い出です。
 また、ある集会で披露された「太平洋戦争末期、江口朴郎先生(西洋史家 後東大名誉教授)が教壇から『この戦争は負ける』と宣言し、『私の発言を快く思わないのなら当局に告発してもかまわない』と続けられたのですが、誰一人そんなことはしませんでした」との兵庫県の旧制中学校時代のエピソードは私の記憶に強く残っています。
 そして晩年は同じ豊中市庄内に住まう父と懇意にしてくださいました。
 浅野弘樹さん、長い間ありがとうございました。どうか安らかにお眠りください。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-14 19:04 | 墓碑銘 ー送ることばー

長~い魚の物語① ―土佐のウツボとハモ編―

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 ひと月ほど前大学時代の友人が大阪市内の土佐料理店に連れて行ってくれました。
 大将と奥さん二人が切り盛りするカウンターに10人も座ればいっぱい小さなお店(後から聞くと奥に座敷もあるそうです)、まず出されたのがウツボ。あの凶暴な面構えの魚がどんなお味なのか、興味津々。さっそく刺身をいただくことにしました(えっ、感想?そうですね、『歯ごたえ十分、お味は淡白すぎてちょっと頼りない』ってところです)。
 お次は同じウツボのタタキです。
 さっと炙ると、ほどなく他の魚よりかなり厚めの茶色い皮の香ばしい薫りが店内に漂います。(う~ん、皮の厚さと薫りの量は比例するんだぁ)。ポン酢をちょこっとつけて一切れ口に運びます。刺身でけなした?白身の淡白さがさらに皮の香ばしさがひきたててくれます(おぉ、濃厚な皮と蛋白な白身の反比例が醸し出すこの絶妙の風味!)。
 すっかり上機嫌でいると「もひとつ長いの、いきましょか」と、大将が「でん!」とまな板の上にのせられたのは、なんとも大きなハモ1匹。1mはゆうにあります。私が「やっぱり湯引きでしょうか」と言うと、大将は「身が痩せててもうこの時期(夏の終わり)湯引きにはちょっと向かないですね。特に今年は台風がよく来ましたし」とおっしゃり、「ハモは夏の魚のように思われてるけど、本まは11月頃が一番おいしいんですよ」と続けられました。てなわけで当夜はハモの天ぷらを賞味した次第。これもいけましたなぁ。
 靭公園の集会の帰りはこの店に決まりです。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-12 21:49

住民のみなさんの不安解消へ ―台風21号顛末③―

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 さて台風が通り過ぎた直後、近所の後援会員のみなさんと地域の被害の状況を見て回りました。住吉神社をはじめあちこちで樹木が倒壊し(写真)、道にトタン屋根やら木の葉や枝が私の自宅前同様散乱しています。さらに市内の広い地域で停電する中、みなさんから「早く電気通じるよう、関電に言うて」「せめて携帯電話の充電できないかな」などの要求が寄せられ、翌5日に開かれた9月議会本会議で日本共産党議員団がその声をとりあげてくれました。
 またマンション住民の方からは「停電でポンプが止まり水が出ない」との声が寄せられました。この点については市職員やFB友達でもある高校の同級生から、非常用水栓や散水詮の利用でとりあえず急場をしのげることを教えてもらい、さっそく周辺のマンションにお伝えして回りました。その停電も石橋地域ではほぼ6日中に解消、関係者のみなさんの努力には感謝以外の言葉がありません。しかしまだ各地で台風21号、さらには北海道地震による停電が続いています(9日現在)。そのご苦労お察しするとともに一刻も早い復旧を祈るのみです。
 この夏は地震、豪雨、猛暑、台風と自然災害が続きました。地球温暖化対策や再生可能な自然エネルギーの導入、原発の可否、さらには人工島の利用のありかたなど、改めて真剣に考えるべき時ではないでしょうか。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-10 13:40

漆黒の闇の中、不安な一夜を過ごしました ―台風21号顛末②―

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 台風通過直後、電気が2、3回点いたり消えたりしましたが、なんとか持ってくれるだろうと当初は気楽に構えていたのですが、夕方から完全に止まってしまいました。
 家々の灯りも街灯もそして信号機も消える中、あたりは徐々に暗くなっていきます。それなりにカラフルな家でさえ徐々にその色を失い、感度の悪いピンボケの白黒写真のような、輪郭がぼやけた灰と黒の塊となって、夜の静寂(しじま)にそのまま沈み込んでいきました。その後はただ漆黒の空間が広がるのみ―。生まれて初めての広域長時間停電の経験に、私は言いようのない不気味さを感じてしまいました(原始の時代はこんな夜が毎日繰り返されていたんでしょうね)。
 さてその頃山元家では「テレビ映らん!」「懐中電灯どこや!」「携帯の電池、もうすぐ切れるやないの!」と家人が大騒ぎ。間もなく「早よ食べな溶けるで」と妻から渡されたアイスクリームを夕食替わりに頂いた後(それはそれで美味しかったのですが…)、エアコンの効かない部屋で汗びっしょりになりながら、寝苦しい一夜を過ごすことになりました。ただ幸か不幸か山元家の冷蔵庫には生ものをあまり入れてなかったので多くの食品を廃棄することだけは避けられたようです。
 石橋4丁目では翌5日夕方までに停電は解消しましたが、まだ多くの地域で台風21号、そして北海道地震による停電が続いているとのこと。そのご苦労お察し申し上げるとともに、一日も早い復旧を祈念するのみです。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-08 11:53

飛んでいったり飛んできたり… ―台風21号顛末①―

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 4日正午頃徳島県に上陸した非常に強い台風21号は午後2時頃神戸付近に再上陸、各地に大きな被害をもたらしながら近畿・北陸を縦断して走り抜けました。被害にあわれた方に心からお見舞い申し上げます。
 さて私の住まう池田市石橋では朝方こそ青空も見えて穏やかだったのですが、10時半すぎには雨が降り出しました。その後トタン板がなにかにあたる音や木の葉の擦れ合う音をともないながら風が急に強くなってきて、雨も屋根ではなく家の壁や窓に叩きつけるようになってきました。横殴りってやつです。ただ2時頃空は曇天のままながら、一時的に風雨が弱まりました。今から思うと台風の目の縁あたりに入っていたのかもしれません。
 さてこのように自宅でなんとも恐ろしい数時間を過ごしたのですが、やっと4時頃に風雨とも収まってきました。恐る恐る玄関から外に出るとまず路上に散乱する枝が目に飛び込んできました。1種類だけではなかったのであちこちから飛んできたことが窺えます。次に外壁に目をやると貼っていた共産党のポスター1枚が跡形もありませんでした。どこかに飛んでいってしまったのでしょうね(ポスターが舞い降りてしまったおうちの方、申し訳ありません。処分しておいてくださいませ)。ただ志位さんとたつみコータロー参院議員が写っているものは踏ん張ってくれていました。最後に側溝を見ると20cm四方くらいの金属板が落ちているではないですか。よく見ると表面に「T田」と書かれています。2軒東側のおうちの郵便受けの一部でした。
 そうこうするうち「屋根やられてるわ」と妻の叫ぶ声が聞こえてきました。あわてて2階にあがると物干しのトタン板の一部が破損しています。古い屋根だったのでこれくらいの被害ですんでよかったと思うべきかもしれません。
 さらにに言うと、裏庭にご近所から飛んできたと思われる発泡スチロールの箱が転がっていました。生協の商品入れだと思われましたが中身は入っていませんでした。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-06 09:57

「やっぱり生きててなんぼやで!」 ―プチ同窓会より―

 18.9.1
 昨夜は在仏のYっ子さんの一時帰国にかこつけた?高校2年のクラスの同窓会。十人が集いました。
 M子さん「なぜか辛い人生を送ってきた方を介護することが多くて『任侠ヘルパー』と呼ばれています」(M子さん、正直言って高校時代からすでにその片鱗はありました)
 K田君「今車売ってますが、趣味の料理がこうじて今度店を出します」(おぉ、がんばって!)
 T田君「機械メーカーの課長してます。中小企業の中間管理職はつらいわ」(お察しします)
 M田君「そうそう、みんなにどう前向きに働いてもらうか、ホンマ気ぃ使うで」(お察しします)
 Nさん「某私大(私の母校)に勤めてもうすぐ40年になります」(後輩たちを今後ともどうかよろしくお願いいたします)
 Yっ子さん「結婚で渡仏してはや16年。パリィでガイドしてます。みなさん、勉強しますんで来てくださいね」(「観光客誰も行かんような怪しいマニアックなとこ連れてってほしいなぁ」とは私のリクエスト)
 Fさん「河内長野でダンスの先生してまぁす!」(「河内長野までは遠いなぁ」の声。「パリよりましやろ!」の突っ込みあり)
 U田さん「もうすぐ家を引き払って関東に行きます」(えぇ、クラスのマドンナだったU田さんが大阪を去られる!今回一番ショックだった近況報告。向こう行っても東京弁にならんといてね)
 親の介護話や健康診断の数値自慢(?)で盛り上がり、結局最後「やっぱり『生きててなんぼ』や。みんな元気にがんばろう」と傷を舐め合っ…、いや励ましあううちに梅田の夜は更けていきました。
 なお幹事は小2以来半世紀の腐れ縁のS谷さん。今回も素敵なお店セッティングしていただいてありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
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# by takeshi_yamagen | 2018-09-01 19:27 | 同 窓 会

突き抜けてとことん行きつきました ―「燃えよ剣」と「不夜城」―

 18.8.27
 先日来新撰組の近藤勇、土方歳三、沖田総司を主人公にした司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」(新潮文庫)を読んでいます。私としては、彼らに特別な思い入れあったわけではなく、実のところ好きでもありませんでした。それどころか幕末の京都で政敵を切りまくった今でいうところのテロリスト集団に対して、むしろ強い嫌悪感をもっていました。
 それでも彼らを主人公にした小説を読んだ理由を列記すると、昨年京都市長選挙の応援に行った際事務所のごく近くにたまたま彼らの壬生屯所があったこと、「新撰組について最低限のことは知っておかなあかんかな」と言った文学部史学科日本史専攻出身者としての漠然とした義務感(?)、さらにはその文庫本(上・下)が身近にあったこと等々。まぁその程度です。 
 契機はともかく、読んでまず感じたのは鎌倉期以来といってよい封建的な主従関係を愚直なまでに戴いて彼らが生き抜いたことへの新鮮な驚きです。そして15代将軍慶喜の新政府への恭順というそのイデオロギー的基盤の崩壊後も、そのエネルギーはあくまで新政府打倒に向かったわけですが、今から見るとその生き方にはやはり哀れさを禁じえません。
 さて、そこで思い出したのが、昨年FBである方が「読み出したら止まらない1冊」にあげられていた馳星周さんの「不夜城」(角川文庫)です。
 北京系、上海系、福建系、台湾系、香港系が互いに抗争する新宿歌舞伎町の中国系裏社会―、騙し騙され、誰が信用でき、できないのかを探りながら毎日を生き抜くことだけを考えて動く人々、彼らは普通の人間性を一度ならず渇望しながら結局果たせずにある者は生き抜き、ある者は死んでいく―、まぁざっというとそんな話です。私の場合「読み出したら止まらない」ことはなかったのですが、キャラの立ち過ぎる登場人物が、そんなに広くない歌舞伎町を所狭しと動き回るスピーディーな展開を結構楽しみながら最後まで読んでしまいました。
 イデオロギー的な背景の有無の差はあるものの、新撰組のメンバーも不夜城に登場する中国系マフィアのメンバーも行きつくところまでしゃにむに突き進んだ点では一緒。どちらの本も「こんな人生送った人、少ないけどまわりにもいたなぁ」と、何人かの顔を思い出しながらページをめくり続けた次第です。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-27 18:33 | 積ん読・乱読・熟読日記

近況報告 まだまだ暑い1週間でした

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 19日「日本共産党を語るつどい」を池田市内3ヶ所で開催。辰巳コータロー参院議員が駆けつけてくれました。
 午前のつどいで辰巳議員は、森友・加計問題、西日本豪雨対応、カジノ実施法強行可決、杉田自民党衆院議員の「生産性発言」などをあげ、安倍政権が最悪の国家私物化政権、究極の売国政権であると指摘。激変する朝鮮半島は情勢も。圧力一辺倒で周辺5か国のうち対話できないのは日本だけであることを強調しました。またこの間市民と野党共闘が進み20法案を共同提出したことを述べたあと、「共通政策政策ビジョンが示してせたら政治をさらに大きく変えられる、共闘の要として奮闘する日本共産党を躍進させて下さい」と訴えました。会場から「カジノだけは絶対許してはならない」「水道の民営化案はどうなっている」「安倍やトランプなどに一定の指示があるのはなぜか」など率直な質問が出るなど双方向のつどいになったのは嬉しかったですね。
 21日は百回目の高校野球夏の大会の決勝戦。大阪桐蔭高校が2回目の春夏連覇(史上初)を達成しました。金足農高の東北勢初優勝はなりませんでしたが、マスコミの報道はほとんど金足農高一色。「これでは大阪桐蔭がかわいそうや」とは妻の弁。
 そして昨日、若い頃から老け役が多かったこともあって「ずっとおばあさんのままでこの人は亡くならないんじゃないか」と思わせてくださった菅井きんさんの訃報が届きました。92歳。「映画に出ている」というより「映画の中におられる」っていう自然な存在感を醸し出しておられましたね。個人的には初代ゴジラの熱弁をふるう女性代議士役が印象に残っています。ご冥福をお祈りいたします。
 そして昨晩は台風20号が近畿地方を縦断して日本海に抜けました。一部河川などが氾濫したとの由。被害にあわれたみなさまに心よりお見舞い申し上げます。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-24 21:11 | 建声元語 ―よもやま話―

高校野球余聞

 18.1.20
 夏の甲子園、百回大会もいよいよ本日準々決勝。激戦を勝ち抜いてきた4校がぶつかります。
 さて、今回の夏の大会、例年以上に私は楽しみにしていました。まず近大附属(10年ぶり)、高知商業(12年ぶり)など久しぶりにその名前を聞く古豪が見受けられたのは嬉しかったですね。レジェンド始球式も粋な計らいですね。私は坂本佳一投手(東邦高校)に注目。バンビと呼ばれた細い体で全試合を投げ抜き決勝戦でも東洋大姫路相手に互角に投げ合った姿が思い出されます(実は僕と同学年です)。それに太田幸司さんはいくつになっても男前でんなぁ。
 印象に残ったのは近江高校が前橋育英を4―3のサヨナラで下した試合です。1979年のセンバツで滋賀比叡山高校が群馬の前橋高校の松本投手に史上初の完全試合を喫して以来40年、近畿人の私としては滋賀県勢が群県勢を下すとそれだけでうれしいのです(まぁ現在の群馬の球児にしてみれば生まれる前の話であり、えぇ迷惑でしょうが…)。
 そしてその近江を鮮やかなサヨナラ2ランスクイズで下した金足農高は吉田投手を中心に試合ごとに強くなってきている印象です。今日勝てば103年前の豊中球場で行われた第1回大会秋田中学以来の秋田県勢の決勝進出。優勝すれば初めて優勝旗が東北にわたることになります。大阪桐蔭の春夏連破も見たいし、そこは悩ましいところです。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-20 12:13 | スポーツ話

今年もNHKスペシャルは見ごたえがありました

 18.8.19
 73回目の終戦記念日を前後して奮闘しているのがNHKスペシャルです。
 15日は「ノモンハンの真実」。
 モンゴルと満州の国境線を挟んで対峙する日ソ両軍。ついに東京の参謀本部も知らないうちに関東軍と現地軍は国境線をめぐって事実上戦争状態に突入しました。状況分析の甘さもあって日本の敗北で終わったこの戦闘で驚いたことは、関係者が上へ下へと責任を転嫁し、誰も責任をとろうとしなかったことです。
 無責任体制、甘い状況分析、精神論の跋扈はそのまま温存されて太平洋戦争に引き継がれ、戦闘がずるずる続く中空襲その他で親を亡くしたたくさんの孤児が生まれました。そんな戦災孤児を追ったのが12日の「戦争孤児の闘い」です。「大人たちの始めた戦争で親を失いずっと『駅の子』と蔑まれてきました。一体僕たちになにの責任があったというのか!欲しかったのは人のぬくもりでした」という元孤児の叫びが胸に刺さりました。終戦直後府内泉南郡の疎開先のお寺に最後まで父母が迎えに来ず、母が「親は空襲で死んでしまったんだ」と一旦は孤児として生きる決意をしたと話していたのを思い出しました(幸い母の場合はその後祖父母が迎えに現れました)。母にとって、ひいては私にとっても「駅の子」は他人事ではなかったのです。
 13日の「船乗りたちの戦争」も見ごたえがありました。
 民間の船が物資輸送に徴用されていたことは知っていましたが、その中に小さな漁船(写真を見る限り「奈良時代の遣唐使船以下だ」と思ってしまうくらい粗末なものです)まで含まれており、それに乗り込んでいた徴兵年齢前の今でいう高校生くらいの子たちがそのまま南方で戦闘に駆り出されて命を落としていたことを初めて知りました。
 毎年戦争の悲惨な現実をこつこつ発掘してくれるNHKスペシャルのスタッフには本当に頭が下がります。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-19 20:42 | 歴 史 夜 話

マイブーム お江戸のおみやげ

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 半世紀以上生きてくると公私あわせて何十回か東京に足を運んできました。その度に「ひよこ」や崎陽軒の焼売(横浜やけど)を買って帰り、時間が許せば佃島の天安まで足を伸ばしでおいしい佃煮を求めたりもしました。
 そんなおみやげ遍歴を重ねてきた私の昨今のマイブームが舟和の芋羊羹です。数年前先輩議員からすすめられたのですが、芋と言うからには素朴で田舎っぽい味を勝手に想像していたワタクシ、一口食べると芋とは思えぬよく抑えた上品な甘さが口いっぱいに広がり、その予想は見事に裏切られました。「まさに対立物の統一、相互作用の妙―、ヘーゲル先生もびっくりの弁証法的な味だ」とよくわからんこと思わず口走ってしまうおいしさです。
 7月の国会要望の際にも浅草仲見世の舟和本店で買い求めて、家族と一緒に食べたところ、息子が「お父さん、もひとつ」と意外な感想。「僕ら和菓子文化の馴染んでないのと、若いからもうちょっと甘ないともの足りん」と結構冷静に分析しておりました。ジェネレーションギャップを実感した次第です。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-16 09:18 | 建声元語 ―よもやま話―

酷暑お見舞い申し上げます

 18.8.15
 自身の要領の悪さもあるのですが、ここしばらく「お仕事全くオフ」の日を取れないまま猛暑に突入。生活習慣病のみなさんとはそれなりのお付き合いをする年齢にはなってきましたが、概ね健康の私の体もついに悲鳴をあげたようで、ここ数日体調が優れません (軽い熱中症のようです)。
 みなさまもくれぐれも無理なさらずおすごしください(ブログの文字数も今回は少なめです)。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-15 19:23 | 建声元語 ―よもやま話―

東京で縄文に圧倒されて帰ってまいりました

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 先月国会要望後一泊して、東京国立博物館の特別展「縄文」を見学してきました。
 中部地方のコテコテの火焔土器、東北の宇宙人のような遮光器型土偶、さらには顔面ハート型の文字通りハート型土偶と、教科書その他で誰もが一度は目にしたことがある縄文土器の優品がズラリ並ぶ姿にまず圧倒されました。
 またそれらの優品もよかったのですが、控えめに小さく展示されていた赤ん坊の足型・手型の土器に、私は心惹かれました。名も知らない赤ちゃんとはいえ特定の個人を彷彿とさせるほとんど唯一の展示品だったからです。彼ら(彼女ら?)はどんな生涯を送ったのだろうか、もしかしたら生まれてすぐ亡くなったのかもしれないな、だとすればお母さんの悲しみはいかばかりだっただろうか…、展示品の前で過度に感情移入する私の性格がまた出てしまいました。
 私としては、移動生活から定住志向の高度な狩猟採集生活へと移行した縄文1万年のダイナミックな流れが示されてなかったのだけは残念に思えましたが、それを差し引いても一見の価値は十分ある特別展でした(9月2日まで)。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-11 11:57 | 博物館は楽し

「地震で落ちずに残った破損瓦も補助対象」 -たつみ参院議員、宮原府議らに環境省答弁

 18.8.9
 大阪北部地震の対応をめぐり、日本共産党の宮原たけし府議団長とたつみコータロー参院議員らが7月24日政府に第2次要請を行いました。自身で破損し、屋根に残っている屋根瓦について環境省は「市町村が産業廃棄物と認めるなら要請すれば補助の対象となる」と回答。国から処理費用の9割が補助されることが明らかになりました。
 これまで地震によって屋根から落ちた瓦は、災害廃棄物として国から処理費用の9割が補助されていましたが、屋根に残ったままのかわらは対象外で、補助はありませんでした。屋根の回収を行う場合、瓦の撤去や産廃処理は自前で行うこととなり、費用は70万円にも及ぶこともあるといいます。
 宮原氏は、屋根に残っていても地震によって破損した瓦でありことは変わらないと強調。「写真などで地震による破損と証明できれば、災害廃棄物として十分可能ではないか」とただしました。
 破損瓦について環境省は「市町村の柔軟な運用で、被災者を救うことになる」と説明。宮原氏は「被災した住民にとって朗報だ。市町村にも伝えて、補助を促進してほしい」と求めました(「大阪民主新報」8月5日号より)。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-09 09:08

すべては8年前の市民の訴えと共産党の奮闘から始まりました ―池田の小中学校エアコン設置―

 18.8.7
 さて国会要望でも大きなテーマとなった小中学校へのエアコン設置率。池田市は普通・特別教室とも100%です(体育館は未設置)。
 しかしその池田市でも国の空港騒音対策が行われていた大阪空港に近い北豊島小・中と神田小以外はつい近年までエアコンが設置されていませんでした。その状況を大きく変えたのが、2010年9月議会での市民の請願と市議会における日本共産党議員団の奮闘でした。以下同年9月19日付の私のブログ記事を再掲します(一部加筆修正)。

 今夏(2010年)の猛暑、「うだるような暑さで勉強できない」という子どもたちの悲鳴を受けて、学校の先生方の労働組合などが「すべての幼稚園、小中学校の教室に緊急にクーラーの設置を求める請願」を提出され、15日の文教病院常任委員会の審議に付されました(紹介議員は日本共産党市議)。
 その質疑で特異な発言を繰り返したのが市長与党のA議員。「これから秋に向かい、クーラーがいらなくなる時に(請願を)出してきても、実現するはずがない」「これはプロパガンダ(宣伝)だ」と言うのです。
 しかし、請願は「緊急に」としているものの、今夏の設置に必ずしもこだわっているわけではありません。また、A議員は紹介議員が共産党であることをとらえて、共産党の宣伝と考えておられるようですが、紹介議員が誰であろうと、まず請願の内容が市民のためになるかどうかを検討するのが議員の務めではないでしょうか。親御さん、先生方、そして何よりも子どもたちの切実な願いを曲解までして、党利党略で弄ぶA議員の態度はやはり頂けません。
 結局、わが党の「快適な学習環境をつくるためにクーラー設置は必要だ」と主張した難波議員以外の反対多数で請願は不採択となりましたが、注目されたのは市側の発言。「クーラー設置の思いは同じ。一斉には無理だが、例えば中学3年生からとか、できるところから早くすすめられるよう考えたい」(教育長)、「教育振興基金の1億円を使ってでも、家庭用のクーラーでも、ということを検討していた」(市長)と、前向きな姿勢を示されたのです。市民の声が市党局を動かしつつあります(後略)。 

 このやりとりの後市立小中学校のクーラー設置が一気に進むことになったのです。 
 ※2010年10月1日付当ブログもあわせてご覧ください。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-07 13:47 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

「条件満たせば生保世帯クーラー設置補助します」(厚労省) ―政府要請行動で国会に行ってきました③―

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 生活保護世帯の貧困問題も深刻です。要望では「家賃補助が4.2万円に減らされた結果、家賃は3.9万円に下がったが、家賃に含まれない共益金が増えてその分生活を圧迫している」などの現場の声を示して国の姿勢をまず質しました。
 また「生活保護受給者にエアコンの買い替え・修理に貸し付けではなく一時扶助の家具住基費により設置に必要な費用を国の責任で保証して欲しい」との要望に対し、厚労省は「保護費の範囲内でやりくりして欲しい」と答弁。「やりくりできないからここで取り上げているんじゃないか!」の声が場内のあちこちから上がりました。
 ところで最近厚労省は6月27日付で「一定の条件を満たせばクーラー設置費用に5万円の補助をする」という通達を地方に出していたことを後で知りました。周知徹底の時間が必要であったようなのですが「もう決まっていたのであれば『検討している』くらいの事を言ってくれればよかったのに」と思った次第。不十分ですが一歩前進です(写真は交渉の場となった衆議院第二会館)。 
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-06 13:25 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

全ての小中学校にエアコン設置を ―政府要請行動で国会に行ってきました②―

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 全国的に今年一番の暑さとなった。「命に危険を及ぼすレベルで、災害と認識している」と気象庁が表明するほどの猛暑が続いています。
 そんな中注目されているのが小中学校のエアコン設置率の格差。100%の自治体がある一方で、ほとんど設置されていないところもあります(大阪府は77.3%)。
 2日最高気温40.2度を観測した岐阜県多治見市では公立小の冷房設備の設置率は0%。先月17日に校外学習に出かけた小1男児(6)が熱射病で死亡した愛知県豊田市の公立小中は設置率0.5%でした。
 ことはこども達の命に関わります。先月25日の政府要請行動でも、体育館教室などの公立小中学校の避難所、避難施設に、国の責任でエアコンを設置して欲しいと緊急要望を行いました。
 質疑応答では「音楽室の多くは近隣の騒音を気にして夏でも窓を閉めた中で練習している」「体育館は災害時の非難所。せっかく避難して助かった命を、避難所で命を落とすことになるなど決してあってはなりません」と、普通教室のみならず特別教室や体育館のエアコン設置を求める声が相次ぎました。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-06 13:18 | 住みよい石橋・豊島の街めざして

小笠原返還50年に思う

 18.8.2
 今年はアメリカ施政下にあった小笠原諸島が日本に返還されてからちょうど50年になるとのこと。
 私は当時の学習ノートの表紙かなにかに書かれていたこのニュースを今でも強く覚えています。今にして思えば小学校に入学して間もない私、それなりに学習意欲が芽生え、それなりに社会に対する問題意識が広がっていたようです。
 さてその見出しに「小笠原が日本に帰ってきました」と書かれていたのを見て「ふーん、島が帰ってきたのか。ひょっこりひょうたん島みたいに動く島って本当にあるねんな」と、ピンキーとキラーズの「恋の季節」を口ずさみながら一人納得していた半世紀前のワタクシでした(08.4.8付当ブログ参照)。
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# by takeshi_yamagen | 2018-08-02 08:49 | 建声元語 ―よもやま話―